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「尾白さんの連絡先を手に入れてしまった」
スマホには新しい連絡先が。
だからといって、連絡する内容などないのだが。
気になる人の連絡先を手に入れられて浮かれたいところではあるが、藤岡さんのことも考えなければならない。いつまでもこのままというわけにもいかない。
「明日。明日こそちゃんと話そう」
「おはようございます」
いつもより緊張している朝。
「田島、おはよう」
「藤岡さん、おはようございます」
どのタイミングで話そう。昼休みは優香さんとランチだし。やはり就業後だよな。いつもの藤岡さんみたいにビルを出てから呼び止めよう。
お昼、優香さんとランチに行く。
「実は昨日、気になる人の連絡先を手に入れたんですよ」
「え! 順調に進んでるじゃない」
「まだ連絡はしていないですけど……」
「何でもいいから送ってみなさいよ。連絡先教えてくれたってことは、少なからず響子に好意があるってことでしょう?」
「そうなんですかねぇ」
「自信持ちなさいって」
優香さんはパスタをくるくると巻きながら話した。
「それと今日、藤岡さんと話そうと思ってて……」
「決心着いたの?」
「はい。ちゃんとお断りしようと思います」
「そうね。誠意には誠意をよ」
優香さんに背中を押され、決意が固まる。
ランチから戻り、午後の仕事に取りかかる。この調子だと定時で帰れそうである。
今日は時間が経つのが遅かった。
ずっと緊張していたせいだろう。
定時で仕事が切り上がった。どうやら藤岡さんも定時で帰れるらしい。予定通り決行できそうだ。
ビルを出たところで藤岡さんを呼び止める。
「藤岡さん、ちょっとお話いいですか?」
「田島から声掛けてくれるなんて嬉しいな」
この後のことを考えると、本当に嬉しそうにしている藤岡さんと目が合わせられない。 でも誠実に応えると決めたんだ。ちゃんと話さないと。
「そこのカフェに入りませんか」
会社近くのカフェ。会社の人がいるかも知れないが、気持ち的に早く伝えてしまいたかった。
「それでどうしたの? もしかして返事くれるのかな」
察しのいい藤岡さんは、わずかに不安げな表情を覗かせた。
「あの。藤岡さんのことは尊敬してますし、人として好きです。でも、お付き合いはできません」
「そっか。理由を訊いても?」
「藤岡さんは人気があるから、正直他の女性社員の目が怖いんです」
「それなら俺が守ってあげられるよ」
「それに……好きな人がいるんです」
私の言葉に、藤岡さんが傷ついたのがわかった。
「そっか。俺負けちゃったかぁ」
「ごめんなさい」
「謝らないで。仕方のないことだし。諦めたわけじゃないから」
「え?」
「好きな人、なんでしょう? まだ付き合ってるわけじゃないってことだ。それに俺のこと嫌いってわけでもない。まだ諦めるには早いかなって」
「そう、なんですか……?」
「そ。だから今まで通りアプローチするし、もちろん田島のこと好きなままでいるからそのつもりで」
やはり百戦錬磨の藤岡さん、私より何枚も上手だった。
「大丈夫。田島が好きな人と結ばれたときには、きっぱりすっぱり諦めるから」
藤岡さんは苦しそうに笑った。
初めての告白に、初めてのお断り。
こんなに苦しい気持ちになるなんて知らなかった。
「じゃあ出ようか」
藤岡さんとともにカフェをあとにする。
「駅まで一緒に帰ってもいい?」
告白を断った手前、非常に断りづらい。
「はい……」
「田島は優しいね」
「気が弱いだけですよ」
「優しいんだよ。いつも他人第一で動くでしょう? そういうところに惹かれたんだ」
急な褒め言葉に耳が熱くなる。
「照れてるね」
「言わないでください」
やはり藤岡さんには敵わない。
「じゃあ、ここで」
「また明日、ね」
藤岡さんと別れ改札をくぐる。
確かに振ったはずなのだけれど、うまいこと言いくるめられた気がする。
「私、誠実に向き合えたのかな」
正解では、ないと思う。でも、今の自分にできることはやったのだと、思いたい。
――今日も尾白さんに会えるだろうか。
いつもの帰り道。いつも尾白さんを見かける道。今日は尾白さんの姿はない。
残念だ。
家に着く。ささっと着替えてメイクを落とす。夕ご飯の仕度を済ませて手早くご飯を食べてしまう。
『何でもいいから送ってみなさいよ』
優香さんの声がこだまする。
連絡、しちゃうか。いやでも。話すこと特にないし。でもでも。
スマホを手に、頭を悩ませていると通知が入った。
びくりと肩をふるわせ確認すると、尾白さんからであった。驚きのあまりスマホを落としてしまった。
〈お疲れ様です。もうご帰宅されましたでしょうか〉
この口調、文字でも尾白さんだなぁと思えて安心する。
〈お疲れ様です。もう家に着きました。尾白さんはご飯食べましたか?〉
他愛もない会話が続く。
これを幸せって呼ぶのかしら。
結局、お休みまで何でもない会話が続いた。 薬を飲んで寝る準備をする。なんだか気分が高揚して、今日は眠れる気がしない。




