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最近、例の彼女によく出会う。どうやら帰る時間帯がかぶるらしい。
彼女のことは、正直好ましいと思っている。
が、どうやら他の男性からアプローチを受けているらしい。明らかに出遅れている。ただ、彼女自身が乗り気ではなさそうなのが救いである。
問題はそれだけではない。彼女は明らかに若い。おそらく仕草の効果もあるだろうが、自分より遙かに若い。二十代前半と言ったところか。今年で三十路になる身としては手を出しづらいところである。
「無防備過ぎるのか、発言が脈ありなのではと勘違いしそうになるんだよな」
そう、あまりに無防備なのだ。だからこそ庇護欲をかき立てられる。年甲斐もなく惹かれてしまった。
「尾白さん、カウンターお願いします」
「はい」
尾白は図書館司書として働いている。正直その見た目から悪目立ちというか浮いているのは否めない。
だが、仕事は嫌いじゃない。
コーナーを作るのも好きだし、レファレンスで利用者の求める本を探すのも好きだ。
ただ、やはり目立つので、連絡先を渡されたり退勤時間に待ち伏せされることも多いのも事実である。
そういった誘いを一つ一つ断るのも気力を使って疲れてしまうのだ。
だからかも知れない。何の見返りも求めず、自らの血を差し出した彼女に惹かれたのは。躊躇いもなく自分を傷つけてまで人を助けようとするお人好しさも、のんびりとしたしゃべり方も、ふわふわしていて危なっかしいところも、その全てが愛おしいと思う。
正直、職場の先輩が相手では分が悪いと思う。単純に関わる時間が圧倒的に足りていないから。今日も会える保証もないこちらと違って、向こうは毎日会えるのだから。
――次に会えたら連絡先を聞いてみようか。
散々気をつけるように言い聞かせておいて卑怯な気もするが。進展を望むなら踏み出さないことには始まらない。
「あの……連絡先教えてもらってもいいですか?」
貸し出しカウンターにやってきた女性に声を掛けられる。誰が見ても美人と評するだろう容姿で、きっと自分に自信があるのだろう堂々とした視線でこちらを見つめる。
「申し訳ございません。お教えすることはできかねます」
「私、諦めませんから」
そう言って女性は去って行った。
これは初めてのタイプである。
「さっきの人凄い美人さんでしたね」
同僚が耳打ちする。
美人であるかどうかはあまり問題ではない。それに気の強そうな女性は苦手な部類である。プライベートでは安らぎを求めたい。そういった点でも田島さんはまさに理想といえた。
「尾白さんのタイプってどんな人なんですか?」
「お人好しでのんびりしててこちらが見ていないとと思うほど危なっかしい人」
「それ、もうすでにいる人のことですか。え、尾白さん彼女いたんですか」
「いないですよ。片思い中です」
「尾白さんでも片思いするんですね」
「そりゃあ片思いくらいしますよ、私だって」
――田島さん鈍そうだからな。振り向かせるのは至難の業かも知れないな。
その後も業務をこなし、閉館時間を迎える。仕事後は近くのカフェで読書をしてから帰るのが日課なのだが。もしかすると直帰した方が田島さんに会える可能性が高いかも知れない。我ながら気持ち悪い思考である。
だが背に腹は代えられない。一日でも多く会いたいというのが本音なのである。
「お疲れ様でした」
荷物をまとめて退勤する。
今日は会えるだろうか。
いつもの道を歩く。少しの期待を込めて。 だが彼女は現れない。
――今日は会えないか……。
落胆したそのとき。
「尾白さん」
後ろから耳心地のよい声が聞こえた。
「田島さん。お疲れ様です」
「お疲れ様です。珍しいですね。定時で帰る日は尾白さんに会えないのに」
やはり直帰して正解だった。
「今日は早めに帰宅しようと思いまして」
「お急ぎなんですか?」
「いえ、別にそういうわけでは……」
本当のことを話すわけにもいかず、曖昧な答えに田島さんは首をかしげている。
「あの、田島さん」
「はい、何でしょう?」
「連絡先を聞いてもよろしいでしょうか」
「はい、いいですよ」
不用心すぎる! と窘めたい気持ちをぐっと堪える。不届きな行いをしているのは紛れもなく己なのであるから。
「ありがとうございます」
緊張した割にあっさり連絡先を手に入れてしまった。やはり警戒心がなさ過ぎて心配である。
「連絡、してもいいってことですよね?」
田島さんはスマホをぎゅっと握りしめて尋ねてくる。
――いちいち可愛いな。
「もちろんです。いつでも連絡してきてください」
「尾白さんも、いつでも連絡くださいね」
脈ありなのでは。いやしかし。天然人たらしの田島さんのことである。他意はないのかもしれない。ぬか喜びはすまい。
尾白は浮かれそうになる心を必死に鎮めた。
「そうだ、尾白さん。吸血鬼の方向けの献血とかってないんですか? 私人間の献血は断られてしまうんですけど、吸血鬼の方向けだったら大丈夫なのかなと思いまして」
田島さんの言葉に嫉妬心が芽生える。
「前に話したとおり、人間の血液はパートナーからしか摂取しないんです。だから献血もないですね」
「そうなんですか……」
田島さんは残念そうにしているが。
あなたの血は私だけが知っていればよい。
他の誰にも飲ませたくなどない。
人工血液で事足りていたはずなのに、自分の中にこのような独占欲があるとは知らなかった。
「だから田島さん、吸血鬼に血を分け与えるのはやめてくださいね」
「はぁい」
よほど悔しいのか、子どものように落ち込んでいる。
彼女の利他的というか自己犠牲精神はどこから来るものなのだろう。
立派なことではあるが、行き過ぎているようで心配になる。
「田島さん。自分のことをもっと大事にしてください」
「? はい」
どうにも伝わっていない気がする。
やはり、近くで見守っていたい。危険な目に遭わないように。自分を粗末にしないように。
毎日会える恋敵が恨めしい。
分かれ道に来てしまった。
「ではまた、連絡しますね」
田島さんは小さく手を振って去って行った。
連絡先を得たことで今日のところはよしとしよう。




