第21話 F・E・T・S
イーグレットという国において目下の問題として挙げられるのは異世界ハイネルとの付き合いだと言える。
ハイネルとイーグレット両国は同盟関係ではあるもののイーグレット側、すなわちファンタジーアースの情報はハイネルに流れているというのにハイネル側の情報が一切入ってこない一方的な関係だ。
魔法文化の流入はありがたいが、ただそれだけだ。
向こうではどんな街があってどんな生き物が居て、どんな技術が普及しているか一切不明。
ファンタジーアースの物資は輸出しろと言ってくるのに向こうからの輸入は少ないものだ。
これでは属国同然。
だからイーグレット政府は異世界問題の専門家たるF・E・T・Sに助力を頼んだわけだ。
(だからってテラ級カリギュラの次が外交なんてね……)
イーグレット議会の厳かな建物内を歩く如月は嘆息する。
いつもの司令官の服装ではなく外交用に新調したスーツだ。
隣を歩くのは彼女のボディガードとして連れて来られた——
「シャキッとしてください如月司令官」
「シエル教官……。以前みたいに軽く話してくれてもいいんですよ?」
シエル・クロッカス——元異世界アルデバラン、グリデンガルド魔装軍の執行官だった少女。
一応彼女もスーツを着てはいるが手に握られた機械的な魔法杖は近くを歩くイーグレット議員の注目を集めていた。
「だめです。あの頃は協力関係だったからであって、今は私の上司なんですから。あとため息ばかりついていては足元をすくわれますよ? 私たちは招かれた客なのですから堂々としていてください」
「って言われましてもね……」
少しばかり良い大学を出ただけの女なのだ。
元叢雲機関の一職員だった彼女はなんの間違いか後続機関であるF・E・T・Sの司令官になってしまった。
よほど人材不足だったのだろう。
そう思うがなってしまったものは仕方ないと仕事に励んでいたのだが——
「司令官と言っても私はまだ小娘ですよ? 国を背負う政治家たちと向き合って話し合うなんて度胸はないですって……」
「それも仕事の内ですよ。ほら、着きましたよ」
辿り着いたのはイーグレットのトップ——英国首相の居る部屋の前。
木造りの扉を前にして如月は深呼吸を行い、決心したように目を開いてノックをした。
「入りたまえ」
「失礼します」
ここから先はシエルは同行できない。
廊下で待機だ。
如月が一人中に入ると首相のブリティッシュ・コルドー総理大臣が席から立ち上がって如月を歓迎してくれる。
「よく来てくれたね。今回急に君たちを呼んで申し訳なかった」
「いえ、これも業務の一環ですので」
如月渾身の営業スマイル。
そう自負していたが本棚に張り付けられたガラスに反射する自分の顔を見ると歪な笑顔であった。
「まあ掛けたまえ」
「ではお言葉に甘えて……」
二人が向かい合ってソファに腰掛けると話は早々に切り出された。
「それで、君たちを呼んだのはメールで知らせた内容の通りなんだ」
「異世界ハイネルの情報統制の解消、そしてハイネル側の情報の確認ですね」
「うむ……」
数か月前、F・E・T・Sはイーグレットから匿名のメールを受信していた。
その内容は今ブリティッシュ首相が話した通りの内容なのだが、如月達がそのメールでの依頼を受けるに至ったのはそこに写っていた調印の存在だ。
匿名であるはずなのに、その調印は英国女王の印であったのだから、これのどこが匿名と言えよう。
もはや隠しきれていないイーグレット政府の存在であったのだ。
「我々F・E・T・Sは既に貴国の治安維持組織と協力し異世界問題——いわば犯罪組織を追っている最中なのですが」
「聞いている。その件に関しても済まない。なにせ我が国はハイネルに良いように扱われているだけの状況なのだからね」
ハンカチで汗を拭うブリティッシュ首相。
苦笑いを浮かべてはいるが、内心かなり恥ずかしいのだろう。
自国は今めちゃくちゃなんです。
そう言っているようなものだから……。
「その件も併せて一緒に解決していきましょう。それで、我々が指示したとおりに動いてくれたのですよね? 向こうはなんと?」
「それが、やっぱり同意できないと……」
「そうですか……」
如月はメールの返信に一度ハイネルに少しでもいいからそちらの世界の情報を開示してほしいと願い入れるよう依頼していた。
だがそれすらも拒否。
そうなると、ハイネルは信用していい世界かどうかも怪しくなってくるのだが……。
「そんな怪しい世界と取引を続けるおつもりで?」
「当たり前でしょう。いかにどんな世界か分からない存在であっても魔法技術に関しては革命的だ。ここで縁を切って魔法技術を持ち帰られてはこの国の運営はもう立ち行かないだろう」
それほどまでに今のイーグレットは魔法によって支えられているということだろう。
だから首相も——
「ただ向こうが本当に信頼できる存在か裏を取りたいだけなんだ。もし信頼できないような世界であれば即刻手は切るつもりではあるのだ。だが現在の情報だけではそれすら決める事は出来ない」
「なるほど……」
甘い蜜を吸わされ続ける一方、そういうわけだ。
そうなると確かにF・E・T・Sの出番というわけだが……。
「一応念のためにお聞きしますが、国内で我々が大々的に動く事態になったとしても守っていただけますよね?」
「当然。正体不明の世界より、こうして顔を合わせられる存在のほうを守るのは当然というもの」
「ありがとうございます。では、まず国内での魔法の使用の許可と異世界人の滞在の許可をいただきたいのですが……」
ブリティッシュ首相は少し考え——
「構わない。いくらでも滞在してくれたまえ」
「ありがとうございます。ではあとは我々にお任せ下さい」
恐らく、自国で魔法をむやみやたら使って欲しくないのだろう。
如月にしてもそれは避けたい。
あくまで万が一の時に備えての保険というやつだ。
「うむ、少ない時間だったが君みたいな話の分かる女性と会えて光栄だったよ」
「またまた、ご冗談を」
たった数分の面談。
だがこれだけでF・E・T・Sが堂々と行動できる大義名分は得た。
部屋を出た如月はシエルと合流し、港に停泊させている『春風』に向かうのだが——
「そういえば私たちが留守の間にイーグレット警察からこんな画像が送られてきたみたいですよ?」
そう言ってシエルはスマホに映る化け物の死骸を如月に見せた。
「これは、カリギュラ、かしら」
「おそらくは。どうやらこの死骸を画像データだけで調べてほしいって本部に連絡があったみたいなんです」
「それっていつ頃?」
「アイリス主任の愚痴からして……おそらく2時間半前ですね」
「となると結果は出てる頃ね。ホールからカリギュラが自発的に出てくるなんて……。新たなテラ級の存在が確認された? いや、でも。国に管理されてるホールがそんな異変を見過ごす?」
「もしくは未確認のホールが存在するとか……」
シエルの指摘に如月は頷いた。
あり得る話だ。
攻略されたホールはカリギュラを間引くことで安定した空間を維持できているはずで、カリギュラが外にあふれ出すことはない。
なら、この画像のカリギュラは?
まだ断定できていないけれど、カリギュラであればこの画像の付近にホールが存在するはずだ。
「まずは画像にある場所の特定ね。現地オペレーターは動かせる?」
「リーンの部下の山野花は現在作戦実行中。在留オペレーターは3名いますが、動かしますか?」
「ええ。その死骸の正体と画像の場所が断定できたらね。さぁって。これから忙しくなってきますよ」
廊下を歩きながら背伸びする如月にシエルはクスリと笑った。
「いいですね。ここ最近は退屈だったので少しワクワクしてきましたよ」
「…………戦闘は、ないと思うけどね」
「それは分からないじゃないですか~」
さすがにテラ級とそう何度もやり合いたくないと如月は溜息を吐くのだった。
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