第22話 ハッキングと侵入
ハイネル大使館には魔力を感知する結界が常に張られている。
これはテロ対策だとか、国家機密を守るためだとか、そういう名目なわけなのだが、アナハイドにとって目下一番の障害がこれに当たるわけだ。
異世界ハイネルの実情を知る。
そのための選択肢が2つ。
1、国に管理されているホールへ無断で侵入し、単独でホール内を進む。
ちなみにこの方法だと出口のハイネル側で魔法使いと激突するわけだ。
限りなく成功率が低い手段というか、ほぼ0だ。
2、ファンタジーアース側にある大使館にあるハイネル側の情報に目を通す。
こちらの方が1に比べてかなりお手軽なうえ、実行可能圏内だ。
唯一の障害は結界だけだろう。
警備もまあ居るには居るのだが、アナハイドにとってはそんなこと些細な問題だった。
『それじゃあもう一度おさらいするね』
「ああ頼む」
地上30メートル。
高層ビル群を魔法の箒で飛びながらアナハイドはインカムから聞こえるポチータの声に耳を傾けた。
『ハイネル大使館の魔法結界は360度、人間の侵入はおろか魔法、兵器を遮断する究極の防御魔法が24時間365日展開されている。だけど、そんな結界を張り続けていたら職員も中に入れないし、家に帰ることだって出来ない。そこで、おいらが嘘の情報を流して大使館に外部からの客が来たことを知らせる。帰りは警察からハッキングを受けたとかなんとかで直接出向いてもらうように手配しておくから脱出も問題ないよ』
「そいつは分かってるが、普通の情報で開くか? 警戒されるだけ、もしくは無視される可能性だってあるだろ」
『大丈夫。いくつかのネットを経由してそれなりの機関、もしくは国からのコンタクトって形に偽装するから。おいらを信じてよ』
「まあ、お前のその手の陰湿な技術に関して疑いはしてないが……」
『陰湿……。さすがにその言い方は傷つくんだけど……』
若干落ち込んだようなポチータの声。
そんな彼女との会話を続けていると大使館の建物が見えてきた。
「見えてきたぞ」
その建物はさすが魔法世界の大使館と言えようか。
地上に面した部分は少ないくせに上へ上がるごとに面積が広がっている。
ピクセル状に再現したソフトクリーム、と言えばいいのだろうか。
そんな歪な構造。
重力で押し潰されていない辺り、あれも魔法技術の一環なのだろう。
『それじゃあ、箒はそろそろ破棄してくれ』
調子を取り戻したポチータの指示通りアナハイドは近くのビルの屋上に着陸し、箒をそこら辺に放り投げた。
手すりに手を置き大使館に目を向ける。
『ここからは自力で接近してくれ。ちなみにもう情報は流してあるから、今頃大使館の中じゃ中東のアバルジャイドの石油王が魔法学院に入学したいって直談判しに来た対応にあくせくしてるはずだよ』
「おいおい、本当にそれは信じてくれるんだよな?」
『もちろんさ。ちゃんとアバルジャイドの国内ネットから石油王の自宅のネット回線を利用したメールだからね』
「ハッキング……。警官とは思えない手際の良さだな」
『聞き捨てならないね。これはハッキングじゃなくて借りてるだけ。ちゃんとあとで警察の方から協力感謝のお礼を送るつもりだから。そう手配してるから』
石油王レベルの富豪は警察からのお礼程度では喜ばないと思う。
それに勝手に利用されたことで国際問題に発展しないか、アナハイドはそこのところが心配だった。
まあそれはアナハイドが知るところではない。
責任を負うのはポチータであって自分ではないのだ。どうだっていい。
『さあって。今から26秒後に結界が解かれるみたいだよ。でも気を付けて、リミットはたったの1秒。職員が出迎えに出てくるその瞬間だけだからね』
「オーケー。そら出迎えに来たのに誰も居なかったら悪戯ってすぐに気づくしな」
アナハイドは手すりから身を乗り出し、大使館に向かって飛んだ。
「イグニス」
そう唱えると、足からジェット機の如く火が噴き出た。
その火を推進力にビルからビルへ飛び移り大使館を目指す。
リミットまで残り数十秒。
まあ問題なく侵入できるだけの余裕はある。
ただ——
「下から丸見え、か」
最後のビルを飛ぶと大使館との間にはアナハイドの体を遮る遮蔽物は皆無だった。
職員が不審に思って空を見上げればその時点でアウト。
ポチータの言っていたリミット1秒はクリアできたとしても、その後に職員が見上げれば終わりだ。
「リミットジャストで飛び込んで、速攻で中に入る」
『出来る?』
「当然。俺を誰だと思ってる。こう見えてイーグレット一の大怪盗と呼ばれたことだってある侵入のプロだぞ」
『また出鱈目を……。怪盗だったら警察になれるはずないだろ?』
「それぐらいの自信があるって言いたいだけだ。鵜呑みにするな」
結界が解けたのか大使館の周りの光が一瞬だけ明滅した。
アナハイドは一気に加速し、結界を抜けて大使館の建物に張り付いた。
職員はまだ周りを見渡している。
馬鹿なことに来るはずもないどこぞの石油王を待っているらしい。
だが1秒を過ぎると職員はどこかに通信を入れ始めた。
いたずらだと判断したのだろう。
だがもう遅い。
アナハイドは結界が張られる前に自分が入れるだけの穴を『火炎魔法』で外壁を切断して作り、既に中に侵入していた。
完璧だった。もはや鮮やかと言える手際。
「さすが俺。こうなると本当に怪盗に転職でもするか?」
誰も居ない部屋で一人ドヤ顔で立ち上がる。
ポチータの返事はもう返ってこない。
なにせ電波の類すら遮断されるのだから。
ここからは単独行動。まあ侵入者に気づいていない今の隙にちょちょいと資料を漁って外に出るだけで——
「…………」
そう考えてアナハイドが扉を開けた時だった。
「…………」
そこには大使館職員ではない、カート型の掃除機を押していた清掃員が居たのだ。
そんな清掃員と目が合うこと数秒。
「こ、これ、使います?」
恐らく彼はアナハイドのことを同業者だと思ったのだろう。スプレーと雑巾を渡してきた。
「あ、使います。ど、どーもー」
怪盗はこんなヘマをしない。
アナハイドは怪盗への転職を早々に諦め、目的の部屋を探しに向かうのだった。
清掃員として……。
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