第18話 エルマタルと白い箱
花が呼び出されたこの部屋にはベッドにクローゼット、本が沢山入った本棚。
そして机とその上に置かれたテディベア。
どうやらこの部屋は塔の主であるエルマタルの私室を兼ねているようであった。
そんなエルマタルの部屋を目の動きだけで見ていると、コホンとエルマタルが咳払いをした。
「そんなに見ないで。恥ずかしいんですけど」
「す、すんません!」
少し恥ずかしそうなエルマタル。
この人が、ダークトリニティに加担しているとは花には到底思えなかった。
決して確固たる証拠を見つけたわけでもないのだが、この雰囲気というか、オーラが彼女をそうではないと花になんとなく感じさせたのだ。
「そんで、私をここに呼んだのは歓迎って言ってたけんど……」
「ふんっ。そうよ。あなた大和の、それもかなりの田舎の出らしいじゃない。だから異国に一人やって来て寂しくないかなって思って、それで……。あーもうっ! 察してちょうだいよ!」
「そ、そうだべか……。それは、なんていうかありがたいというか嬉しいだよ」
呼ばれた理由が外から来た花を警戒しての事ではなく、単に心細いだろうからと案じてくれたという理由であって、花は面白くなり笑ってしまった。
そんな花にプイと顔を逸らしてエルマタルは——
「で? ここに来てどう? なにか不安はある?」
「不安だか……」
正直に話すには、まだ早いだろう。
そう考えた花は自分の仕事とは別の、正直に思っていることを打ち明けることにした。
「私、この国に来た時、不良たちの喧嘩に巻き込まれて、追いかけまわされて……。ちょっとこの国、怖いなぁって思ってたんだぁ」
「不良に追いかけまわされたぁ!? あ、あなた、どんだけ運が悪いのよ……。たしかにこの国の治安はあまり良くないけれど、それでも不良の喧嘩なんて廃魔法通りでしかないわよ?」
嘘は言ってない。
不良に追いかけまわされたりはしたが、片方はアナハイドだ。
まああのどんちゃん騒ぎは最早喧嘩を超えてるかもしれないが。
「そ、そんなことがあったのね。そりゃ不安にもなるわけだわ」
「にしても会長さん。なして私が田舎の出だって分かったんですか? 私まだ自己紹介も何もしてないのに……」
「あー、それはね——」
エルマタルは杖でひとつのとんがり帽子を浮遊させて手元に持ってきた。
「これ、私の帽子なのだけど。これをかぶってる間は学院中のあらゆる話が耳に入ってくるのよ」
(そ、それって、まさか私たちの話を聞かれたって可能性もあるんじゃ——)
焦る花だったが——
「まあ聞こえるって言っても私も人間だしね。興味のある話しか頭には入ってこないわけ。大和の偉人で言う……たしか聖徳太子だっけ? あんなべらぼうに頭のおかしな人の真似は私にはできなかったってことね」
(よ、よかったぁ……。どうやらアナハイドさんたちとの話は聞かれてないべ……)
「山野さん? なぜそんな安心したような顔をしてるのかしら」
「え、あっ。いや——」
「あー。なるほどねぇ。今の話を聞いて私があなたのプライベートを盗み聞きしてたとか考えたんでしょ! もー。まだ来たばっかだって言うのにそんなやましい事しちゃだめよ? まあ部屋の中でなら良いけどね。大丈夫、私はそこのところに理解のある人間だから。まあ? ちょっと興味のある人なら? 聞いてみてもいいかなぁって思いはするけど……」
「いや会長さん、興味がある人相手ならなおさらやっちゃいけねぇべ。って私まだそんな聞かれて恥ずかしいことしてなんかねぇっぺよ!」
「ん? 今は?」
「~~~!?」
花の顔が真っ赤になった。
エルマタルはニマニマと悪戯な笑顔で彼女の顔を下から見上げてくる。
花は恥ずかしがりながらも冷静にエルマタルについて考えていた。
この人は悪人のそれではないと。
今交わした言葉のやり取りで人となりが分かった。
真面目だけど、悪戯好き、それに片思い? をしているのだろうか。
そんなどこにでもいる少女のそれだった。
「にしても山野さん。あなた何歳よ」
「ほえ?」
じろじろとエルマタルが花の全身を見てくる。
「だってその制服、明らかにサイズが合ってないわよ? それになんだか妙に若作りっぽいし……」
女の目は誤魔化せない。
そう思うと同時に花は——
(で、ですよねぇ~)
そう心の中でこの作戦がうまくいくと言い切ったアナハイドとポチータを恨むのだった。
***
エルマタルとの面会、というか歓迎を受けた後の花は塔内を案内されたわけだが。
どうやらこの学院の授業というのは塔の中だけで完結されているらしく、配属された塔から外に出たり、別の塔に授業を受けに行くというのは無いらしい。
さらにこの魔技修練塔では授業らしい授業はそもそも存在せず、教師による魔法の技術を高めるためだけの場であるという。
なんでもここに配属された学生は卒業後、ハイネル、もしくはイーグレットの戦闘魔法使いという職に就く者が多いようだ。
「そんで? 会長さん。修練ばっかの内容は分かっただが、今はみんな何やってるだか?」
そんな見学の最中だ。
トレーニングルームのあちこちで学生たちが修練に励んでいるのだが、どうにも皆、同じ修練に励んでいる様子であった。
ここは自分の魔法の研究、技術を向上させる教育機関であり研究機関だと花はアナハイドたちから聞いていた。
にもかかわらず、皆が皆同じ修練に励んでいるのはどうにも不思議だったのだ。
「あー。あれは基礎魔法の修練ね」
「基礎魔法?」
「そう、あなたは新入生だからまだ説明されてないけど、あれは魔力のコントロール力を高める修練よ」
目に映る生徒は皆、白い箱状のものを魔法で斬ったり削ったりして何かの形に加工していた。
人形を作る者、動物を作る者、果てはどこぞのファンタジー世界の竜を作り出す者まで。
「へぇ……。あの白いのは?」
「さぁ? 分かんないわ。先生方が持ってくる、私たちの魔力に合わせて加工した物質らしいけど、何で出来てるか全く分からないわ」
「そ、それって大丈夫だべ? あやしい物だったりしないべ?」
「あなた、先生方を疑ってるの?」
しまったと花は顔をひきつらせたが、エルマタルはなにやら気まずそうに目を逸らし——
「まあ気持ちはわかるわよ? ここだけの話、私もここに来た当初にちょこーっと調べさせてもらったんだけど。まあなんの問題もないただの箱だったわ。きっとファンタジーアース側の何かを素材にした何かなんでしょうね」
「ん? その口ぶりからすっと、会長さんはハイネル人だべ?」
「そうよ? 言ってなかった?」
聞いてない。
むしろ先ほどの歓迎の場では一方的に花の自己紹介だけだった気がする。
どうにもこのエルマタル、ドジっ子属性もあるようだ。
「ごめんなさい。そんな目で見ないで。おほん、ご覧の通り私は生粋のハイネル人よ。って言っても今の世の中じゃそんなの何も珍しいことは無いけれど」
たしかにそうだ。
花の暮らしていた大和も気づけば角の生えた鬼だの、九尾だのと一緒に生活するようになっているのだから、今の時代どこの世界から流れてこようが些末な問題であった。
「でも、あの箱が私の世界の素材だってのもにわかには信じがたいべが……」
「あらそうなの? でも世界は広いじゃない。ファンタジーアース側じゃないにしても別の異世界から持ってきた可能性もあるじゃない?」
「まあそうだべが……」
なにも異世界がハイネル、地獄だけとは限らない。
リーンの暮らしていたアルデバラン。
高井家の暮らしていたリーデリッヒ。
この世界にはそれ以外にもまだまだ異世界と繋がったホールが存在する。
もしくはこちらに現れた大陸も存在する。
そんな異世界各地の全てを花も完全に把握したわけではない。
きっとエルマタルもそう。
あの白い箱の正体もきっとそんな未知の異世界から取り寄せた物なのだろう。
そうは花も考えるが、どうにも怪しいと思い、後でアナハイドたちに報告しておこうと考えた。
そんなトレーニングルームを後にする花達だが、部屋の中には削り落ちた白い粉がハラハラと積もっていた。
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