第11話 囮調査
「だからってこんなのあんまりだべさ~……」
廃魔法通りを一人歩かされている花は一人愚痴をこぼしていた。
今の花はF・E・T・Sの制服を脱がされて、廃魔法通りに溶け込むような浮浪者の服装に身を包んでいる。
そんな彼女の愚痴を聞き取ったのか、耳にはめ込んだインカムからアナハイドの声が聞こえてくる。
『仕方ないだろ? これが一番手っ取り早いんだ』
「そうは言ってもなんで私? アナハイドさんかポチータさんがやればいいんでねぇか?」
『俺とポチータが? だめだめ。いいか? この手の売人は人を見る目が無駄に鍛えられてるんだ。俺とポチータが囮になってみろ? 俺たちの姿を見た売人はすぐに異変に気付いてトンズラかますぞ?』
「うぅ……。だとしても……」
周りのギラついた視線を一身に受ける花は身を縮こませた。
怖いものは怖い。
なにせこの辺りにいるのは元犯罪者だとかチンピラばかりなのだ。
自分のような田舎者がこのような場に放り込まれる。
それすなわち、肉食獣の狩場に草食獣を置いてきたような感覚だと花は思う。
そんな地獄のような調査だが、仕事は仕事。
これも異世界問題と向き合うF・E・T・Sの大事な任務だと思えばまだ耐えられる。
まあ、心は折れかけているのだが……。
「お嬢ちゃん……。こっちにおいでぇ。気持ちよくなるお薬があるよ~。これをぶっ刺せば気分は一瞬にハイ。エクスタシーさぁ」
「ま、間に合ってますぅ……」
「おう嬢ちゃん。こっちで俺たちの酌してくれや」
「い、今は忙しいっぺ。ごめんなさい……」
にしてもどうしてこうも声を掛けられるのだろうか。
どうせ声を掛けるのなら他の人でいいはずなのに。
そう思い、周りにいる女性達に花は目を向ける。
みんな目が怖いが、少なくとも自分よりは見てくれが整っている。
こんな田舎者を選ばずとも、そっちに声を掛ければいいというのに……。
『おいおい花よぉ。もっと堂々としろや。そんなんじゃ目標どころかそこらの売人連中全員に声を掛けられて、目星付けられないだろ』
『そうだよ。もっとこの街に慣れてます~って感じを出して。頑張って』
(そんなこと言われてもぉ……)
インカムから茶々を入れられつつ、花は押し潰されそうな気持ちをなんとか踏ん張って廃魔法通りを歩き続けた。
どれくらい歩いただろうか。周りに赤刺繍の学生服を着た人はいないのだろうか。
そんな事ばかり考えて目をきょろきょろと動かし続けるが、如何せん人が多すぎて分からない。
「ほんとにこれで向こうから接触してくれるっぺか?」
『おそらく、な。にしてもお前上手いなぁ。そのたどたどしい歩き方といい、挙動不審な感じ、まるで薬物中毒者のそれだぞ?』
『うんうん。一種の才能だね。これならすぐに向こうから接触してくるかもだよ』
「あ、あのぉ……それって褒めてるんだべ?」
『『もちろん』』
インカムの向こうで悪辣な笑みを浮かべていそうな二人の顔が思い浮かんでしまう。
そんな時だ。
「もし、お嬢さん。合法的に気分が良くなる薬を試してみませんか?」
「ほえ?」
それは唐突に現れた。
人々が行き交う通り、そこを歩いている道中にローブ姿の男? が声を掛けてきたのだ。
「しっ。声を出さないで。で? どうです? 試してみませんか?」
花は息を飲んだ。
(来た、本当に来たべ!?)
そのローブの男に気付かれないように、花はインカムの通信をオンにする。
「これはまだ法律にも引っかからないホール産物質を加工した新薬です。堂々とお試しになれますよ?」
「だ、だべぇ……」
「見たところ、あなた……。これまでも薬物に手を出していますよね? 動き方が常人のそれとは違いますし……。いつも利用しているのは大麻ですか? それとも——」
(んな薬使ったことないっぺ。……ってか私って、普通にしててもそんな変な動きしてるんだべ?)
アナハイドたちに言われるよりも、こうして売人に突き付けられた方がショックだった。
だがしかし、相手は花に食いついてくれた。
男の商売話に花はしどろもどろと頷きつつ、話を引き延ばす。
(私はプロの捜査官じゃないべ。ここは話を二人に聞かせて判断を仰ぐっぺ)
「で、どうです?」
『話を引き延ばし続けてくれ。今ポチータがそっちに向かってる』
インカムからアナハイドの指示が聞こえた。
ポチータがどうやってこの人を捕まえてくれるかは分からないが、話を引き延ばすぐらいなら——
(やってやれんこともないっぺよー!)
「そ、そのぉ……。お高いんでねぇべか? 私、今手持ちが少なくて……」
「大丈夫ですよ。まずはお試しってことで、一袋5ドルでどうです?」
(ドル? って言われても円で言えばどれぐらいか分かんないっぺよ。で、でも……お試しって事ならそこまで高くは、ないんだべか?)
それにしても中々強引な売人だと思う。
もっと静かに手早く商売をしてそうなイメージであったのだが……。
(もしかして慣れてない? まあ学生だし当然かもしれないけんど……)
「もう少し、負けてくれないっぺか?」
「お嬢さん、それは商売がきついですよ。こっちも生活が懸かってますんでね? まあそうですねぇ……。だったら4ドル。これが限界ですよ」
ポーチに入った白い粉をローブの男が懐から取り出し、空いた手を花に伸ばしてきた。
金と交換。商売成立。
そう言いたげな動き。
だが、その手を花が取ることはなかった。
代わりにその男の手を掴んだのは、人混みの間から伸ばされた小さな手だった。
「はいはい。4ドルね。商売成立、現行犯逮捕かな?」
「なっ!?」
男がその手を振りほどこうとした。
だが、その小さな手は思っていた以上に力が強かったらしく、振りほどけずにいる。
男の目が花に向けられた。
ローブの下から覗くその目は明らかに敵意を剥き出しにしていて——
「お前、騙したな!?」
「そ、そのぉ……。すんませんだ!」
花は頭を下げた。
なぜ頭を下げたか自分でも皆目見当がつかない。
男は金を受け取るはずだった手を花に向けて、何やら詠唱を始める。
「エレクトロ!」
バチバチっと稲妻が辺りに放たれた。
周りの人々に稲妻が感電して痙攣を起こし始める。
閃光と衝撃、そして突如倒れる人々。
その光景は瞬く間に周囲を混乱に陥れる。
「な、なんだ!?」
「誰かが魔法を撃ちやがった!?」
「逃げろ! 逃げろー!!」
周囲の人混みがあっちこっちに逃げ惑う。
「ま、まずい……!」
ポチータの声が混乱の中に小さく聞こえた。
ローブの男が混乱に乗じて逃げようとし始める。
(人混みがポチータさんの手を振りほどこうと後押ししてるんだべか!?)
そうだと気付いても、花も人混みの濁流に押されてローブの男に手を伸ばすだけで精いっぱいだ。
このままでは逃げられる。
そう思った矢先——
「真打登場っつってな!」
「アナハイドさん!?」
遥か頭上。
アナハイドが箒の上で仁王立ちしていた。
彼は真下の混乱した現場を見るや、飛び降りた。
「ポチータ! 手ぇ離すなよ!」
「当然! やっちゃえ!」
アナハイドは指をローブの男に向けて——パチンと鳴らした。
「イグニス!」
音とともに放たれた炎弾がローブの男の頭上に着弾した。
一瞬にして炎が広がった場から、人々は炎を避けるように離れていく。
「強引だけど、すごい……」
混乱した現場環境を炎の魔法一発で整えた。
ローブの男はこの混乱に乗じて逃げるはずだったのだろうが、アナハイドの魔法によってその手は潰されたようだ。
燃えるローブ姿の男の腕を掴み続けるポチータも、なんて胆力をしているのだろうか。
彼女は獣人と言っていた。
曰く、獣人は多少の痛みであれば耐えられると……。
「は、離せ!」
「離さないよ!」
小さい体なのにとんでもない力だ。
ローブの男は強引に引き離そうとしているが、ポチータを振りほどけない。
そんな二人の前に着地したアナハイドが煙草に火をつけながら、ゆっくりと歩み寄っていく。
「よぉ。ガキ……。さすがにおいたが過ぎたんじゃねぇか?」
火が付いた煙草を口から離し、煙をローブの男に吹きかけた。
「法律は確かにないけど……。まあ危険物所持と魔法の無断使用の現行犯で逮捕だ」
アナハイドは男のローブを掴んでめくり上げた。
男の顔が露わになる。
黒い学生服に赤い刺繍の入った校章。
チンピラの情報通り学生だった。
だが、一点違うところがあるとすれば——
「お、女の子だったっぺか!?」
男の声だから男と思い込んでいたのだが、ローブがめくられた今、その顔が明らかになり目に入った素顔。
それは金髪碧眼の可憐な少女そのものであった。
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