第10話 悪しき魔法使い
イーグレットのヴィクトリア調が残る幻想的な街であっても、影は落ちている。
廃魔法通りと呼ばれるこの場所には、各世界からの犯罪者たちやチンピラが行き交っていた。
裏路地に入ると、なんとも怪しげな老人が瓶に詰められた、これまた怪しい薬を売りつけようとしてくるあたり、このあたりの治安は保証されていないのだろう。
そんな街をズカズカと進むアナハイド一行は、目的の場所にたどり着いたのだが――
「お前、よくここに顔が出せたなぁ! えぇ!?」
「ひ、ひぃ!?」
チンピラの恫喝に、花はアナハイドの背中に隠れるように縮こまった。
アナハイドとポチータはというと――
「あぁん? 俺がここに来ちゃ悪いかよ?」
「そーだそーだ。こいつを怒らせると怖いぞ~。喧嘩は売らない方が身のためなんだからな!」
逞しくもチンピラに張り合っていた。
花が怯えるのも無理はない。このチンピラ、つい半刻ほど前まで車で追いかけ回していた、あのチンピラ連中である。
まさかこんなすぐに再会するとは、いや、出会うとは思わなかった花にとっては、もはや帰りたいと脳が一色に染まってしまうほどの嫌な気持ちでいっぱいだ。
「来ちゃ悪いってお前、ここで何したか忘れたのか!?」
「パーティーの邪魔しただけだろ? ってか犯罪者がいるパーティーを警官が見過ごすかよ、ブワァーカ!」
「こ、このぉ!!?」
「落ち着いてください、兄貴!」
ボスと思わしきチンピラを制したのは手下だ。
「後ろの女、見てくださいよ。あいつ、俺たちを一瞬で爆破したイカれた魔法使いですぜ」
「な、なに? ……!? マジか……」
チンピラたちが一斉に顔を青く染めた。
その視線の先には、アナハイドの後ろでオドオドしている花の姿がある。
そんな花は全員からの視線に顔を引きつらせた。
「わ、私がなにか?」
たった一言。
それだけ発しただけであるのに、チンピラたちは――
「そ、そうだな。悪いことはいけねぇや。おっかさんにもそう言って育てられたしな」
「うんうん。兄貴の言う通りだぜ。それに、たかがパーティーの一つや二つ妨害されたからって、イラつくことはないや」
乾いたように笑うチンピラたちを訝しむアナハイドとポチータ。
ポチータはアナハイドに耳打ちする。
「ちょっと、これはどういうことなんだい?」
「あぁ、お前と合流する前にちょっとあって、どうやらこいつら、花にビビってるみたいだな」
あのカーチェイスで花の魔法に吹き飛ばされた記憶がトラウマにでもなっているのだろう、というのはアナハイドとしても納得できる。
なにせ、この国の魔法は呪文の詠唱、そして発動までにタイムラグがある。
また、命中を安定させるためには風魔法を織り込み、コントロールする必要がある。
つまり、魔法を当てる。これ自体が高等レベルの技術なのだ。
喧嘩で魔法をぶっぱなす程度であれば、コントロールは必要ない。
だが、あの場において命中させるとなると、花の技量がどれほど卓越しているのか……。
いかにチンピラとて魔法使いの端くれだ。嫌というほど身に染みたのだろう。
「まあ、ちょうどいいや。おいお前ら、お前らに聞きたいことがあるんだけどさ。この薬をどこで手に入れた?」
アナハイドは怯えるチンピラたちに、回収した薬を見せながら聞いた。
敵対心があるチンピラであれば素直に答えてくれないだろうが――
「そ、それですか? それは……」
ちらりとチンピラの視線が花に向く。
彼女と目が合った瞬間、びくりと体を跳ねさせて――
「裏商会にいた魔法使いから買ったんだ! 嘘じゃねぇよ! なんだったら、その場所まで案内するぜ」
「ほほ~。魔法使いね……。もう少し詳しく」
花に怯えたチンピラは、すごく素直だった。
後ろの花自身、この状況が誰のおかげでスムーズになっているか分かっていないようだが……。
アナハイドとポチータにとっては仕事が一つ減ったようなものなので、気分は上々だ。
「見た目は学生……だったか。フードを深く被ってて、よく分からなかった。もしかすると認識を阻害する魔法でも使ってたのかもしれねぇや」
「ふぅん。ま、あり得る話だろうね」
ポチータが頷く。
認識阻害の魔法は、犯罪魔法使いがデフォルトで身につけてる魔法だ。
使えば目撃者の記憶を曖昧にできるのだから、覚えて当然の代物。
だが、記憶を完全に曖昧にすることができないのがこの魔法の欠点であり、服装、身体的特徴だけはこのチンピラにも残っているらしい。
「他には? なんでもいいんだ。匂い、声。特徴になるものがあれば、なんでも教えてくれないかな」
「特に気になったとこはないけどよぉ……」
「なら質問を変えるね。なんで学生だって思ったのかな?」
「あぁ、それはだな……。見えたんだよ。ローブの下に着てる服に魔法学院の校章が。それに、あの赤の刺繍は確か……5学年の物だったはずだ」
「なるほどね。確かにその特徴なら学生だ」
「まあ、偽装で着てただけかもしれないがな」
アナハイドは付け加えるように吐き捨てた。
そんな分かりやすい服装で犯罪に手を染めるとは思えない。
ポチータは難しい顔を浮かべたまま、アナハイドに――
「罠の可能性も考えられるね」
「だな」
というか、それしか考えられない。
もしくは馬鹿な学生か……。
(ないな。赤刺繍ってことはエリートだし)
チンピラとアナハイド、ポチータが話し合っているのを聞いていた花は、恐る恐る口を開いた。
「なんで罠って分かるんだべか?」
「ん? そうだなぁ……。まず花。お前は魔法学院について何か知ってることあるか?」
花は首を横に振った。
「そうか……。いいか? 魔法学院ってのは魔法使いのエリートを輩出する機関だ。全部で10学年あって、今コイツが言った赤刺繍が5学年だ」
アナハイドの話を興味深そうにメモを取りながら頷く花。
「んでもって、この学院だが、授業がクッソ難しい。だから大抵の学生は1年か2年で中退するんだ。こいつらみたいにな」
えへへ、と照れるチンピラ。
この国のほとんどの魔法使いは、魔法学院に入学しては中退した半端者の集まりだ。
もしくは、アナハイドのような通信教育で身につけた紛い物か。
「へぇ~。なら優秀な人が悪いことしてるんだべなぁ」
「簡単な話、そういうこった」
今話すべきはそれぐらいでいいだろう、とアナハイドは話を切り上げる。
それにしても、情報が魔法学院の5学年だけ。
男か女かも分からないときた。
「ポチータ。5学年ってどんぐらい数がいたっけか?」
「んー」
ポチータはスマホで魔法学院のホームページを検索し、調べ始めた。
どうやらネットに合計の人数が載っていたようで――
「大体600、らしいよ」
「多いな」
その中から、たった一人を見つけろと。
不可能だろう。
探してる間に相手に勘づかれて逃げられるか、もしくは上手い具合に誘い込まれて痛い目に遭う可能性が高い。
アナハイドは少し考え――
「情報をもっと集める必要がありそうだな」
そう言いながら、花に目を向けるのだった。
花は「え、え?」と挙動不審な動きを見せていた。
なにせ、今のアナハイドの目はいかにも悪人といった目をしていたのだから。
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