第6話 タダ働きだけは嫌だ
イーグレット警察はイギリスだった頃の地球側の警察と、ほんのわずかな魔法の知識を持ったクラシックウィザードによる新組織だ。
地球と異世界が混ざり合い、互いの法律の境目が曖昧な現代における治安維持と犯罪に対する抑止力として創設されたというのだが、それでも犯罪の件数は増加する一方である。
この無法地帯となったイーグレットをどうにかしようと政府が法整備に勤しんでいるところなのだが——
「俺がその法整備の手伝いをしろだってぇ!?」
そんなアナハイドの叫びが会議室の中に響いた。
そんな彼の隣にいるポチータと、白髪が眩しい初老の男、ベルン部長の二人はアナハイドの尻に膝蹴りをかます。
「いっ!?」
「だまれアナハイド。今は所長の大事な話の最中だ。割って入るんじゃない」
「そうだよ。ただでさえ君の評価はどん底だってのに……。パートナーのおいらも道連れになるじゃないか」
「俺だって好きでどん底に落ちたわけじゃないっての」
さらにゲシッ。どうやらこの場にアナハイドの味方はいないようだ。
そんな並んで立つ三人に、警察署長のクールビューティー、キリエミュール・ザイデンが呆れたとばかりに息を吐いて話を続ける。
「今言ったように、我々警察はこの無法地帯となった国の度重なる犯罪に対して、常に後手に回っている状況だ」
薄暗い部屋の中、大きく映し出されたパワーポイントに彼女が目を向けている。
そこにはこの国の犯罪件数を表したグラフがあるのだが、まあ、うなぎ登り状態なわけだ。
(そりゃ旅行者も珍しい存在になるわな)
アナハイドは先ほど出会った花を思い出しながら考える。
といっても彼女は観光者などではないのだが。
「政府各位もハイネル魔法協会との法のすり合わせに難航しているらしくてな。解決までの目途もまだまだといったところだ」
「でしょうね。なんせ向こうの異世界人が好き勝手に暴れたり、怪しい薬を持ち込んでは? 『これはホール産だから法に触れてましぇーん』だのアホ抜かしやがってるしな」
「アナハイド!」
「だって部長~」
お小言をアナハイドにぶつけようとしてきたベルンを、キリエミュールが手で制した。
「署長……」
「いい、ベルン。アナハイド調査員の言う通りだ。こればかりは誤魔化す必要はない」
ベルンが野犬のように睨みつけてくるが、アナハイドは明後日の方向を見て口笛を吹くばかり。
「たしかに君の言う通りの実情だ。犯罪を未然に防ぐどころか、犯罪件数を増やしてしまっている現状、何を言われても仕方のない話だ。だが——」
パワーポイントが切り替わる。
そこに新たに映し出されたのは謎の犯罪組織、『ダークトリニティ』。
黒い蛇が天に向かって絡まりながら伸びているマークが特徴的だ。
「こいつらの存在はもはや許しがたいところまで来ている」
「…………」
これにはアナハイドも黙るのみだ。
ダークトリニティに関わる事件は、表の警官、裏の調査委員ともに手を焼くものばかり。
銀行強盗に性犯罪、裏では禁止されている奴隷販売に薬物取引などなど、挙げたらキリがないほど手広く悪事を行っている。
今朝ポチータに渡した薬も、その下部組織から奪い取ったものだ。
その組織から買い取ろうとしていたあのチンピラたちは、ただの顧客というわけだが……。
「こいつらの狙いは分からん。だが確実にこのままにしておくと国内の問題では収まらなくなるだろう。いずれ国外にこいつらの手が伸びる可能性が高い……。そうなると他国から我が国に対する目線が一気に冷ややかなものになる……」
アナハイドたちは息を飲んだ。
事態はそこまで悪化しているのかと。
今までは目の前の事件ばかりに奔走していて気づきもしなかったのだが、この署長が忌々しいといつも冷静な顔を歪ませているあたり、本当に危険な状況なのだろう。
「そこで、アナハイド。君とパートナーのリリルル・ウルフェン・ギャンバルクと一緒に国連異質調査機関、通称F・E・T・Sへ出張に行ってもらいたい」
「いいなアナハイド」
「いいなって部長!」
話は理解した。理解したが納得はできないとアナハイドはベルンに食いかかる。
「出張って! 給料もなしになんで俺がこんな危ない案件を受けにゃならんのです! ここはもっとエリートに任せるべきじゃ——」
「な、なにをー! お前、この名誉ある使命を受けたくないって言うつもりか!」
「だってタダ働きなんですよ部長! 俺嫌ですよ? タダでそんな面白くもない仕事——」
言い合うアナハイドとベルンを横目に深いため息をついたポチータは署長に頭を下げる。
署長も困ったといった様子でだんまりだ。
どう声を掛けたらいいのか分からないのだろう。
「大体F・E・T・Sって組織も最近設立されたばっかなんでしょ? だったら俺が行ったところで何になるんだって話で——」
「どうしても行きたくないのか」
署長が言った瞬間、アナハイドは——
「絶対、行きたく——」
「特別賞与を約束すると言ってもか?」
「ないと思ったけど行きたくなってきたなぁ」
ズコーっとベルンとポチータはその場で転んだ。
反抗的な態度をとっていたアナハイドは一転して署長にゴマすりモードだ。
「君の業務態度、それと問題の数々は確かに目に余る。だが所属している部署的にもそれは仕方のないことだとも思う。だからベルン。給料カットの話は白紙にしてやろう」
「で、ですが署長!? こいつの問題は白紙にできるほど安いものでは——」
アナハイドの犯した問題は、街の破壊行為、事件解決における住民への被害が多くを占める。その他にもまあ色々とあるわけだが——
「今回の事件はそれを白紙にしても余りある案件だ。それにアナハイドは問題こそ多いが事件の解決率は署内でも随一だ」
「そ、そうですが……。そうなんですがぁ……」
「ぶ、部長? そんなに睨まないでくださいよ~。まだ50だってのに血管が切れて死んじゃいますよ?」
「誰のせいだと思ってるんだ、誰の!」
「まあまあ部長さん落ち着いて……」
頭に血管が浮き出るベルンをポチータは諫めるが、怒りは収まらず。
だとしても話は続き——
「ではやってくれるな?」
「はい! 不肖このアナハイド。この国のため、正義のためにもこの案件、必ず解決してみましょう!」
そうしてアナハイドはパートナーのポチータと共に、ベルンから逃げるように会議室を走り去った。
向かうはF・E・T・Sのある事務所。
アナハイドは満面の笑みを浮かべるのだった。
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