第3話 シャブ争奪戦
「いたぞ! あいつだ!」
「あん?」
アナハイドが喫茶店を出ると、店の前には馬鹿みたいに派手な改造が施された真っ赤な車が4台、駐車場から車道へ出る通路を塞ぐように停まっていた。
まるで警官隊がバリケードを使った検問の光景だ。
違う点があるとすれば、警官の代わりにチンピラたちが釘バットを担いで誰か個人を検問しようとしてるだけ。
「兄貴。あいつです。あいつが俺たちからシャブを奪い取ったんでさぁ」
「おうおうおう。あんちゃんが俺たちから大事な大事なシャブを盗んだ馬鹿か?」
「シャブ? そうだけど、何だお前ら? 大の男が一つの鍋を囲んでシャブシャブパーティでも開催するつもりだったのか?」
シャブが薬の隠語だということは勿論アナハイドとて理解している。
だが、それをおいそれと公言するものでもないので彼は小馬鹿にするようにチンピラたちに答えた。
まあ、そんな対応をされれば? この手のチンピラたちは——
「そうだ! シャブシャブパーティだ! だがお前が盗んだ所為でパーティは台無しだ!」
当然、ブチギレである。
「ちゃんとお前が盗んだって俺の可愛い可愛い手下たちが言ってんだ。さっさと返しやがれ」
「おーう。きっしょ。男どもだけのハーレムパーティーってか?」
「馬鹿にすんじゃねぇ! 掛かれ野郎ども! シャブを奪い返すぞ」
「「おおっ!」」
「シャブはもう無いけどな……って聞けよ!」
喧嘩勃発。
静かな喫茶店の駐車場が瞬く間にアウトローギャングワールド一色に。
釘バットで襲い掛かるチンピラたちをアナハイドは煙草を吹かしながら殴っては蹴り、近くのごみ箱へ投げ入れる。
「ゴミはゴミ箱にってな。俺ってやっぱ名誉市民じゃね? ごみの分別が出来る素敵なお・と・こ♪」
「くそがぁ!」
ボスらしい男がどこからかガトリング砲を持ち出した。
キャリキャリと砲身が回転し始める。
今から撃つぞと言わんばかりの動きに、アナハイドは近くにあった車の陰に飛び込んだ。
瞬間、ガガガガッ! と激しい銃撃音が静かな街に響き渡る。
「おいおい、俺さっき素行の問題でブラックリスト入りされたってのに、このままじゃまた悪化するじゃねぇか」
盾にしてる車が銃撃の反動で大きく揺れる。
このままじゃ持たないことは明白。
で、あればどうするか。
アナハイドは辺りに目を凝らし、動けそうな車に目星を付ける。
と言っても、この駐車場にあるのは今盾にしてる穴まみれな車とチンピラどものダサい車だけ。
(あーあ。警官隊の目を欺く為に箒捨てるんじゃなかった)
こんなことなら捨てるべきではなかったと反省しつつ——
銃撃が、止んだ。
「んだ? 動けってんだよ!」
どうやらフルバーストの影響で砲身が焼けてオーバーヒートを起こしたらしい。
ラッキーだった。アナハイドは車の陰から走り出し——
「お、おい!」
チンピラどもの車、その一台に飛び乗った。
エンジンはもう既にかかっている。あとはアクセルを踏んで発進させるだけだ。
まあ憂いがあるとすれば——
「無免許運転がばれないと良いんだけどな!」
アクセルを全開で踏んだ。
車体は無駄な改造パーツで重量が上がっており、思ったより速度が出ない。
無駄にホイールが回転し、ギャリギャリと白い煙が立ち上る。
車体を大きく回転させ、チンピラのボスにいざ突撃。
「ま、ままま、待て待て待て!」
「だめだね。待たない!」
突っ込むアナハイド。
こっちに来るなと手を振るチンピラのボス。
当然、答えはアナハイドの車がボスの体を跳ね飛ばす、といったものだった。
漫画のように跳ね飛ばされたボスは空を舞い、落下する。
アナハイドは振り返らない。
ただ真っすぐ車を走らせるだけだ。
「いえぇぇーーい!」
馬鹿みたいに高いテンションの叫びと共に退散。
チンピラ? ひき逃げ? この現場を見て誰が正義で誰が悪か明白だろう?
(…………俺は悪じゃないぞ?)
***
1時間前は警官隊と箒チェイス。そして今はチンピラとカーチェイスだ。
まったく、この魔法ファンタジーになった英国だというのに、どうしてこうもギャングファンタジーなのだろうか。
アナハイドの後方、派手な車の車窓からチンピラが体を出して杖を振り、水やら雷やらを放ってくる。
如何にチンピラといえど魔法を扱う。
それがこの街、いや、この国に住む人間だ。
日常生活から仕事、全てにおいて魔法を使用する国民は、勿論日々の喧嘩にだって魔法の使用を欠かせない。
そんな魔法の弾幕を華麗なハンドルさばきで躱すアナハイドはご機嫌であった。
「免許持ってないけど、この光景を撮影したドライブレコーダー持って教習所に行けば一発合格になったりするんじゃないの?」
(…………ねぇな)
セルフノリツッコミを虚しく楽しんだアナハイドは煙草を窓の外へ投げ捨てた。
そして指をパチンと鳴らし——
「イグニス」
そう唱えた。
瞬間、煙草が爆ぜる。
その爆発はアナハイドを追っていたチンピラの車体を巻き込み、下から巻き上げられた車体は見事に宙を舞った。
丁度、車から流れている音楽がサビに入るところだ。
いわゆる音ハメというやつだろう。
爆発、車体の砕ける音、そして転がる騒音と街中の絶叫がBGMと合わさってアナハイドの脳を刺激する。
「いいねいいね。乗ってきたぁ」
もはやどちらが悪か分からぬ状況である。
恐らく今の現状を見た市民であれば、追手側の方が善に見えるかもしれない。
そんな光景。
だがアナハイドにとって一般市民の感想などどうでもよかった。
(どうせ逃げ切って誰の目にも映らなくなったら俺を裁く野郎は現れない)
それだけだ。外道。そう呼ぶに値するのがこの男であった。
そうして今日もイーグレットの街は賑やかなものになった。
爆発し、車は空を舞い、壁やら店に車体が突っ込んで阿鼻叫喚。
市民たちはこの夢のような光景をスマホで撮影してSNSにアップしているのだろう。
そんな、なんてことのないイーグレットの一日だった。
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