第44話 上官には逆らうな
如月とアイリスたちが委員会に戻ってきたようで、グリデンガルドで何を話してきたのか、館内放送で直哉たちも聞かされた。
のだが……なんでもグリデンガルドとファンタジーアース、大妖帝国大和との同盟条約を結んできたという報告だった。
春風が開けた次元の狭間——ホールの中は多少のカリギュラは湧きつつあるが、ネクロウィザードレベルの大異形がすぐに生まれることはないらしい。
まあ今後は雑魚をちまちまと排除していればいいのだと。
まるで雑草駆除だ。まあ似たような存在だから、言い換える必要はないだろうが。
「とまあ、そんなこんなで同盟を結ぶまでに辿り着けたわけだけど、君のお陰だよね」
と、アイリスが共用スペースにいた直哉を見ながら話し出す。
どうやら先ほど聞こえた館内放送は、録音を再生したものらしい。
「俺のお陰って?」
「なに寝ぼけたこと言ってるんだい。言ったろ? 君はここでどっしり構えて待ってればいいって」
「どっしりもなにも、ここで駄弁ってただけだけど」
なぁ? と直哉はシエルと砕華に顔を向けた。
二人とも頷いてくれたが、アイリスは「ホント何もわかってないね」とカスタードプリンを頬張りながら続ける。
「君はいったいどういう存在だったのかな?」
「どういうって……あっ」
「気づいたようだね」
頷く直哉。
そう、自分は兵器だ。異世界リーデリッヒのイリーガルウェポンなのだ。
それが意味することは、つまり——
「春風の兵器として脅しをかけたってわけかよ」
「聞き捨てならないね。脅しなんてしてないよ。ただ、そっちが武力行使を実行するのならこっちにも考えがあるよ、と言って君のデータを開示しただけさ」
「それってなんのデータだよ」
「んー。全部! 今までの」
「そっかー。全部かー」
(まあ、戦闘データなら良いか)
そう思い、コーヒーを一口すするが——
「君の趣味に好みの女性のタイプ、それからそれから——」
「ぶふぅ!!?」
噴き出した。コーヒーを大量に。
「な、なな、なんでそんなどうでもいい情報も開示してんだよ! 俺のプライバシーは!? 兵器だから人間判定なしってか!? くっそふっざけんな!」
さすがにこれには、海より広い心の持ち主である直哉でも怒り心頭だ。
席を立ち、コーヒーの入ったマグがテーブルから落ちて中身をぶちまけようがお構いなしに、アイリスに言い寄った。
「な、なにをそんな怒ってるんだい!? え、えぇ?」
アイリスは何もわかっていないといったように目をパチクリさせる。
なぜ、なぜ分からんのだろうか。直哉にだって理解できない。
「アイリス主任。直哉さんが怒るのも当然ですよ」
「だな、さすがに私も生活のすべてを公開するとか言われたら、恥ずかしくて死んじまうわ」
「え、えぇ!?」
「逆に、アイリス。なんでお前はそれを公開したわけ? 一応……。いちおーう聞いてみていいか?」
こんなでも家族なのだ。
直哉は怒りを深い息一つで落ち着かせて、聞いてみた。
アイリスは当然のように話し出すが——
「だって兵器が人間みたいな生活して、人間みたいに怒るって知ったらどう思うかなんて一目瞭然じゃないか。しかもしかもだよ? 君は英雄シエル元執行官とも仲が良いじゃないか。そんなシエルを傷つけようとしてた連中が、人間兵器の直哉くんを怒らせたらどうなるか——」
「あー。はいはい……」
直哉は大体を悟った。
つまり、このおバカ科学者は——
『君たちはこっちの兵器と仲良しのシエルを傷つけようとしてたけど、それをすれば——わかってるよね?』とでも言ってきたのだろう。
「十分脅してきたわけだ。この不良科学者め……」
「失礼な! 僕はただデータを開示しただけだよ! 脅したのは如月さん! 僕じゃない!」
「私がなんですか?」
「ひうっ!?」
アイリスが恐る恐る振り返ると、そこにはニッコリと笑顔の——それでいてどこか恐怖を感じる——如月が立っていた。
彼女の手には大量の資料の束があるのだが。
「や、やあ如月さん。ど、どどどど、どうしたのかな?」
「どうしたもこうしたもありません。向こうでも言いましたよね? 会議で出た話を議事録にまとめるように、と」
「そ、そうだったかな~……」
アイリスの声がか細く、そして裏返っている。
(逃げてきたな……)
そう思ったのは、きっと直哉だけではないだろう。
アイリスをなんとも言い難い顔で見つめているシエルも砕華も、同じことを考えているかもしれない。
「探して見つけてみればサボって……。しかも? 私があの国を脅したとか適当なこと言って……」
「ち、チガウヨ? 僕はただ……そう! 如月さんがすっごく凛とした一言を放って、あの馬鹿どもを黙らせたと力説してたんだよ!」
「本当ですか?」
如月が直哉たちに目を向けてくる。
言葉にはせずとも、彼女が何を言いたいのか察することができた。
『正直に話さないと……わかってますよね?』そう言いたげな——
「いや、全部如月ちゃんが脅したって言ってました!」
「おうよ、私たちはそんなこと考えてねぇけど、アイリスが。なぁ、シエル?」
「え、え!? 私に振ります!?」
「シエルくぅん……」
アイリスの潤んだ瞳に戸惑うシエル。
彼女は助けて、と直哉と砕華に目を向けてくるが、首を振るか目を逸らすかだ。
そんな二人は当てにならないと見たか、シエルは——
「二人の言う通りです」
「シエルくん!? そ、そんな! 君も僕を見捨てるだなんて——」
「アイリス主任?」
「き、如月さん……?」
もうそこには優しい優しい如月はいない。
いたのは笑顔のまま修羅と化した司令官。
如月円香しかいなかった。
そんな如月はアイリスの首根っこを掴み——
「いい度胸です。ではこの資料ですが、今日中に! まとめて全職員に配布するように! いいですね!」
どこかへ連れていかれてしまった。
引きずられながら助けを求めてくるアイリス。
直哉たちは、そんな彼女から目を逸らすしかなかった。
シエル風に言えば? 上官の命令には逆らってはいけない。
そういうことだ。
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