第43話 転職
「なんか結局アイリスの美味しいとこ全部持っていかれた気がすんだけどぉー」
異世界アルデバランの大国グリデンガルドの近くに停泊(と言っていいのか分からない、なにせ島ごと空に停まっているのだから)している春風。
その委員会本部の共用スペースで直哉は机の上に頬杖をついて文句をブー垂れていた。
「んな硬ぇこと言うなよ直哉。大体この世界に目覚めてから日が浅いお前に外交の何ができるんだっつーの」
「うっせ……。馬鹿鬼」
直哉の前には瓢箪を煽る砕華。
中に酒が入っているらしく、彼女の顔はもう真っ赤に染まっていた。
そう、外交だ。
ネクロウィザードの討伐を果たした直哉たちは、シエルたちの帰りが遅いと見るや春風ごと異世界に飛び込んだのだ。
ホールは無くなり、どうやって飛び込んだか……。
疑問はあるだろうが、そこは天才科学者にして異世界渡航の技術を持ったリーデリッヒ出身のアイリス。シエルに持たせていたインカムから空間座標を割り出し、対魔砲の出力を調整、そして空間をぶち破ったのだ。
当時それを間近で見ていた直哉は「まじか……」とバカみたいな声を出したのを忘れることは無いだろう。
話を戻すが、そんな異世界に乗り込んだ直哉たちは、どうやらグリデンガルドがファンタジーアース側に不信感を持っているようだったので(シエルの発言から)、如月とアイリス、あと数名の委員会のお偉いさんと共に「レッツ会議」とグリデンガルド本国へ入国したわけだ。
「腐るなって。私たちは頭が悪い! どうせ行ったところで揚げ足取りに使われるだけだって」
「わかってるけどよぉ。わかってるけどよぉ」
だからって「君はここでどっしり構えてくれていたまえ。ただそうしていれば役に立つからね」と言ったアイリスの笑顔は直哉には理解できない。
酒を飲む砕華。目の前の馬鹿と同じ扱いなのだろうか。
そうだと思うと、なんだかアイリスが……。なんだか遠い存在になったようで少し悲しくなる。
「それよりもだ。この間の戦闘でいくつか見直すところがあったろ? 部隊の育成に、お前の戦闘技術。あとME技術を取り入れた新型兵器の運用とかよ」
「まあな。俺が未熟なのはわかるよ? なにせ砕華たちと違って戦闘員じゃねぇもん。だけど、お前さぁ、部下に厳しすぎねぇ? なんだよ、あんだけ雑魚をぶっ倒してくれた皆にさ『雑魚を倒すのに時間をかけ過ぎだ。よって給料は全部8割カットな!』って……。全員退職しちまうぞ」
「はっはっは。大丈夫だって。あいつらはそんな程度じゃ辞めねぇよ。どうせここぐらいしか働き口ねぇし。楽しい場所ねぇし」
「堂々と戦えるから?」
「戦えるから!」
ムキ! と力こぶを見せてくる砕華。全く色気はない。
無駄に顔が良いだけに非常に残念だ。
重たいため息をついていると「隣良いですか?」と、砕華と同じ委員会の黒の戦闘員服に身を包んだ少女がスパゲッティの乗ったトレイを持って直哉たちの席に座る。
「シエル……」
「んだぁ? お前、自分の国に行ってたんじゃなかったのかよ」
そう、その少女はシエルだった。
今の彼女はホール対策委員会の制服に身を包んでいて、かつてのグリデンガルド魔装軍の軍服は着ていなかった。
それには訳があるのだが——
「なんです? 砕華さん。私が残ってちゃいけないんですか?」
「いや、そうじゃねぇけどよぉ。だってお前の国だろ? それに結構な役職についてたじゃねぇか。だったらついて行って難しい話の一つや二つ」
「あはは。なに言っちゃってるんですかぁ。私はもうあの国の人間じゃないんですよ?」
笑ってスパゲッティにタバスコを振りかけるシエル。
そう、彼女はもうあの国——グリデンガルドの国民ではないらしい。というのも、どうやら彼女はかの国の上層部を怒らせた挙句に非国民だと告げられたらしく、軍法会議に掛けられる寸前だった。
だったのだが、それを聞きつけた如月が彼女を勧誘。そして話はトントン拍子に進んで、あっという間にファンタジーアース側の人間、大妖帝国大和の国民として登録されてしまったのだ。
(今の世界って永住権を取るの簡単なんだな……)
「ってかお前、タバスコ掛けすぎだろ!? どんだけ掛けてんだよ」
「はい?」
話しながらずっとタバスコの瓶を振り続けているシエル。
なんだったら今も振っている。
おかしい。さっき持ってきたスパゲッティはペペロンチーノだったはずだ。
それがまるで……ナポリタンのように真っ赤になっている……。見間違えたのだろうか? と直哉は目をゴシゴシと擦る。
「おいしいですよ?」
「そのなんちゃってナポリタンが?」
「なぽ……。すみません。まだ直哉さんたちの世界の常識が分かんなくて」
「ナポリタン。赤くてすっぱあまい懐かしのパスタ料理だよ」
「へぇ。それって辛いですか?」
「いや、ぜんぜん」
「なら興味ないでーす」
パクリと一口頬張ったシエルは頬を押さえて悶えている。
おいしそうに食べちゃいるが、臭いで分かる。
絶対に口にしちゃいけない物だ。
なんだか酸っぱい臭いが直哉の鼻腔を突いてくる感じから、相当の辛さだと思われた。
砕華もそんなタバスコスパゲッティを汚物を見るような視線を向けつつ酒を飲んだ。
「にしても良かったのか? お前、この委員会で働くことになって」
「というと?」
「いやよ。私が言うのもなんだけど給料は低いぞー? 月に30万。命を張ってこの価格設定だ」
「でも国籍自由、衣食住付きで、なんだったら再就職先の融通もしてくれるんですよね」
「まあ、そうだけど」
「だったらこれ以上良い職場無くないですか?」
「はぁ……。私ゃ戦えて酒が飲めるだけの駄賃稼げりゃ良いから文句はねぇけど……。はっきり言ってそんだけだ、普通は割にあわねぇって逃げ出すぞ?」
砕華の重いため息。
まあ直哉としても理解できなくはない。
たったひとつの命を張って月30万だ。
せめて80万は欲しいところ。
だが、この委員会の活動自体まだ始まって日が浅く、実績が乏しい。
如月いわく、これからの活躍次第では給料は上がるだろうから『ガムバレ』とのこと。
(頑張れって……。んじゃ今回の討伐成功でもうちょい上げてくれたっていいよな)
手元には25万……。
色々差し引かれて渡されたこの給料が己の命の対価だと思うと涙が出そうだった。
「それに……」
「「それに?」」
シエルはフォークを置いて直哉たちに目を向けた。
そこには初めて会った時とは違って、年相応の少女のあどけない笑顔があった。
「ここで私たち元魔装軍が全員一緒に働けるんですもん。これ以上の最高な環境ってないですよね」
直哉と砕華は互いに顔を向ける。
「「違いない」」
そう3人は委員会の共用スペースで笑い合ったのだった。
ちなみにこのあと直哉はシエルのスパゲッティを一口貰うのだが、感想は言わずとも分かってくれるだろう?
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