第42話 グリデンガルド憲兵隊
「ホールが、消えていく……」
シエルの先にあったはずのホール。
ネクロウィザードの尻の穴が小さく、小さくなっていた。
作戦は成功したのだろうか。
それはシエルにも、この場にいた魔法少女たちにも分からない。
なにせ通信が途絶しているのだから。
だが、あのホールが消えた今、新たにカリギュラが出てくる様子もないだろう。
となると、成功した可能性の方が高いといえる。
「やったあぁああーー!」
周りが歓喜の声を上げる中、シエルは一人、深く息を吐いて空を眺めた。
まるでその顔は、散っていった仲間たちを慈しむように……。
そんな時だ。一つの通信が辺りの空気を打ち壊したのは。
『グリデンガルド魔装軍、いや、裏切り者各位に告げる。今すぐ抵抗はやめて投降せよ』
「な、なになに? いったいなんなの?」
「って、あいつら、本国の憲兵だよ」
シエルたちの元にやって来たのは、まるで警官のような服装に身を包んだ魔法使い(男)たちだ。手にしているのはマスケット銃型の魔導杖。
男性はマナの順応が低い。故にあのような銃型の杖でしか魔法を行使できないわけだ。
それに前線を張れるような実力もない……。普段は国内で治安維持程度の働きしかしない彼らが、なぜここに……。
『貴官らはバレードニア参謀長官の命に背き、独断で作戦を強行した。そこの裏切り者に加担する形でな』
一人の男、隊長だろうか。
厳つめな目をした男が帽子を深く被り直し、まっすぐシエルを睨みつけては顎でしゃくってくる。
「う、裏切り? 私たちが?」
「そうよ! 過程はどうであれネクロウィザードの討伐に成功したじゃない!」
魔法少女たちのヤジに、男は鬱陶しそうにインカムを外した。
「黙れ黙れ! 倒したかどうかも分からんだろう。それにネクロウィザードを倒したと思わせておいて、別の場所で出現させる計画をそこの裏切り者が向こうの異世界人と結託して練った可能性だってある。貴様らは、命の恩人だとかなんだとか世迷言を言っていたが……。結果、何が残った! すべて分からず、ただそこの裏切り者の考えた通りの結果になっただけだ」
「それがなんだっていうのよ!」
「そうよ、引っ込んでなさいよ、この犬!」
犬……。国内の治安維持を務める彼らを揶揄する暴言だ。
童話の『犬の憲兵』が由来なのだが、まあ彼らにとってはただの暴言であるのだから、怒り、全員が銃を魔法少女たちに向けてくるのは当たり前の結果だろう。
「なによ、やる気?」
「無礼者どもが、いや……非国民め」
「非国民、ですって?」
シエルは聞き捨てならないその言葉に、魔法少女たちの前、隊長の男の前に飛んで立った。
「なんだ、非国民」
「撤回してください。彼女たちは称えられるべき英雄です」
「英雄? 敵の洗脳を受け、国に害をもたらす厄介者のどこが? なんも考えなしに上官の命を無視し、異世界の戯言に耳を傾けた阿呆共のどこが英雄だ」
「こ、の!」
シエルは拳を振りかぶった。が――
「おっと。それはやめておいた方がいい」
隊長風の男はニヤニヤと笑いながら両手を上にあげる。
背後の憲兵たちが、いつでも撃てるとばかりにシエルに銃口を突き付けていた。
だが、この光景に何もしない魔法少女たちではない。
憲兵がシエルに銃を向けると同時に、彼女らも杖を憲兵に向けたのだ。
一触即発の空気。
(私が何かすれば奴らはためらいなく撃つ……。でも、このまま何もしなくても彼女たちは軍法会議に掛けられて、あらぬ罪を着せられてしまうかもしれない)
シエルの額から汗が垂れ落ちた。
迂闊だった、早計だった。
バレードニアともっと言葉を交わし、ファンタジーアース側が安全な存在であることを証明すべきだった。
いや……。
シエルは思い出す。
王も、参謀長官も、ひいてはこのアルデバランの商売を牛耳るエルダ商会も、彼の世界についてあまり好意的でなかった。
それどころか、何かあれば攻め込むとも言っていた。
つまり――
「グリデンガルドは、もともと異世界侵攻を計画していた」
「ほう」
隊長風の男は面白そうに笑った。
それが答えだろう。
そもそもだ。命令違反を犯したシエル、それに魔法少女たちの反抗を知ったとして、彼らの登場は速すぎやしないか?
この空域は本国からかなり離れた場所にある。
それに、憲兵のマナ操作技術は魔法少女たち新兵よりも低く、本国からここまで来るのに半日は掛かるはずだ。
「あなた方は、あのネクロウィザードを利用して向こう側に攻め込むつもりだった……そういうことですね?」
シエルの言葉に、後ろに控えていた魔法少女たちが困惑し始める。
「ど、どういうこと」
「侵攻? 戦争はもう終わったっていうのに」
「ちょ、ちょっと待って。じゃあ、じゃあ私たちが戦ってきた意味って」
男の目が、スンと冷ややかなものに変貌する。
「ふぅ。やはり優秀だな、シエル・クロッカス。さすがは英雄と呼ばれただけある。だが」
男が銃をシエルの眉間に突き付けた。
「その無駄な頭の回転が、己の寿命を縮めている事実にも、もう少し早く気づくべきだったな」
「…………」
要は、ネクロウィザードの討伐なんか端からどうでもよかったのだろう。
あのホールが異世界に繋がっていると知ったその時から、新たな物資の略奪、もしくは領土拡大を計画していたのかもしれない。
一介の兵であるシエルには伝えられていなかったのも頷けるし、なにより定期的に報告通信していた王や商会、参謀長官の発言がそれを物語っている。
ファンタジーアースの戦力はどうだ?
ネクロウィザードの存在の有無は?
そちらの世界をどう扱うか?
最初から、ずっと前から考えていたのだろう。
ちょうどいい機会を。攻め込むに値する大義名分を。
それが今、シエルの裏切りという、ファンタジーアース側の洗脳というでっち上げで叶えられようとしている。
だから彼らはすでに展開されていたのだ。
そうとしか考えられない。
「貴様には洗脳を受けたというデータも残っているのだぞ?」
ひらひらと男が見せてきたのは、シエルのバイタル情報だ。
確かに一時だけ精神異常を記録している部分がある。
「ですがそれは、委員会側ではなくネクロウィザードによるもので――」
「証拠は?」
「!? …………ありません」
すべては思い通り。ということか。
だが、ホールはもうない。
シエルは笑う。
ホールがないのだから、彼らだって無駄足だ。
「どうするつもりですか? もう向こうに渡るすべなどありませんよ」
「そうだな。まったくこれは予想外だ。だが――」
男はゆっくりと指を引き金に掛けていく。
「この責任はシエル・クロッカス。貴様に払ってもらう他ない」
もはやこれまで。
後ろでは、魔法少女たちのシエルを呼ぶ叫びがこだまする。
その中に、一つ。
いや、ひときわ大きなガラスの割れるような破砕音が響き渡った。
「な、なんだ!?」
後ろには、空間を突き破って飛び出てきた巨大な島。
シエルも当然振り返って、それを目にする。
浮いている島。徐々に全貌を顕わにしていくその大地には街があり、大きな建物があった。
「春、風……」
呆然と呟いた。
魔法少女たちは混乱しつつも、その島に杖を向ける。
憲兵たちは、いきなりの状況に戸惑い、慌てふためくのみだ。
「おーい! おぉーい!」
そんな春風の上で、拡声器を使ってひときわ大きな声を上げる少女が見えた。
「シエル執行官ーー! 迎えに来たよー!」
「アイリス、主任?」
「んん? 同じ次元に立ったってのに通信がまだ回復しないなぁ」
ハッとしたシエルは、バレードニアとの通信でインカムの電源をオフにしていたことを思い出す。慌てて電源を付け直し――
「ご、ごめんなさい、アイリス主任。電源を切ってました」
『あっ。そうだったんだね。なんだ、君がピンチだと思って――』
島から魔物達が、そして直哉がこちらへ飛んでくる。
彼らはシエルたちの周りの状況を見て、憲兵たちを取り囲み、武器を、拳を向ける。
『助けに来たんだけど……。必要なかったかい?』
「いえ……」
シエルは笑い、憲兵に振り返る。
そこには想像もしていなかった状況に顔を歪める男どもの姿があった。
だからシエルは当然、こう返すのだ。
「助かりました。非常に危うい状況だったので」
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