第40話 信じるもの
自分の命は死の積み重ねの上に成り立っている。
シエルは少なくともそう思う。
救えなかった仲間、目の前で犠牲になった隊員。
嫌われていても仕方ない存在だと思う。
ここで死ぬのも仕方のない話なのかもしれない。
今まで自分の死を誰かに押し付ける形で生き永らえたのだから、ここで死ぬ定めなのかもしれないと、魔法少女たちに攻撃されながら、そんな考えが脳裏をよぎる。
どれだけ彼女たちに語っても信じてくれない。
返ってくるのは攻撃ばかり。
もう、ここに自分の居場所はないのかもしれない。
シエルが諦めかけたその時——
「シエル・クロッカス執行官!」
「……!」
4人で構成された小隊がシエルの元へ飛んできた。
(敵!? 私としたことが、気を抜きすぎてた!?)
とっさに杖を向けるが——
「待ってください! 私たちは話を聞きに来たんです」
「そうです。彼女たちの言う通り、私たちに、少なくとも今は戦闘の意志はありません」
両手を上げて戦意はないと示してくる4人。
シエルは恐る恐る杖を下ろした。
4人の中で、隊長だろうか。一人の魔法少女が残り3人に周囲の警戒を任せ、散開させた。
「話を聞きに来たって……?」
「ええ。お久しぶりです、シエル執行官。私のこと、覚えて……いませんよね」
「ごめんなさい……」
これまで出会った人たちが多すぎるせいで、シエルは目の前の魔法少女が誰か覚えていなかった。
この口ぶりからして過去に知り合っているのだろうが……。いかんせん彼女は多くを失いすぎたせいで、人を覚える能力が乏しくなりつつあった。
シエルの言葉に少し寂しそうになった魔法少女は「ですよね……」と呟く。
「まあ、そんな話は別にいいのです。私は第309戦闘航空隊、隊長カリナ。シエル執行官。あなたの話は、事実なのですか?」
カリナがまっすぐシエルの目を見つめて聞いてきた。
クマのある目……。度重なる戦闘で、睡眠もままならないほどの疲労があるのだろう。
ただ命令を遂行すれば余計な疲労などせずに済むものを、彼女は命令違反の危険を冒して接触を図ってきた。
シエルは思わず涙が溢れそうになった。
こんな私にも、まだ信じようとしてくれる人たちがいる。その事実に。
「ええ。事実よ。あのホールは……。いや、あのホールがカリギュラ。私たちの討伐目標であるネクロウィザードなの。委員会が言うには、ホール擬態型カリギュラ……っていう新種らしいけど」
「ホールが、カリギュラですか!?」
彼女たちが驚くのも無理はない。
ホール突入部隊以外の魔装軍は、ホールの外で中から出てくるカリギュラの掃討に当たっていた部隊なのだ。
それにファンタジーアース側との通信も途絶えていたのだし、知らなくて当然である。
もしくは……バレードニアがあえて伝えなかったか。
「な、なら……。みんなが入っていったあのホールの中は……」
「まあ、下品な言い方だけど、お尻の穴。あの先に繋がってるのは胃袋ね」
「そ、それは……」
カリナはホール——ネクロウィザードの尻の穴を、引きつった顔を浮かべながら一瞥する。
いろいろ複雑な心境だろう。
なにせ命を懸けて戦う自分たちの向かった先が尻の穴で、中は胃袋という、自ら捕食されに向かったようなものなのだから。
「いろいろ思うところはあるだろうけど、今は時間がないの!」
だとしてもシエルは伝えなければいけない。信じて、協力してもらわなければいけない。自分だけでは奴を倒すことはできない。
それに向こうでは、まだ友軍に委員会、直哉に砕華、アイリスたちが戦っているのだから。
「作戦があるの。向こう側、ファンタジーアース側からネクロウィザードの口に砲撃を仕掛ける。アルデバラン側からもあのホールに向かって砲撃魔法を同時に放てば——」
「倒せる……んですね?」
頷くシエル。
しばし考えたカリナは顔を上げ、頷く。
「わかりました。信じましょう」
「いいの?」
言っておいてなんだが、今のシエルの立場は裏切り者だ。
こうも簡単に信じてもらえるとは思えなかったのだが——
「ええ。私は……いえ、私たちはあなたに命を救っていただいた恩があります。今の言葉がたとえ嘘だったとしても、せめて恩は返してから裏切られたい。できれば事実であってほしいですがね」
「カリナ……隊長……」
カリナは笑って、インカムに手を当てた。
「グリデンガルド全軍へ緊急連絡。敵大型目標ネクロウィザードに新たな動きあり! 至急、目標をシエル・クロッカスから当該目標へと変更せよ! 繰り返す——」
カリナが嘘の報告を全軍に通達し始めた。
ネクロウィザードに動きはない。
動きがあるのはアルデバラン側ではなく、ファンタジーアース側だ。
ここにあるネクロウィザードの存在はただのホールであって、体はないのだ。誰が信じてくれようか……。
「これは私たちの恩人の願いである! 今こそ、恩を返す時が来たのだ! このまま武器を向けていいのか? 私たちの英雄に、恩人に! 無礼を働いていいものか!?」
カリナがもはや報告とはかけ離れた話を叫び始めた。
通信の向こうから動揺の声がいくつも聞こえてくる。
「否! 否だ! 私たちは命を、国を、世界を救われている! 今こそ恩を返す時。友軍に願う! 目標のいるホールへ向かい、一斉に砲撃魔法を放て。恩人からの願いはそれだけだ! 以上!」
『だめだ、だめだ! 許可できない。貴官は何を言っている!? 所属は? 階級は? この場の指揮権を握っているのは私だぞ』
バレードニア……。
彼が通信に割り込み、カリナの言葉を狂言だと言い張りたいのだろうが……。
「参謀長官殿」
『いや、名を聞く必要はないな。今の通信はフェイクだ。欺瞞だ。信じるんじゃない! ここにネクロウィザードはいない。いるのは裏切り者のシエル・クロッカスだけだ』
「お言葉ですが、参謀長官殿」
カリナは悪辣な笑みを浮かべて話す。
「あなたは私たち魔装軍が誰に救われたか、そして命を救われた者がどんな責任を果たすか知らないようですね」
『な、に?』
シエルは信じられない光景を見た。
先ほどまで杖を向けてきた魔法少女たちが、ゆっくりとこちらへ向かってくる。
いや、それだけじゃない。
各部隊が慌ただしく命令を出し合い、砲撃魔法の……準備に取り掛かっているのだ。
「どうやら戦場を知らない参謀長官殿は、現場のジンクスを知らないようですね」
インカムには魔法少女たちの声が響き、シエルの願いが伝えられ、広がっていく。
まるで伝言ゲームのように、次から次へと——
『貴様、何が言いたい?』
「恩を仇で返すと、まともな死を迎えることはできない。ですよ。アウト」
『お、おい貴様——』
通信を一方的に切ったカリナが、シエルに振り返る。
「これで、私たちも裏切り者ですね」
「カリナ、隊長」
「何しょぼくれた顔してるんですか。長い戦いが今、終わろうとしてるんですよ? これでようやくゆっくり寝ることができると思えば、たった一度の命令違反、怖くも何ともありませんよ」
そしてカリナは敬礼し、シエルの元から飛び去っていく。
聞こえてくるのはカリナの通信越しの声。
どうやら彼女はアルデバラン魔装軍の中でもかなり名の知れた兵の一人であるらしい。
この空域にいた全軍に対して、シエルの願いが伝播していく。
いや、違う。
シエルを信じるカリナが。カリナを信じる誰かが。またその誰かを信じる誰かが、シエルの願いを聞き、広げているのだろう。
皆が信じるのは、自分に恩がある者たち。命を預け合った戦友たちなのだ。
「ありがとう、みんな……」
シエルは誰にも聞こえないような声で感謝を告げる。
準備は整った。
全軍砲撃準備完了の通達がインカムから響いてきた。
周りを見れば皆、小隊単位で杖を空に掲げ、マナの塊を展開している。
シエルもホールへ振り返り、杖を構える。
ASの展開、そして砲撃魔法ブループラネットの詠唱を済ませるのだ。
『シエル執行官。いつでもいけます』
「うん。カリナ隊長、ありがとう。私を信じてくれて」
『命を救われた者として当然です。さあ、早く済ませましょう』
「そうね」
ブループラネットの詠唱が完了した。
そしてシエルは叫ぶ。
「攻撃開始っ!」
同時に放たれた多色の砲撃が、ホールへと向かう。
果たして——
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