第39話 シエルの積み重ねた物
シエル・クロッカスは現代最強の魔法使いだ。
それは当然、彼女と対峙することになった少女たちも周知の事実であり、皆が彼女に向ける杖を震わせながら射撃魔法を放つ。
だがどれも当たらない。まるで魔法の方が彼女を避けているかのように、まったく掠りもしない。
「なんて練度……!」
「だけど相手は一人、いくら英雄であってもたった一人でこれだけの味方を相手にできるわけがない!」
こちらは500を超える魔法使い。
対するシエルは味方なし。
孤立無援の状態だ。
まとめて掛かれば確実に勝てる。
ある魔法少女はそう考えた。
だが、現実はそう上手くいかない。
なぜなら——
「隊長! 本当に執行官を撃つんですか!? あの人は私たちをあの絶望の世界から救ってくれた英雄なんですよ!?」
「わかっている! だがこれも命令なんだ。執行官はグリデンガルドを裏切った。なにがあってそうなったかは知らないけれど、命令に従うのは兵士としての務めでしょ!」
500人の中にはシエルによって救われた魔法少女たち、そして敬意を払っている者たちもいた。そんな存在が命令を着実に遂行しようとしている魔法少女たちの足を引っ張ることになっている。
上層部の話が本当なのか、嘘なのか。
疑問が今の戦場にはあった。
だがシエルとしても非常にやりづらい状況でもある。
なにせ、こっちの世界に渡ったのは彼女の背後にあるホール。
ネクロウィザードの尻の穴に向かって、この場にいる魔法少女たちが砲撃魔法で一斉攻撃する必要があるわけなのだ。
倒して戦力を減らしてしまっては元も子もない。
倒さず協力を仰がなければ……。だが、どうすれば……。
シエルはこの弾幕降り注ぐ状況に奥歯を噛みしめる。
「バレードニア参謀長官! 聞いてください! 今は味方同士で争ってる場合じゃないんです。ネクロウィザードを確実に倒せるチャンスなんです」
『それは向こうの言い分だろう。貴官は洗脳された可能性がある。故にその話を聞くわけにはいかない』
(もうっ! まったく話聞いてくれない)
それに、このままじゃいずれ魔法少女たちに撃墜されてしまう。
今自分ができること。何をすればいいのかシエルは頭をフル回転させる。
こと戦闘においては戦略など、攻略するための最善策を考えることができるというのに、この場で如何に自分の発言を信じてもらう為にはどうすればいいのか思い浮かばない。
ただ一つ。分かっているのは。
(参謀長官を説得するのは無理ってこと)
だからシエルは無線のチャンネルをオープン回線にして、周りの魔法少女に語り掛けることにした。
魔法ではない。今のシエルにとっての唯一の武器は言葉だけなのだから。
「みんな聞いて! ネクロウィザードを倒すために一度私の話を聞いてほしいの」
『隊長!? 執行官からの通信です!』
『き、聞かないで! 長官から聞いたでしょ。彼女は洗脳されてるって』
『で、ですがそもそもその話も事実かどうかも分からないじゃないですか! 私たちはあの人に助けてもらった恩があるじゃないですか!』
『だ、だけど……』
『一度聞くべきです! 判断はそれからでも遅くはないはずです!』
***
シエルの通信を聞いた第309戦闘航空隊の隊長カリナは、部下からの言葉に戸惑っていた。
確かに彼女の言う通り、過去にシエルによって助けられたことがある。
彼女が滅ぼした虫型の化け物『トルーパー』。
小隊がトルーパーの巣の中で孤立し、死を待つしかなかった彼女たちのもとへ単身駆けつけ、撤退支援してくれた。
あの時ほど感謝を形にして返したいと思ったことは無かった。
何か礼をしたいと言った。
だが返ってきたのは『生きてさえいてくれたらそれで十分』その言葉だけだった。
それも屈託のない笑みで。
英雄ともあろう者が、こんな一端の兵にまで気軽に接してくれる事実に驚いたものだ。
その時の記憶が、話が、気持ちが、部下たちの言葉によって増強されて、カリナは部下たちに攻撃命令を下せないでいた。
「隊長!」
「でも、でも!」
上層部の命令は絶対。これは覆しようのない事実。
こうして動きを止めているだけでも、その内に命令違反として罰せられる可能性だってある。
「もういいです!」
カリナが迷っていると、部下たちが踵を返して飛び去ろうとする。
「ま、待ちなさい!」
「待ちません! あの人が困ってるんです。今こそ、恩を返す時でしょう! 隊長が動かないのなら、私たちが動きます」
「命令違反だぞ! 軍法会議に掛けられるだけじゃない、最悪は死罪に——」
「だから何です!」
部下の一喝にカリナは言葉を詰まらせる。
「死罪がなんです。私たちの命はあの時に終わっていたはず。それをあの人が救ってくれた。今更命が惜しいなんて言ってる場合じゃないでしょう。それにこれは確かめに行くだけ。本当に洗脳されているのなら私たちで撃破する必要があるわけだし。そう! 調査ですよ調査」
「調査……。そうか、調査か」
部下の言葉にカリナが顔を上げた。
調査。敵を知るためには必須の作業であるそれは、この場においても有効なはず。
まあ実際は、シエルの話を聞きに行くだけなのだが。まあ命令違反にはならないだろう。作戦遂行中の魔法少女に与えられた実権。現場の判断というやつだ。
「よし、調査というのなら仕方ない。行くわよ」
「隊長!」
「ただし攻撃は無し。いいわね? あくまで調査よ!」
言い訳がましくも部下にそう言って、部隊はシエルの元へと飛び立つ。
ただ、これはこの部隊だけではなかった。
同じようにシエルに助けられたことのある魔法少女たちは『現場の判断』で、各自彼女との接触を図ろうとしていたのだ。
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