第38話 ホールを抜けた先
アイリスの話では、ネクロウィザードの体は次元と次元の境目になっているのだと。
それはファンタジーアース側が口、アルデバラン側が肛門といったホールのつながり方をしているのではないかという話だ。
なんとも下劣な話だと、一人、薄暗いネクロウィザードの胃袋の中を飛ぶシエルは思った。
なにせ今、自分が向かっているのは肛門。アルデバラン側のホールだ。
襲い掛かってくる屍たちを魔法で蹴散らし続けて早数十分。
先の戦闘で消耗した今、彼女に残された弾倉は残り二つ。
こうなると、もうASをむやみやたらに展開することもできない。
そう思ったシエルは敵を攻撃するのを諦めて回避に専念し、前へ、前へと飛び続ける。
『ガッ——ガガッ——』
死んでいたはずのアルデバラン側との通信が回復し始めた。
ノイズの中に、わずかだが男の声が混ざったように聞こえてくる。
『こちらグリデンガルド魔装軍コントロール。誰か聞こえるか』
「こちらグリデンガルド魔装軍執行官、シエル・クロッカスです」
『執行官!? よくぞご無事で。いったい何があったというのですか』
魔装軍のオペレーターに、シエルは先ほど目にした光景、ネクロウィザードの正体と弱点と思わしき仮説を話した。
弱点……。その弱点の中を今も飛んでいるわけだが、目を凝らすと依然としてこの胃袋は暗く、湿り気を帯びた空気がどんよりと漂っている。
が、変化はあった。
あの大地と思われた緑の足場が焼けているのだ。
恐らく先ほどシエルたちが放った砲撃魔法の効果、だろう。
そうなると、やはりアイリスの話は効果が見込めるかもしれない。
口と尻、その二点から同時に砲撃。
胃袋を爆散させる。
外がだめなら内側から。
それも最大火力をもって一気に。
『執行官、すみませんが』
すべて話したところで、オペレーターの声音がなんだか曇ったような気がした。
先ほどまでの態度と違う。いったい何が——。
それはすぐに答えとなって表れた。
『シエル執行官』
「バレードニア参謀長官……」
『貴官の今の話は、回線に割り込ませてもらって聞いた。だが、それは本当に攻略につながるのか?』
「何が、言いたいんです?」
『貴官の話では、二つの世界はネクロウィザードの体を通ってつながっているのだったな。これは、こちらから送り込んだ兵がファンタジーアース側に向かえた事実から認めることができる』
が——と、バレードニアは付け加える。
『同時攻撃が本当にネクロウィザードに対しての攻撃かどうかは、信じることができんな』
「参謀長官! それは——」
『何を驚いている。執行官、よく考えてもみたまえ。向こうとこちらの世界がつながっているのだ。向こうの攻撃が我らの世界に届かないという保証がどこにある』
つまり彼はこう言いたいのだ。
ファンタジーアース側。ホール対策委員会がアルデバランへ攻撃する理由として、ネクロウィザードを利用しているのではないかと。
「そんなバカな話があるはずないでしょう!」
『執行官。状況を俯瞰して見たまえ』
バレードニアは淡々と告げる。
二つの世界は確かにネクロウィザードによって脅かされている。
だが、同時に互いの世界も未だ完全に分かり合うことはできていない。
自分たちがそうであるように、ファンタジーアース側も、アルデバランの存在を利用できるものとして考えている可能性だってあると。
アルデバランの戦力は魔法使いによる軍隊行動。
模擬戦で見せつけたシエルたちの実力に恐れおののいた委員会側が裏切る可能性だってあると、バレードニアはそう言ったのだ。
『だから貴官の言った作戦は許可できない』
「参謀長官、お言葉ですが、ならそれ以外にどうやってこの大異形を討伐すればよいのです!」
『そんなこと……』
通信の向こうから微かに、鼻で笑ったような音が聞こえた。気がする。
なにせ通信しながらも敵の攻撃を気合で回避し続けている緊迫した状況なのだ。
シエルに届いた音が笑い声に似た雑音だった可能性だって少なからずあった。
『討伐せず、むしろ向こう側に解き放てばいいではないか』
だからシエルは、さっきの笑い声が聞き取り違いであってほしいと思っていた。
だが、そのすぐ後に聞こえたこのバレードニアの言葉に、その可能性は完全に消え失せた。
「あなた、正気ですか!? 解き放つ? あの大異形をファンタジーアース側に!?」
『そうだ。幸い奴の本体は向こうにある。こちらには空間にぽっかりと空いたホールだけ。脅威は去ったと見ていいのではないだろうか』
だから討伐せず、むしろファンタジーアースを攻撃する手段として放っておけと。
つまりはそう言いたいわけだ。
シエルは歯を噛みしめる。
軍人として、上官に反抗するのは許されない行為だ。
だがこの怒りは、とてもじゃないが耐えきれるものではないと、シエルは襲い掛かる屍に八つ当たりするように杖で思い切りぶん殴った。
「それが許されるとお思いで?」
『許すも許さないもない。要は分水嶺なのだよ、執行官。我らグリデンガルド、いや、アルデバランがファンタジーアースの上を取るためのな』
「あなたは、あなた方は! 共に戦ってくれる同盟国に対して、そのような不義理を働くおつもりなんですか!」
『同盟国? いつ我々がそう言った』
シエルは言葉を失った。
確かに同盟国と公言した事実はない。
ただ二つの世界に現れた脅威に対して共闘していただけ。
ただ居たから、一緒になって戦っていただけの存在に過ぎない。
だけど、それでも如月、アイリスに砕華、そして直哉は力を貸してくれている。
今も傷つきながらも懸命に戦ってくれているのだ。
(私を信じて……)
『執行官。残念だがこれも国のため、世のためだ。だから——』
「すみません。それは聞けません」
『なに?』
裏切れと。そう言いたかったのだろうが、シエルはそれを拒否した。
インカムの向こうで空気が凍り付いたのが伝わってくる。
だがシエルは動じやしない。
「委員会は今も私を信じて、身を粉にして戦ってくれているのです。それを、戦友を裏切るようなことなんて私にはできない!」
そうだ。自分は今までも、共に戦ってくれた仲間たちを裏切るようなことをしてこなかった。
散っていった部下たちも私を信じて戦い、この世を去ったが、私はそんな彼女たちが報われるためにと力を行使し続けた。
それがやがて、執行官というグリデンガルド最強の魔法使いになるまでに。
彼女はそんな人間だった。
軍人であり、誰よりも優しい女性だった。
ただ生きていてほしい。誰もが笑って暮らせる世界であってほしい。
それだけを願う少女だった。
だからシエルは認めない。認めるわけにはいかなかった。
バレードニアの、グリデンガルド上層部の意向などに、絶対に。
「すみませんが参謀長官。私は、彼女たちの作戦を、一緒に考えたこの作戦を放棄するつもりはありませんよ」
『執行官、血迷ったか!?』
「血迷っているのはあなた達です!」
出口が見えた。
この薄暗い空間の先に、白く輝く穴が。
シエルは加速する。その光に向かって——。
『ちっ! 作戦参謀より全軍へ通達。シエル・クロッカスが乱心した。繰り返す、シエル・クロッカスが乱心した! これより奴は敵だ。見つけ次第、確実に撃破せよ。これは絶対命令だ!』
ホールを抜けた先、そこに広がっていたのは一面の青い空。眼下には、より深い青の海。
だが、そんなきれいな景色よりも真っ先に目に入ったものがあるとすれば、それは——。
『裏切り者を始末せよ!』
それは屍などではない。
生きて、杖を向けてくる魔法少女たち——アルデバランの魔法少女たちであった。
ここまで読んで頂きありがとうございます!
もし面白いと思って頂けたら
評価とブックマークをして頂けると励みになります。
よろしくお願いします!




