第37話 再突入
『直哉くん! 聞こえるかい直哉くん!』
「んだよ! こっちは取り込み中だっての!」
なんだか先ほどよりもリュグリットの攻撃が激しさを増したように直哉は思えた。
ローブの下から伸びる触腕は太くなっていて、先ほどは掴まれても容易に振りほどけたはずなのに、今ではまるで万力に挟まれたように振り払えなくなっていた。
しかも、しかもだ。
さっきまではやってこなかった光線を口から放ってくるのだから肝は冷え冷えだ。
『シエル執行官の援護をお願いしたいんだ』
「援護つったってなにすりゃ——」
『ネクロウィザードの、あのでかい化け物の口を開けてくれないか!』
(口を開けてくれないかって……。あれの?)
見上げるほどに巨大な黒の巨体。
ギョロリと春風に目を向けるネクロウィザードの口なんてどこにあるのやら。
うじゃうじゃと踊るように靡く屍の腕の数々。
そして体から放たれる死人の大群。
それを撃ち落としていく委員会戦闘部の面々に、春風の機関砲の弾幕。
どこぞの宇宙戦争のような光景が広がっている。
そんな光景に目を奪われた瞬間——
リュグリットの凶手が直哉の脇腹を掠めた。
「くっ!」
「よそ見とはずいぶんと余裕ですね」
「まあな!」
蹴りを一発、直哉は放ってやった。
腹? に直撃したリュグリットは数メートル吹き飛ばされている。すぐには戻ってこれまい。
その隙に直哉はアイリスに叫ぶように聞いた。
「具体的に、なにすりゃいい!」
『座標を君に送るから、そこを全力でぶっ叩いてくれたまえ! 得意分野だろう!』
ぶつんと通信が切れた。
「お、おい! 座標を送るってどうやって——」
瞬間、直哉の頭にネクロウィザードのあの巨大な眼球のすぐ下が、口を大きく開けた姿が浮かんだ。
いや……。映像だろうか。——これは。
覚えがある。この光景。
口を開けて大きく膨れ上がったあの動き。
(そうだ、下から見たあのボコッとした動きだ。ってことはこれは——)
さっき春風から見たネクロウィザードの記録映像……だろう。
だろうとしか言いようがない。それよりも送るというのは、まさか自分の脳内に直接転送するだなんて思いもしなかった。
(って、そりゃ出来るか、俺兵器だしな)
納得……したくはないが、するしかない。
向こう側からリュグリットが飛んで迫ってくるのが見えた。
アイリスのお願いを叶えるのなら、今すぐの方がいいだろう。
直哉は空気を蹴って空高く飛び上がった。
後ろから「どこへ!?」とリュグリットの声が直哉の耳に小さく聞こえた。
少しでも速度を落とせば追いつかれる、もしくは背後から攻撃を貰う。
それだけは御免被るばかりだ。
「アイリス! タイミングだが俺に合わせてくれよ!」
『おっけーだ! シエル執行官! 突入準備は出来てるかい?』
『いつでもどうぞ!』
インカムの向こうからシエルの声が聞こえた。
どうやらなにか作戦があるようだが……。それを聞く余裕は残念ながら直哉にはなさそうだった。
ただアイリスとシエルを信じればいいか、と直哉は巨大な目玉の下、下瞼辺りを掴み、思い切り背負い投げの動きを取った。
「でりゃあああああーーーーー!!」
重たいが、引けないほどではない。
黒い肉がビヨンと伸びて、そこにある口が、歯が露出する。
中から湿り気を帯びた風が直哉の髪を揺らした。
思えば先ほど自分たちが居たのが胃袋なのなら、この湿り気を帯びた風は口臭ということだろう。
(死臭……病……なんつってな)
馬鹿なことを我ながら考えたもんだと一人笑いながら全力で引っ張り、ついでに顎辺りを蹴りつけた。
ごきゃりと、鈍い音。
化け物のくせに骨は一丁前にあるらしく、今の一撃で砕けたようだ。
ネクロウィザードの口が開く。
その口へと向かって飛んでくる七色の光。
「そうか、そういうことですか!」
直哉に迫ったリュグリットが何かに気づいたようだった。
だがもう遅い。
開いた口に突入する光がネクロウィザードに直撃した。
わずかに開いた口が今の爆発で大きく開く。
そして蒼い光が一つ、流れ星のように口の中へと入り込んでいった。
直哉は一瞬だが見ることができた。
シエルだ。今の蒼い光は彼女だった。
「私の体内に入って何かしようとしてるみたいですが……」
追いついたリュグリットが直哉の前で険しい顔を浮かべていた。
出し抜かれたことに腹を立てたか?
それとも追いつこうと必死になりすぎて疲れたか?
まあ直哉にとってはどうでもいいことだ。
むしろ敵の精神をかき乱せただけで収穫といえる。
「作戦だよ作戦」
挑発するような笑みを直哉は向ける。
「たとえどのような作戦であっても、私の体に入ったのは一人だけ。対して何ができるわけでもあるまいし」
「どうかな」
直哉は何も知らない。
シエルとアイリスたちが立てた作戦を。
だけど何か考えがあって動いていることだけは確かだろう。
だから直哉は自信をもってこの化け物に言ってやるのだ。
「もしかしたら今のがお前にとって命取りになるかもしれないぜ」
「ふ、ふははは。それはないでしょう。さすがにそれは——」
笑い、すんと目が死に。
リュグリットは直哉に殺気を飛ばした。
「ワタシを舐め過ぎというもの」
「それはお互い様だな!」
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