第36話 違和感、そして賭け
ネクロウィザードの本体が姿を現したこの旧ロシア海域は混沌を極めていた。
春風から放たれる対魔砲とネクロウィザードの触腕が激突し、光の粒子が雨のように降り注ぐなか、シエルたち魔法少女は奴の体から飛び出た屍と空戦を繰り広げているのだが、若干向こうの方が形勢的には有利か……。
胃袋の中から撤退したシエルたちは隊列が乱れ、部隊も何もない散り散りの状態なのだから、体勢を立て直せていない。
だけどそれでも。とシエルはASを展開し、今、目の前で苦戦を強いられている友軍の補助に回る。
(でもこのままじゃ持たない。向こうは死体だっていうのに統率が取れた動きをしてくるのはさすがにずるい!)
心の中で愚痴は零しつつも機械的に処理していくシエルを、助けられた魔法少女たちは尊敬と若干の畏怖が籠った視線で見つめていた。
「すごい……。さすが執行官だね」
「ほら! ボーっとしない! 執行官が足止めしてくれてる間に部隊の再編成よ!」
「りょ、了解!」
擬態化していたとはいえ、ネクロウィザードの展開していたあのホールは異世界アルデバラン側とも繋がっていた。
だが今はそれが閉ざされている。
その影響か、魔法少女たちはグリデンガルド魔装軍作戦司令部との通信が途絶。
各自、現場での判断に委ねられている状況。
新兵は戸惑い、混乱に陥り、敵の攻撃に被弾し海上へ落ちていく。
戦闘歴のある兵は今自分たちができることに集中し、歴戦の兵は通信エリアをファンタジーアースのチャンネルに変更し、生き残った知人たちと連絡を取り合い、部隊の再編成、もしくは合流を図っている。
数十分あれば……。体勢は立て直せるはず。
そうシエルは周りの状況と耳に入ってくる友軍の通信から汲み取った。
「シエル!」
「砕華さん」
一騎当千の活躍を見せるシエルの元へ砕華が飛んできた。
「状況は!」
「作戦司令部との通信途絶。グリデンガルド魔装軍はひどい混乱状態です……」
「なら私たちは立て直すまでのサポートだな」
「お願いできますか!?」
「任せな! 酒を飲み交わしたダチ同士、だろ?」
ニッと笑った砕華は自身の通信で委員会全部隊へ通信を入れた。
『グリデンガルド魔装軍をサポートしろ。絶対に死なせるな』
ただそれだけ。
それだけであるが、とてもありがたかった。
「んじゃ私は……っと!?」
突然二人の頭上に爆炎が広がり、その後すぐに光の粒子が降り注いだ。
見上げると、ネクロウィザードに春風から放たれた対魔砲が着弾したようだった。
遥か向こうで飛んでいる春風は、まるで戦艦のように対魔砲、そして機銃を展開し、群がる僕たちを迎撃していた。
「にしても……デカすぎんだろ」
砕華はネクロウィザードを見上げ、呟いた。
シエルは頷く。
「ですね。それに、ただデカいだけじゃないみたいです」
先ほどから対魔砲を受けてなお無傷。
特別何かを放つわけではないが、奴の体から無尽蔵に湧き続ける僕の数に終わりは見えない。
「こんな量の雑魚をどこに隠し持ってんだか……」
「まったくです」
二人は笑い合って飛び立つ。シエルは味方の元へ、砕華はより混戦状態のエリアへと。
飛びながら3発目の対魔砲が着弾。
未だ無傷のネクロウィザードであったが、シエルは違和感を覚え目を細めた。
(なにか、おかしい)
依然として僕を解き放ち続けているが、なぜだろう。なんだかサイズが少し縮んだような……。
(あれだけの体を維持するためのエネルギーが、もしかして減ってる?)
そう言えばリュグリットは何故、数ある魔法少女の中からシエルを選んだのだろうか。
どうせ吸収するのなら、まとめて全員取り込んだ方が効率が良いはずなのに。
そしてシエルの近くには直哉もいた。
だが狙ったのはシエルだけ。
(何か見落としてることがあるはず)
4発目の着弾。
今度は目に見えて変化が出た。
奴の体が欠けて、黒い肉が海へと落ちていく。
効果ありだ。
だがすぐに再生し、元の体を形成。
サイズはやはり小さくなっている。
(エネルギーを吸収するためには何か条件がある? だとしても私一人のマナじゃあの空間を埋めるだけのエネルギーは足りないはず)
いや……。
シエルはもしかしてと、一つの仮説を立てた。
(意外と許容量が小さいんじゃ……。より効率的に吸収できる純度の高いMEを求めていたとすれば納得できる)
吸収量は少ないが、エネルギー変換効率が良いだけなのかもしれない。
砂漠のラクダと同じだ。
少ない水分で長時間、追加の水分補給なしで生きていけるような身体的特徴があるのかもしれない。
だとすれば——
シエルはグリデンガルド友軍のチャンネルに合わせた。
「友軍に告ぐ! シエル・クロッカスの名において全部隊砲撃魔法準備! ネクロウィザードの口が開いた瞬間に打ち込んで!」
ざわつく友軍たち。
シエルが何を言ってるのか戸惑いの声が目立った。
そんな中で、シエルの小隊メンバーの一人、リーンが声を上げた。
「混乱するのは分かるけど、今は隊長の意見に従いましょう! 私たちの国の、いいえアルデバランの英雄の言葉を!」
『『『了解!』』』
心の中でリーンに感謝しつつ、シエルは目標をネクロウィザードへと変更する。
杖を構えてASを展開——
そして自らも砲撃魔法の準備に取り掛かる。
(私はもう一度奴の口を開かせる。どこが口か分からないけれど、さっき開いてたんだからもう一度開くことだって出来るはず)
それに奴はシエルのマナを渇望していた。
ならば、そのマナを敢えて送ってやれば口を開いてくれるはず。
「さぁ、シエル。一世一代の大博打よ」
この賭けに負ければ文字通りネクロウィザードとの戦いは敗北を決する。
だが勝てば、勝つことが出来れば……。
もしくは活路を見出すことが出来れば。
…………賭けてみる価値はある。
離れた場所では直哉とリュグリットが激しい肉弾戦の応酬を繰り広げている。
奴があそこからこっちへ向かってくることはないだろう。
であるからこそシエルはゆっくりと、十分なマナをチャージすることができた。
マガジン3つ分のアサルトロッドのマナ許容量限界ギリギリ。
そしてそれが今——
「ブループラネット——」
放たれた。
「ファイアッ!!」
青い光が天の川のようにネクロウィザードの元へ向かって飛んでいく。
そしてシエルの予想通り奴は、彼女のマナにギョロリと目を向け、球体が裂けそうなほどの大きな口を開いた。
「今! 放って!」
ブループラネットがネクロウィザードの口内へ飲み込まれたその後すぐ、春風方面から七色の砲撃魔法が口に滑り込む。
凄まじい衝撃音、そして爆音がネクロウィザードの体内から響き渡った。
球体だった体は内側の爆破によってボコボコと歪に膨れ上がった。
効いてるのか、効いていてほしいと願いつつシエルはブループラネットを放ち続ける。
が——
ごくん。
ネクロウィザードの口が閉じて、体が一層巨大に膨れ上がった。
体内で大爆発が起こったのだろう。奴の目玉は涙で潤んでいるように見える。
だが、結果は倒すまでには至らず、だ。
「もうっ! 足りなかった、倒すにはエネルギーが足りなかった!」
悔やむシエル。
だがそんな彼女の耳に——
『ナイスだよシエル執行官!』
ホール対策委員会所属、天才科学者のドクターアイリスの声が。
『外からでダメなら内側からの攻撃が効果的ってことだね』
「アイリスさん、でも無理でした。この作戦じゃ奴を倒すには——」
『そうだね、ここにいる戦力だけならね』
え。
とシエルが声を漏らした。
ここにいる、戦力だけでは……?
『何を驚いているんだい? 奴は最初どんな形態だった?』
「それはホールの形をしていてファンタジーアースとアルデバランを繋いで——」
答えて気づいた。
向こう側……。アルデバラン側だ。
『そう、向こうからもぶつけてもらうのさ。口と尻の穴から同時に食べ物を突っ込まれた生き物は、どんなに強靭な存在であっても胃袋ごと破裂するだろうね』
下品だが、確かに効果的だ。
だが——
「それには向こうとの通信を回復しないと」
『もしくはまたあの胃袋を渡ってアルデバラン側に飛んでいく、かな』
通信するにも伝えるべき内容が多いうえ、先ほどの通信で上層部のシエルに対する信用はガタ落ちだろう。
なら——
「…………なら直接私が胃袋を通って伝えた方がよさそうですね」
『おすすめはしないけど、確実なのはそうだろうね』
確実。そう、確実だ。
シエルはいつだって確実に人が多く生還する道を選び続けてきた。
たとえその最中に誰が倒れようとも、多くを生かす為には非情な決断を下してきた。
今回だって同じだ。
勝てる可能性がある。高い可能性が。
だったら飛び込むだろう? 対価なんてこの命で十分なはずだ。
「クロッカス小隊。集合!」
コンマ数秒の思考。
シエルは小隊を招集した。
数分待ち、頼れる我が小隊メンバーが集まった。
シエルは彼女たちに告げる。
「今の通信を聞いてたよね」
一人で地獄に落ちると。
「あの胃袋に戻ってアルデバランへ向かうわ。それまでの援護……良い?」
「「了解です!」」
そんな決死の命令を告げるのだった。
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