第35話 腕
対魔砲。アイリスが委員会の予算の大半を注ぎ込み開発した兵器の一つであり、自信作の一つだ。
原理は簡単なもので、地獄由来のMEである魔力。そしてリーデリッヒ由来のMEである魔導力を融合したときに発生する膨大な熱量を攻撃へと転用する砲撃だ。
これを生み出していたからこそ、アイリスは直哉の新装備を作り上げることができたわけだ。
しかも性能的には直哉の方がだいぶ上。なにせクリシュが持ち込んだ異世界アルデバラン産のME、マナも含まれているのだから。
だが、だからといって威力が型落ちなんてことはあるはずがない。
直哉に与えたのは携帯型の兵器であって、対する此方はサイズは特大で春風中のMEを利用している決戦兵器なのだ。その威力、レギオンブラスターの約6倍。
そんな砲撃の爆発を指令室のモニターから見つめるアイリスたち。
砲撃の反動でモニターは少し映像がブレていて、結果はまだ分からない。
誰かが「やったか!?」と呟いた。
だが——
「映像出ます!」
現れたのは異形だ。
先ほどまであったホールなどではない。
巨大な6本の脚は海について、その体を、まんまると肥えた黒い球体を支えている。
まるで綿毛……。のように見えるその体に、ぎょろりとひときわ大きな瞳が開いて春風を一瞥してきた。
「エマージェンシー! エマージェンシー! 当該エリアに未知のカリギュラ反応検出!」
「見れば分かります! あれが、あれこそがネクロウィザードです!」
オペレーターに怒鳴るように如月が叫んだ。
先ほどまでホールに擬態していた奴が……。本来の姿を顕わにしたのだ。
アイリスは、いや、この場にいる全員がそのあまりにも異様な姿に息を飲む。
絵に描いたような化物。悪夢に出てくるような異形。怪獣。
なんて表現すれば適切か……。少なくともアイリスには良いアイデアが浮かばなかった。
「UGAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAーーーー!」
その異形——カリギュラ。
ネクロウィザードが咆哮を上げた。
その叫びは空気を震わせ、委員会本部の中にいるアイリスたちにも響いてきた。
まるで地震だ。
近くのデスクにつかまり、皆が衝撃に耐えていた。
そして始まる。
ネクロウィザードの——テラ級カリギュラの攻撃が。
***
「おいおい、なんだよ、なんなんだよあれは!」
爆炎が収まったと思いきや、中から現れた化物がどこにあるか分からない発声器官で咆哮を上げているのを、近くにいた直哉は下から見上げていた。
その毛玉の様な体をよくよく見るとゾッとした。
腕だ。全て、人間の。腕だったのだ。
うねうねと揺らめくその腕は『ここから出してくれ』と言っているように見えた。
「まさか、あれ全部ネクロウィザードに食われた人間だってのか」
「そうですよ」
一人で呟いたはずだったのに返事が返ってきた。
ギョッとして振り返ると、そこにはリュグリットの姿が。
(こいつ……体の外だってのに出てきやがった!?)
「なにをそんなに驚いているんですかね」
あぁ……。とリュグリットは手を叩き——
「ここが体の外だから私が出てこれるはずがないと思ったんですね?」
「そ、そうだ! お前は細胞みたいな存在だろ! 俺たちを体の中で殺して取り込む胃酸みたいな」
「ええ、ええ。間違いではありませんとも」
こくこくとニマニマと頷くリュグリット。
だが、と奴は付け加える。
「ですがそれはあなた方、生物の範疇での話でしょう?」
そう、そうだ、そうだった。と直哉は顔を引きつらせる。
奴らはこの世界の常識の範囲外。未知の生物であり外敵のカリギュラだ。
細胞が外に出るはずがない。外に出てしまえば、あとは本体を叩くだけですべて片付く。
それはあくまで此方側の見解。希望的観測だ。
「現実はそう甘くないってか……」
「そういうことですよっ!」
もはや手を抜くつもりはないと言わんばかりに、リュグリットがローブの下から人間の腕をいくつも伸ばしてきた。
まるでゴム人間のような腕の数々が直哉の体を掠める。
男から女、老人に子供の小さな腕まで。
まるで生きてる人間の体を奪い取ろうとするような必死の攻撃を、直哉はギリギリで躱した。
「なろっ!!」
負けじと拳を振るい、衝撃波をぶつけ返す。
だが、いったいどれだけ抱え込んでいるのだろう。
リュグリットからまた新たに生え出た腕の数々に防御され、突っ込んでくるではないか。
崩れ落ちる腕は直哉の攻撃で破壊できたようだ。
海に落ちていく腕からは悲痛な叫びがこだました。
それが、その声が、子供の声だと分かった時、直哉はリュグリットに叫んだ。
「おま、えは……。お前は! 今までどれだけの人を食い物にしてきたんだ!」
「覚えてませんよ、そんなつまらない事。腹が減れば食う、生命として当たり前の事でしょう」
「化け物が、生物を語るんじゃねぇよ!」
異形との肉弾戦。絶え間なく生えてくる腕に対し、直哉は腕二本、高速でラッシュを仕掛け、一瞬の油断も許されない攻防が繰り広げられる。
リュグリットの誰かを取り込んだ腕が直哉の体を掴み、それを払い落とす。
それは赤ん坊のふくよかな腕だった。
聞こえたのは「まーま」。
気が狂いそうだ。
この腕は、払い落とした腕は直哉を母親だと思って伸ばした腕なのかもしれない。
この手も、あの手も。見える物は全部全部——
リュグリットの物ではなく、元の人間の物なのだから。
「くっそ野郎があーーーー!」
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