第34話 脱出そして
シエルと砕華、それと全軍がホールから撤退を始める頃。
直哉はリュグリット、そして魔法少女の屍たちの猛攻を凌ぎつつ、反撃の隙を窺っていた。
(さっき俺の攻撃が当たったのは、多分あいつがシエルに触れようとしたからだ)
実体が本当にないのではない。
あるが、普段は触れないだけ。
要は抗体と同じなのだろう。
敵として認識し、排除しようと動けば実体化するし、そうでなければ実体はなくなる。
そして周りの屍たちは、取り込んだ栄養といったところだろうか。
「ったく、考えれば考えるほど、ここが胃袋の中だって痛感させられるわけだ」
殴り、蹴り、屍たちを吹き飛ばしながら後退する。
直哉がここに残った目的は、全軍がホールから脱出するまでの時間稼ぎだ。
そしてリュグリットは、そんな逃げ出そうとする直哉たちを逃がすまいと必死になって追いかけてくる。
今、目の前にいる直哉を自ら拘束しようと手を伸ばしてくるわけだが——
「おぉら!」
「ちぃっ!」
その手を殴り飛ばしてやると、リュグリットは忌々しいといった顔を浮かべた。
直接触れることができないと見たリュグリットは、魔法少女の屍以外にもスケルトン、そしてレイスを大量に召喚し、直哉へと差し向ける。
空飛ぶスケルトンの手には槍。それを一斉に投げ放つと、雨のように降り注ごうとする。
当たれば串刺し待ったなし。
「だけど、それも当たればの話だっつの!」
直哉が風の重みごと腕を振り払うと、突風が槍の雨をすべて吹き飛ばした。
さすが攻撃力特化にカスタマイズされた体だ。
この程度の攻撃では大した脅威でも何でもないと、直哉はほくそ笑む。
そんな直哉に腹を立てたのか、リュグリットは歯を剥き出しにしていた。
「なんなんです、あなたは! おとなしく私に吸収されればよいものを!」
「あほか! 食われるって分かってて抵抗しない生き物が、この世のどこに居るってんだよ」
「私にとってこの世とはホールの中だけ。誰も逆らうことのない、味気ない世界だけです!」
そうか。この世とは言ったものの、このリュグリットは確かに地球——ファンタジーアースの世界の存在じゃない。
どうやらホールの世界というのは、食う者と食われる者がはっきりしていて、抵抗もせず吸収される世界のようだと直哉は納得する。
が、それはあくまでそっちの世界の都合。
こっちの世界の常識をフル無視されていいわけがない。
だから直哉は必死に抵抗するし、逆に嚙みつきもする。
直哉の攻撃に対してリュグリットは成す術がないようで、差し向ける僕の数は見事なものだが、一体一体の力はさほど強くない。
リュグリットも直哉に近づこうとしない辺り、彼が肉体に触れる条件に気づいていることを察したようだ。
となると、撤退はもう簡単だ。
あとはアイリスか誰かの通信を待つだけ——
『直哉くん!』
来た。その時が。
アイリスの声が直哉のインカムから響く。
『全軍撤退完了したよ。多少トラブルはあったけど、まあ問題じゃないよね』
「トラブルって、逃げるだけでなにがあったんだよ」
言いながら直哉は踵を返し、ホールの出口へと飛び立つ。
当然、リュグリットは追いかけてくるのだが……。
もしかすると、あれかもしれない。
(せっかく大量に胃袋に招き入れた栄養のほとんどを逃がしてしまったから、せめて俺だけでもと必死なのかもな)
追いかけてくるリュグリットの速度が増す。
まあ、ここが自身の体内であるのだから速度も何も自在なのだろうが、それにしても速すぎる。
あっという間に距離を詰められ、追い越し、立ち塞がるリュグリットの体が巨大化し、催眠時に見せられた巨大骸骨へと変貌した。
頭は……冴えている。催眠にかかった感覚もない。
ならこれは現実。実際にリュグリットが巨大化した姿なのだろう。
そんな骸骨の巨大な手が、まるで隕石のように頭上から迫り落ちてくる。
「いくらあなたに力があるとはいえ、ここは私の体内。私の世界です。そんな力なんて凌駕してみせますよ」
「やれるもんなら——」
腕に取り付けた装備を稼働させる。
二発のレギオンブラスターの排熱も、とっくに完了している。
「やってみやがれ!」
直哉は放った。
三発目のレギオンブラスター。
おそらく、これを撃てばもうこの装備は使い物にならないだろう。
だとしても、ここで使う。外での戦いは、その時になって考えればいい。
それに、ここにいるのは細胞の一種なのだから、倒した方がダメージ的には大きいだろうし。
極太の光がリュグリットの腹に直撃し、大きな穴を開けた。
さすがの一撃に、リュグリットの体がボロボロと崩れ落ちていく。
まあ骸骨なのだから、背骨を砕けば姿勢を保つことなんてできっこないだろう。
「このままでは、せっかくの栄養が——」
「栄養の心配してる場合かよ、ばーか。てめぇは今からぶっ飛ばされるんだからよ。飯よりも逃げるか、生き延びることを考えた方がいいんじゃねーの?」
「生き延びる? 私がなぜそんなことを考えなければいけないのです? 私が死ぬことなんてあり得ない。無限にも等しいエーテル。そして尽きることのない寿命なんですよ?」
だから、そんなことは考えたことがないと、リュグリットは言った。
なら、それは間違いだと直哉は笑う。
「なにがおかしいんです?」
「いや、べつに?」
無限にも等しいエネルギー。尽きることのない寿命。
直哉が笑うのも無理はない。
なにせ、自分だって同じなのだ。
ヒューマノイドとして生まれ変わった今、寿命という概念はないし、動力たる魔導力はアイリスが解決してくれる限り、無限に等しい。
だが、それでも五年前に死を迎えた。
無限であっても肉体は有限。
粉々に砕けば、どんな存在であっても死を迎えることを身をもって知っているのだから。
「じゃあな、骨野郎。今度は本体をぶっ飛ばしてやるからな」
リュグリットの崩れ落ちる骨の残骸を掻い潜り、直哉はホールの、ネクロウィザードの口が開く光の先へ。
そしてその穴を潜り抜けた先には、委員会本部浮島『春風』が島の断崖絶壁から鋼鉄の砲塔を露出させているのが見えた。
『直哉くんの脱出を確認! 如月さん、いつでも撃てるよ』
『了解しました』
アイリスと如月の声。
どうやら直哉の脱出に合わせて、このホール——ネクロウィザードに対して攻撃を仕掛けようと準備していたらしい。
砲塔の中に光が見えた。
それは直哉の放ったレギオンブラスターと同じ光。
だが規模がまったく違う。桁違いだ。
『エーテル粒子砲、出力充填80、90、100!』
『セーフティー解除、射線上に友軍なし』
『対魔砲! 発射ぁ!』
砲塔から光が溢れた。
まるで大きな蛇口を全開にして水を放出したような勢いだ。
その光を直哉は「うひぃ!」と躱して振り返る。
光はネクロウィザードに直撃し、大きな爆炎が花を咲かせるのだった。
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