第33話 無能な上官
シエルと砕華の二人は通信機を使って、友軍にこのホールから撤退せよと叫ぶように告げた。
委員会側はすぐに行動に移していたが、グリデンガルド魔装軍の方はというと——
『却下だ。敵は目の前にいるんだぞ。ここで撤退などあり得ん!』
「今説明したでしょう。ここはホールの中ではないと。敵の腹の中なんですよ!」
通信兵との連絡に割り込んできたのは、バレードニア・グランバッツァー参謀長官だった。
どうやら戦闘区域の通信を全てモニターしているらしい彼は、シエルの撤退発言にだけは『そうはさせまい』と介入してきたらしい。
『それが確実な情報だと誰が言い切れる。言っているのは委員会側だろう。奴らが我々を騙している可能性だって捨てきれんだろう』
半ば怒鳴るようにバレードニアの声が耳に響く。
「それをするメリットがありません! 私たちは彼らと協力してネクロウィザード討伐に立ち向かっているんですよ? それを言うに事欠いて、騙すだなんて」
信じられない。シエルはそう叫び返すが、聞く耳など持ってくれそうにない。
返ってくるのは『許可しない。戦闘継続』という馬鹿な答えばかり。
「委員会側は撤退完了だぜ。シエル執行官、そっちはどうだ?」
通信を終えた砕華がシエルに声をかける。
だが、シエルは首を振って答えることしかできない。
なんとしてもこの馬鹿将校を黙らせないと、話が進む気配がないのだから。
『そうだ、わかったぞ。委員会がカリギュラを解き放ったのだ。そうだ、そうに違いない。どうりで二つの世界に現れたはずだ。なにせ初めから向こうの世界の兵器だったのだからな』
「なにを馬鹿な! 彼らだってネクロウィザードの被害を受けているんですよ!」
『だがシエル執行官。そうとしか考えられんのだ。残念だが委員会、いや地球は——』
イライラと腕を組んで待つことにしびれを切らした砕華が、シエルからインカムを引き抜き、声を大にしてインカムの向こうにいる人物に怒鳴った。
「さっきからガタガタガタガタ! さっさと話を進めろよ! 全軍死んじまうだろうが!」
『な、なんだね君は……』
「私はホール対策委員会、高井砕華だ! 現場を知らねぇクソ頭でっかちが。大体私らが敵? カリギュラを作った? 意味わかんねぇ与太話なんざ夢の世界でよろしくやってろよ、バーカ!」
『き、きさまぁー!』
ぶつん。砕華はシエルの通信機のコードを引き千切り、破壊した。
(わ、私のインカム……)
シエルは残骸と化したインカムに手を伸ばすが、砕華はそれを放り投げた。
「ほい、解決だ。さっさとずらかるぞ」
「で、でも通信が……」
「んなもん如月とアイリスに任せりゃいいんだよ。な?」
『ですね。お任せください』
スピーカーモードに変えた砕華のインカムから、如月司令の声が響いた。
『どうやらグリデンガルドとは話を詰める必要がありそうですね。とりあえずアイリス主任、戦地にいるグリデンガルド全軍に撤退命令を』
『おっけー、任せたまえ。今の将校の声を元に音源を作成——うん。いけるよ』
『なら任せますね。……シエル執行官』
「は、はい」
話がトントン拍子に進むなか、いきなり名を呼ばれ、姿勢を正してしまう。
『ここから先は政治の話。グリデンガルドへは私が説明しますが、恐らく聞いてはくれないでしょう』
それはそうだろう。もとより上層部は地球側、ファンタジーアースを敵視しているところがあった。
いや、何か理由をつけて攻め込もうと算段していた可能性だってある。
だが、それでもネクロウィザードの脅威は確かだ。
だからせめてあの大異形を討伐してから何か行動に出るだろうとは考えていたのだが、まさかここまで愚かだったとは思いもしなかった。
『今、アイリス主任がバレードニア参謀長官の音声を作成しました。これを使ってあなた方全軍を作戦区域から撤退させます。よろしいですね?』
「は、はい。ありがとうございます」
シエルはそう答えるしかできなかった。
このホールは明らかにおかしい。
このままここで戦闘を続けたとしても、以前の二の舞になる可能性が高い。
ならば委員会の見識を信じて、別の一手を打つことだって必要なはずだ。
それにシエルは、もうこれ以上仲間たちを失わせるわけにはいかなかった。
「お願いします。責任は私が取りますから」
『責任だなんて。共に戦う仲間ではないですか』
こちらは敵だと言っているのに、そう言ってくれるだけでも、シエルにとって如月の言葉はありがたかった。
その後、アイリスの作成した音声でグリデンガルド側の通信網にバレードニア参謀長官の声が流れたのだろう。奥に見える友軍がホールの入り口に向かって飛び去っていくのが見えた。
『全軍、撤退開始しました。お二人もすぐに離脱を』
「おっし。んじゃ、あとはおさらばだな。シエル執行官?」
バシッと拳を叩いて、砕華がシエルに顔を向ける。
シエルは小さく笑う。
砕華はそれが疑問に感じたのか、首を傾げていた。
「すいません。ですが砕華さん」
シエルはニコリと砕華に笑顔を向ける。
「先ほどのように名前を呼んでくれないんですか?」
「お、おいおい。そりゃねぇぜ、シエル……」
照れくさそうに顔を赤くして、砕華が頭を掻いた。
そんな彼女たちは友軍の後に続き、ホールから撤退し始める。
シエルは振り返った。
まだそこで戦っているはずの直哉を……。
だが彼なら、きっと無事に追いついてくれるはずだと信じて——
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