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ファンタジーアース〜変わってしまった地球の片隅で〜  作者: ギトギトアブラーン
第2章 異世界と混ざり合う地球、そして魔法少女
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第32話 ホール擬態型カリギュラ 1

 ここが胃袋の中と聞いて『へぇ、そうなんだ』と納得できるはずがなかった。

 それは直哉も砕華もそうだし、シエルだってにわかには信じがたい話だった。

 胃袋の中に入ったことがないから、そこにどんな光景が広がっているのかは結局想像でしかないのだが、体内だというのなら赤くて、脈打って、胃酸にまみれた場所であるはずだ。


 だがここはどうだ。

 薄暗く、どんよりした空気が流れ、時折冷えた風がなびく、まるで湿地帯のような世界。

 緑の大地は地平線の彼方まで続き、所々に空いた穴の底には深淵が広がっている。


 シエルはここがアイリスの言うような場所ではないと考えてしまう。

 だが、インカムから流れてくる彼女の声は、自信満々といった様子で講釈を垂れ流すのだ。


『君たちが理解できないのも無理ないよ。今説明した僕にだって不思議でならないからね』


 でも、とアイリスは声を強めた。


『春風から見えるそのホールに生体レーダーを掛けたらビックリ! なんと反応があったんだからね』


 生体レーダー。カリギュラの位置情報をレーダーに示すものだったはずだ。

 ホールには反応しない。当然だ。ただの穴。異世界と異世界を繋ぐトンネルのようなものなのだから。

 それは現代で解明されている事実。

 そしてそれは命を持たない、ただの概念。


「その話が本当だとして……。じゃあ、あそこにいるのはなんなんですか」


 シエルは恐る恐るリュグリットに目を向ける。

 ニマニマと笑みを浮かべて、シエルたちを見上げてくる翠色の双眸。

 その目が、その笑みがひどく恐ろしいものに見える。


 攻撃は当たらない。向こうも触れようとしてこない。

 ただ語り、ただ屍を操り、ただ洗脳してくる。

 それだけの存在。本体だと思っていた。

 だがあれは、結局何なのだろう。

 ここが胃袋なのだとすれば細胞のようなものだろうか、はたまた抗体か。

 答えは——


『おそらく細胞のようなものだろうね』

「細胞!? そんなふた昔前のマンガじゃあるまいし」


 ツッコミを入れつつ屍を殴り飛ばす直哉。


『だけどそうとしか考えられないよ。だから攻撃しても無意味なんだ、たぶん』


 あのアイリスが「たぶん」と言った。

 不確定要素を口に出すことはなかった科学者が言ったのだ。

 それだけ未知の存在、それがカリギュラということなのだろうか。

 直哉は初めて出会う理解しがたい存在に、ブルリと身を震わせた。


 今の話を聞いて、砕華は魔法でここいら一帯を埋め尽くさんとする屍をアルコール臭の混じった風で吹き飛ばし、まさかりを担いだ。


「んじゃアイリス。私たちは撤退した方が良いんだな」

『そういうこと! 内側からの攻撃は効果がない。外からだ。それならきっと倒せるはず』


 なら話は早い。

 砕華の後に続くように、直哉とシエルもこの場から飛び去ろうとするが——


「逃がすと思いますか」

「まあ、そうだろうな!」


 当然、リュグリットは三人を逃がすまいと追いかけてくる。

 もはや正体を隠すつもりもないようで、ローブを脱ぎ捨てた。

 露わになったのは、まるでゾンビのような腐った肉体。

 緑色に変色した四肢、溶けて中の骨が露わになった顎。

(あれが細胞だって? どっからどう見てもウイルスだろ)


 直哉はおぞましいものを見るように、追いかけてくるリュグリットを一瞥した。

 そして奴は速い。遅れて追いかけてきたというのに、もう目と鼻の先まで距離を詰めてきた。


「どうやら私の正体に気づいたようですが、ここから出さなければ良いだけの話です」


 手を伸ばしたリュグリットがシエルの足を掴もうとする。

 触れることのできなかった奴が、今、触れようと手を伸ばした。

 つまり今は触れられる状態、なのかもしれない。

(だったら——)

 Uターンして、直哉は一気に距離を詰める。


「直哉!?」

「高井さん!?」


 砕華とシエルが、リュグリットに向かう直哉に叫んだ。

 拳を握る彼の姿を見て、無謀だと、意味はないと叫んでいた。


「先に行け! 俺がしんがりを務めてやっから」

「で、ですが——」


 困惑するシエル。だが砕華は直哉の目を見て——

(あいつ、なにか考えがあるってか? なら私たちは——)


「シエル!」

「は、はい!」


 シエルを呼んだ。

 初めて呼び捨てにされたこと、それと今の状況で自分の名を呼ばれるとは思いもしなかったシエルは、びくりと体を跳ねさせて砕華を見る。


「ここは直哉に任せるぞ」

「一人残せと言うんですか? 相手はあのネクロウィザードなんですよ」

「つっても細胞だろ? 本体じゃねえ。それに奴にはなにか考えがあるんだ」


 だからここは任せろと、信じろと二人は言うのだろうか。

 だがシエルは軍人だ。

 仲間を一人残して自分が助かろうなんて真似はできない。したくない。


「シエル!」

「わ、私も、私も残り——」


 刹那。

 直哉の拳がリュグリットの頬に突き刺さり、遥か彼方まで殴り飛ばした。

 それは打撃の衝撃ではない。まるで嵐のような突風——衝撃波がシエルと砕華の元まで響いてきた。

(当たった? なんで)

 シエルは驚愕の目を直哉に向けた。

 先ほどまでこちらの攻撃を一切受け付けなかったリュグリットに、なぜ今になって攻撃が当たるようになったのだろうか。


「信じてくれ」


 直哉の声にシエルの思考は途絶えた。


「奴の攻略法が分かった。だからしんがりは任せてくれ」

「だ、だからって一人では——」

「おっけー、了解だ直哉。あとは任せるぜ!」

「ちょ!」


 砕華がシエルを脇腹に抱え、一気にこの場から飛んだ。

 ジタバタ暴れるが、砕華の力は尋常ではない。まるで大人と子供……。まあ実際にそうなのだが、抗うのは不可能なほどの力の差だ。


「直哉なら大丈夫だって」


 砕華は暴れるシエルに目も向けずに告げる。

 彼は力があるだけじゃないと。

 頭もそれなりにキレて。

 常に生きようとあがく生粋の人間だと。

 だから砕華は直哉を信じろとシエルに言った。

 それができるだけの力を持った——


「あいつはなんたって異世界製の兵器なんだからな!」

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