第7話 襲来。鬼人 3
なんとか機嫌を取り戻したアイリスと買い物を続けてそのまま外食も摂ったのだが、まあ……かなり金が減った。
悔い? あるはずがない。
(でも、こう……財布の中が空になるとさ? なんだか辛くなるじゃん)
ちょっと高めの飯をアイリスに食べさせたからか上機嫌になってくれたから良かったのだが……。
「そろそろ時間だよね直哉くん!」
「ああそうだな」
そんな直哉たちは今、中央区にあるこの街のランドマーク的な高層ビルの前にやってきた。
どうやらここでナイトイルミネーションが開催されるみたいだけど、始めにプロジェクションマッピングとドローンによる空中ライトショーやらが行われるらしい。
直哉の元いた時代にはそんなもんなかったのだから、なんだかんだで直哉自身も楽しみだったりする。
アイリスも高まったテンションを抑えきれないようで——
「直哉くん! 直哉くん! あそこになにか記念グッズを売ってるらしいよ! ちょっと見に行こうよ」
っと駆け出して行ってしまった。直哉の話も聞かずに。
まあ楽しんでくれてるのなら良かったと思う。
そんなアイリスの後に続こうとした時だ。
夜の暗黒の空に何やら赤い渦のようなものが見えた。
「なんだあれ?」
プロジェクションマッピング的な何かか……だろうか。
最近の技術はここまで進化してるんだと感心して見上げる。
「お〜いアイリスそろそろ始まるみたいだぞ〜」
「え? 本当かい?」
「ほら、あそこ——」
アイリスがグッズを両手いっぱいに持って帰ってきて直哉が差した空を見上げる。
「なにもないじゃないか」
「は? なに言ってんだよ。ほら空が赤いだろ? 雲が渦巻いてるみたいにさ」
「渦? なに言ってるんだい。雲もなにもない綺麗な夜空じゃないか」
こんなに目立つぐらい禍々しい空が見えてないってどう言うことだと直哉は疑問に思う。
この場の皆が前方にある大きなビルに目を向けているのだ、嫌でも空の異変に気づくものだが何故か皆はキラキラした眼差しをビルに向けるだけであの空の異様さに顔を顰めているのは直哉だけだ。
だが、逆にこれはすでにイルミネーションの一部なんじゃないか? だから皆気にしてないんじゃないか? と思い直してしまう。
「はは。お前も目が悪くなったなぁ。家に篭ってばかりだからだぞ」
「失礼な! 僕の視力は両方とも2.0だよ!」
ふんっ! とアイリスにそっぽ向かれてしまった。
こんなに目立つのに見えてないなんてどう考えても目が悪くなってると思うのだが……。
「グオォォーー……」
アイリスの方から腹の虫が聞こえた。
「なんだよアイリス。さっき飯食ったろ? 腹なんか鳴らしやがって。まだ食いたりねぇのか?」
「な、なにを言ってるのかな! 僕はそんなに大食いじゃないよ!」
「なら、この音はなんだよ……」
「音?」
グオォォーー……。
また聞こえた……。ってこれ音じゃないと直哉は気づく。誰の声だろうか、腹でも下してるのだろうか。
「って……」
振り返った時だ。
直哉の真正面、鼻の先がつくぐらいの距離にゾンビのコスプレイヤーがいた。
(しかもちゃんと息も臭い。なにもそんなところまで再現せんでも……)
「はっはっは。おいおいさすがにゾンビは場違いだよな。アイリス……」
「なにを……言ってるんだい?」
「へ?」
直哉はゾンビの肩に手を置きながら、アイリスに目の前のゾンビを促すのだが——
「この人だよ。この人……ほらゾンビのコスプレをしてる……」
「? 君は一体なにを言ってるのかな?」
見えてない? アイリスにはこのコスプレイヤーが。
なんだか妙な胸騒ぎがして直哉はゾンビからピョンと跳ねて距離をとった。アイリスを背に守る形で。
「グォォーー!!」
別の方向からもゾンビの声が直哉の耳に入る。
辺りを見渡すと人混みの中にちらほらとゾンビの姿が見えた。
誰もその姿を捉えられていないようで、みんなイベントの開始を今か今かと待っているようだった。
(なんだ……なんだこいつは!?)
「下がってください!」
女の声。直哉はアイリスと庇うように抱き寄せると、目の前にいたゾンビが真っ二つに裂けて消えた。
消えた後に立っていたのは薙刀を手にする少女……如月だ。
「危なかったですね」
「き、如月さん!? どうしてここに! ま、まさかまた直哉くんに会いに来たんじゃないだろうね! 武器を持ち出して……武力行使とは恐れ入るよ!」
「ま、待てアイリス!」
ズカズカと如月に詰めようとしたアイリスを直哉は止めた。「なんで止めるのさ!」とキレてるが、今の状況は只事じゃない分、偉く真剣になって——
「ここはこの子の言う通り危険だ……」
っとただ一言アイリスに告げた。
そんな直哉の顔を見たからだろうか、アイリスの顔も張り詰める。
「君のその顔久しぶりに見たよ……」
「かっこいいか?」
「そ、そうじゃない。ただ、なにか現れたんだね……」
現れた。そうアイリスが言うのは異世界で敵襲があった時と同じ反応だ。直哉は頷く。するとアイリスは如月に詰めるのをやめて、
「君にしか見えない謎の敵。そして如月さんの手に持ってるその武器……は本物かな?」
「…………」
如月は答えない。機関のルールだろう。
こんな堂々と姿を晒してるあたり、この後何かするのかもしれない。記憶を消す薬を飲ませるとか。
「アイリス。俺、ちょっと如月ちゃんと話があるから……」
「安全な場所に行ってろって言うんだね? でも残念ながら君たちに見えて僕には見えない存在から安全な場所まで逃げるのは不可能だよ。だったら君たちのそばにいるのが一番安全じゃないかな」
ごもっともで。しかも察しがいいときた。
「なるほど、君と如月さんは以前に会っていたってわけか。どうりでさっきの態度がよそよそしいわけだ」
「悪いな」
「いいよ。でももう巻き込まれたんだ僕も話に混ぜてもらうからね」
アイリスは慣れている分、動じる事はない。まあ今の状況は、誰も見えてない分パニックになってない。
それから直哉はアイリスと一緒に如月に話しかける事にした。
「で? また魔物が出たとか言うんじゃないだろうな」
「魔物……ですが、まず確認したいのですがあなたは魔物ではないんですよね?」
「そうだ」
と直哉は頷く。そしてアイリスに顔を向けると、「君の自由に話せ」と言った風に首を縦に振った。
だったら正直に話してやろうかと直哉は口を開く。
「まあ普通の人間でもないんだけどさ」
「普通の人間じゃ、ない? ならあなた達は一体——」
その時だった。
「きゃぁぁーーーーーッッ!!」
この場で誰かの悲鳴が響いたのは。
声の方に顔を向けると、ビルが……倒壊し始めていた。
「魔物め! まさかここにいる人たちの魂を喰らうつもりじゃ!?」
魂を喰らう? それが魔物の目的?
如月はすぐにビルへ向かって飛び立った。
直哉たちに構っているよりも人々の安全を最優先って感じで。
当然直哉たちも目の前の光景をただ眺めていることも出来るはずなく——
「直哉くん! 行きたまえ! 存分にやっちゃってくれ!」
「あいよ!」
直哉は体に力が漲らせる。
「んじゃさっさと終わらせてくるわ」
「頼んだよ」
そう行って直哉は地を蹴って如月の後を追うのだった。
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