第29話 蒼ノ凶星
ネクロウィザードに食われた、はずだった。
シエルの目の前に広がっている光景は、ネクロウィザードの体内、胃袋なんかではなく。
食われる前に見ていたホール内の光景のままだった。
なぜ、なぜ自分は無事なのか。直哉は、友軍はどうなったのか。
シエルはキョロキョロと顔を動かす。
だが、ここに自分以外誰もいない。
自分以外……。いや。
「おはよう。グリデンガルド魔装軍の執行官。シエル・クロッカス」
「あなたは……」
虚空から緑色の粒子が一点に収束すると、それはローブ姿の人型を形作った。
深めにかぶられたフードの中にあるはずの顔は暗く、見えない。
ただシエルは、そいつが人間ではないと理解する。
雰囲気が、というのもあるだろうが。
このローブ姿の存在が放つプレッシャーは、友軍の誰とも違う異質さを感じさせた。
そんなプレッシャーを放てる存在など、この世にそうはいない。つまり——
「ネクロ、ウィザード」
「君たちは確か、私のことをそう呼ぶのだったね」
小さく笑ったネクロウィザードが肩をすくめた。
奴に動きはない。今なら、やれる。
「おっと、自己紹介もまだなのに攻撃とは無粋じゃあないか」
「くっ!?」
杖に手を掛けた時、シエルの周囲に魔法少女が現れた。
誰も彼も、体の一部が欠損している。
一部どころか、臓物を垂らしている者だって……。
そんな屍と化した彼女たちは、生前の名残だろうか。杖をグリデンガルドで学んだ構え方でシエルに向けている。
「君を傷つけるつもりはないんだ、シエル執行官」
「なにが、言いたいの? 目的は!」
「まあまあ。それよりも私の話を聞いてもらおうじゃあないか」
ネクロウィザードはフードを取る。
驚いたことに、フードの下の素顔はまるで人間のそれだ。
白髪の男。どこか生気を感じさせない。死人のような冷たさを彷彿とさせた。
「改めまして、私はリュグリット。あなた方がカリギュラと呼ぶ王の一人です」
「王……ですって」
カリギュラに社会があるなんて聞いたことがない。
なにせただの化け物なのだ。知性なんて感じさせない獰猛な異形。
到底、人間と同じような知恵があるとは思えない。
「信じられませんか?」
「ええ。カリギュラに王がいるなんてありえない。社会性も皆無だというのに」
「辛辣じゃあないか」
当然だろう。なにせ相手は人類に仇なす外敵だ。
分かり合えるはずがない。攻撃的な発言が出るのもやむなしだ。
「君たちが信じまいが事実だ。私は王なのだよ」
「その王が、私に何の用? 食べられたと思ったけれど……」
「食べるわけないじゃないか。有能な人材が目の前にいるんだ。食べて消化するだなんてもったいない」
おぞましい。今の発言でリュグリットが何を言いたいのか、大体察することができる。
「私をこの人たちみたいに、あなたの兵隊にする気?」
「おお」
黒衣の……異形の王は、ぱちぱちと手を叩く。
「そうだよ。スカウト、とそっちの世界では言うのだろう? どうかな? 君も私の兵の一員になるつもりはないかい?」
手を広げ、周りの魔法少女たちを促す。
まるで見てくれと言わんばかりに、自分自慢のコレクションを披露するかのように。
「別に力づくで奪ってもよかったんだけど、君の力は健康状態で初めて輝きを放つ。だから、その綺麗な状態で運用したいんだ」
「何のために」
「真の王へと至るためさ」
真の王……。シエルは目を細めた。
それが意味することは何なのだろう。
このホールにはリュグリットがいる。
つまり他のホールに王と呼ばれる存在がいて、カリギュラ同士も争い合っているのか?
(にわかには信じがたい話だけれど……)
今は情報を聞き出すことが先決だろう。
シエルは耳に手を当てるが、どうやら無線機は故障しているようで、ノイズしか耳に入ってこない。
ならば生きて帰還する必要がある。
(重大任務ね……)
「真の王って? 具体的には何をするの?」
「よくは知らない。ただ本能がそう叫ぶんだ。王に至れと、ただそれだけさ」
リュグリット自身も理解していないようだ。
聞きたいことを引き出そうにも、いい情報は見つからないかもしれない。
だが、今聞いた話は、これまで謎に包まれていたカリギュラの存在に対する思考材料の一つになるだろう。
「ふぅん。でも、お生憎様」
シエルはもはや聞くことはないと見て、杖を構え、トリガーを引いた。
周囲に青い球体、ASが展開された。
「敵対を選ぶか、執行官」
「当然!」
シエルは駆け抜ける。
屍たちはシエルの後を追い、空戦の火蓋が切って落とされた。
そんな彼女たちの戦闘を下から眺めるリュグリットは、不敵に笑う。
「まあ、そう来るとは思っていた。残念だが、まあ生きていても死んでいても使えるものは使うまで。君たちの世界でいう再利用、リサイクルだったか。それが大好きでね」
リュグリットのローブの下から、棘が生えた蔓がいくつも伸びる。
それはシエルを追尾し、体を絡め取ろうとしてくる。
ASをぶつけてもびくともしない。
破壊は困難。なら、まずは周りの屍を何とかするほかない。
「Aaaaaaa」
まるでホラー映画のゾンビのような声を漏らす屍たち。
若干の後ろめたさはある。
彼女たちとて好きでリュグリットの僕になったわけではないはず。
そんな彼女たちに止めを刺すのが、味方であるシエルなのだ。
(今まで多くを失ってきたけれど……)
自分のこの手で仲間を殺したことは、一度だってありはしない。
まあ、すでに死んでいるのだが、それでも手に掛ける事実は変わらない。
「だとしても!」
シエルは撃つ。かつての仲間たちを。
もはや誰かも分からぬ少女たちの体を、シエルの射撃魔法が貫く。
肉体に穴が開き、ボロボロと腐敗した体が土くれのように崩れ落ちて消えていく。
腐臭と、わずかな血の匂い。
だがシエルは顔色一つ変えない。
せめてもの手向けだ。一瞬で、一撃で、この場にいる少女たちを殺して天へと送ってみせる。
「まるで死神だな」
「うるさい」
死神、蒼ノ凶星。シエルを揶揄する呼び名など数知れない。
シエルに関わった魔法少女たちは、みな戦死する。
例外はない。多少、死までの時間が違ったとしても、いつか必ず死ぬ。
英雄とは常に最前線に立たされるものだ。
そんな彼女に付き従う部下は、堪ったものではないだろう。
初めはみんな同じ顔を浮かべていた。
英雄と肩を並べる日が来た。
自分も活躍して、いつか英雄になる。
そんな夢と希望に満ちていた。
だが、結果は死だ。
成果もない死もあれば、栄誉ある死もある。
だが、目の前で無残に散っていく仲間を見た部下たちは皆、絶望に染まっていく。
そして次は自分の番だと悟り、隊を離れ、揶揄するのだ。
だが、それでいい。それがいい。
死ぬのが怖いのは誰だって同じこと。
(死ぬのは私一人でいい)
たとえ勝てない相手が立ちふさがっていたとしても、刺し違えてみせる。
何か残してみせる。
次へ繋がる何かを。
人はそれを希望と呼ぶはずなのだから。
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