第28話 洗脳
『砕華! 直哉くんがおかしい!』
「んあ? あいつがおかしいのは元々じゃないか、なに言ってんだ?」
スケルトンをぶん殴って蹴散らしていた砕華は、仲間の魔物達と誰が一番多く敵を倒せたか競い合っていたのだが、唐突にアイリスからの通信にそう答えた。
競っていたっていうのも、退屈だったからだ。
出てくるのは柔らかいスケルトン、吹けば飛ぶ程度のレイス。
まあ雑魚だ。雑魚すぎた。だから仲間と競い合って退屈をしのぎながら真面目に作戦に臨んでいたのだが。
『直哉くんはおかしくない! でもいまはおかしいんだ! 何もないところに怒鳴っては、殴りかかったりして』
「うおっ。そりゃまじでおかしいな。ってかよ、それってアイリスの調整ミスってたんじゃね? ほらあいつに元々あった機能ブッコ抜いて性能を攻撃特化にしたんだろ」
『だからって基本的なモジュールまではブッコ抜いてないよ! なんとかしてくれたまえ! って、直哉くん!? そいつは——』
通信の向こうにいたとしても、砕華には今のアイリスの声がとんでもない光景を見たときに出たものだと思えた。
アイリスはめったなことでは驚かない。
幼いころから科学者として生きてきたからだろうか、彼女は大帝の事に対して鼻で笑う程度でしか反応しない面白くない子供だ。
驚かし甲斐がないとも言える。だがそんなアイリスが驚愕の声を上げたのだ。
直哉がおかしいと砕華は聞いた。そしてアイリスが驚いていた。
イコール、直哉がとんでもないことをしでかそうとしているということだ。
『砕華砕華! 直哉くんがリベリオンブラスターを友軍に——』
リベリオンブラスターっていうのがなんなのか砕華には分からない。が——非常にまずい状況だということは確かだろう。
だから砕華は魔力を開放してフィールドを蹴り、直哉の居る場所へ飛んだ。
場所は仲間の通信で大体は把握している。
そして都合よく、ここからさほど離れていない。
「大丈夫だ。もう向かってる! んで? そのリベリ……なんちゃらってなんだ!」
『ME粒子砲だよ! 魔力、魔導力、エーテルを融合させた時に発する爆発を動力に変換せず、攻撃に変換する直哉くんに渡した最新兵器。さっきカリギュラを一掃した光もそれだ。ちなみに僕の傑作だよ』
「おめぇ! なんてもん作ってんだよ!」
それが味方を巻き込もうとしてるのなら、もう少し機能を、安全装置をつけるべきではないか? と砕華は嫌味を言ってやりたいところだが、そんな余裕はない。
今それが放たれようとしているのだから、優先すべきは直哉を止める。そして何があったのか問いただす。
「直哉!」
目の前にたどり着いた瞬間。光が放たれた。
(これが、リベリ——リブラ……あぁーもう! なんだっていい!)
「こいつを止めればいいんだな!」
『たのむよ!』
砕華はまさかりを大きく振りかぶった。
光線を撃ち返す。ただそれだけだ。というかこの一瞬で出来ることなんてそれしかなかった。
「でっりゃああああああーーーー!」
光線を叩き切る。
が、思いのほかこの光線の威力がバカ高い。
砕華は本気を出しても光線に腕を持っていかれそうになる。
一瞬でも気を抜けば腕は吹き飛び、体は粉々。
自分ならたとえ塵になったとしても復活はたやすいが、後ろの味方はそうもいかない。
そこには魔装軍に部隊の仲間たちもいる。
何も知らずに今も戦っているはずだ。
「へっ……」
後に引けない。絶体絶命。
だというのに砕華は笑みを零した。
こんなにひりひりする戦いはいつぶりだろうか。
委員会に身を置いてからカリギュラに異世界の人間とも戦闘を重ねてきたが、どれもパッとしなかった。まあ力の3割を引き出せたら、まあまあな相手ばかりであった。
グリデンガルド魔装軍シエルとも模擬戦をしてみたが、本気を出すつもりがなかったのか、砕華を満足させてくれなかった。
だが直哉は、5年前の直哉との戦闘は本気の闘いが出来た。
その時は肉弾戦のみだったが、魔法を使わせるほどまで追い込まれたのは久しかった。
そして今。直哉は肉体ではなく、魔法のようなME粒子砲という攻撃を砕華にぶつけてきている。
これも本気の一撃なのだろう。
だから笑ってしまったのだ。
久々に、本気を出せると。
「さすがだぜ直哉。私をまた追い込むなんてな」
だが。砕華は続ける。
「お前なに味方に向かって本気出してんだよ。らしくねぇぞ!」
まさかりを押し付けながら砕華は口を動かす。
それは言葉ではない。魔の言語。
『オブゾビ・タライヤ・グルゲスタン』
今では忘れ去られた鬼の言語。
古の時代。鬼が妖術と呼ばれる異能を当たり前のように使用していた時代の産物。
その中でも最上の威力を誇る砕華の『奥の手』だ。
「死にたくなかったら避けろよ。つってもお前は機械だから死なねぇか」
スクラップになるだけだ。
奥の手を唱えた瞬間。まさかりが赤く発光する。
それは禍々しくあり、毒々しい色。
『オブゾビ・タライヤ・ゲルグスタン』
我の気よ。遍く全てを、叩き切れ。
それが言の葉の意味。
願いだ。
それは直哉の放つ最強のME攻撃にも同様に作用し、光を纏ったまさかりはズパンと音を立てて光を二つに裂いた。
斬撃が直哉に迫る。
さすがにまずいと見たのか、直哉はすぐに手を止めて斬撃を回避する。
「な、にすんだ。砕華」
砕華は見た、直哉の目を。
いつもであれば綺麗な黒目、メインカメラを搭載された彼の瞳が緑色に発光している。
明らかな異常、そして砕華を見る直哉はまるで敵でも見るような目を向けている。
「お前、こいつにやられたのか」
「はぁ?」
「くそ、砕華までやられて、俺たちはどうすればこいつに勝てるんだ」
直哉は明らかにおかしい。いや性格ではなく、今の状態がだ。
いくら頭のおかしい直哉でも、仲間を見る目が敵に向けられるものになるはずがない。
そして砕華は魔法の使い手だ。
この手の魔法には心当たりがある。
(洗脳!?)
そこから砕華は早かった。
直哉が次の一手を打つ前に距離を詰め、頭を掴んだ。
「解!」
「ぐあっ!」
砕華は魔力を直哉の頭に注ぎ込んだ。
地獄でも洗脳魔法を使う手合いは存在した。
だがそこまでの脅威ではない。
対処が簡単なのだ。
洗脳とは発動者の魔力が相手の脳を霧のように覆い、間違った現実を見せるもの。
で、あれば洗脳魔法にかかっていない者が逆に脳を今見えてる現実のもので覆いつくせば良いだけ。
洗脳の上塗りだ。まあ正しい対策というのが、洗脳を掛け直すという至極強引な手段であった。
「うっ。砕華、なんでここに、ってかネクロウィザードは?」
「なに言ってんだ。ここにいるのは私とお前だけだ。ってかシエルはどこだよ。お前ら一緒に行動する作戦だったろ?」
直哉は意識を取り戻し、辺りをきょろきょろと見渡した。
だがどこにもあの巨大な大異形は存在しない。
シエルだって。
「あー、まだぼーっとしてるか? いいか、お前は洗脳にかかってたんだよ」
「洗脳? 俺が?」
頷く砕華。
そして両手から吹き出る黒煙。
これはリベリオンブラスターを撃った後に出るものだったはず。
「まさか俺……」
「安心しろよ。確かにリベブラをお前は撃ったが、私が切ってやった。こう、バンってな」
(んなめちゃくちゃな)
だが助かった。というべきだろう。
この手から吹き出る黒煙がリベリオンブラスターを撃ったという事実を物語っているのだから。
「それで、お前に何があった? ネクロウィザードと会ったのか?」
「いや、それは……うん」
確かに出会ったはずだ。
そしてそいつにシエルは食われて。
だが洗脳で見せられた幻、なら直哉が見たのはなんだったのか。
分からない、なんだか頭の中に靄がかかったような気がして気持ち悪かった。
「こいつは思ったよりややこしいカリギュラみたいだな」
「アイリス!」と砕華が叫ぶ。
『叫ばないでくれ。聞こえてるよ。まったく機械音痴はこれだから』
「そうむくれるなって。で、今の聞いたよな」
『まあね。ネクロウィザード。直哉くんが見たものが洗脳によるものだとして——』
「待て待て待ってくれ。シエルは? あいつは確かにネクロウィザードに食われて——」
『何を言ってるんだい? シエル執行官の座標はまだ生きているよ。君たちは何かがあって別れたんじゃないのかい?』
「別れた、俺が、シエルと?」
(だめだ。頭が痛い。いや痛い気がするっていうのか。脳に寄せた思考モジュールに異常があるのか?)
直哉はそれでも考える。今二人から聞いた話から察するに——
(俺が見たのが幻で、シエルが食われたのも幻。反応は生きていてこの場にはいない……)
「分断……」
『だろうね。僕も直哉くんの意見に賛成だ』
これは我がいただいた。それにお前たちだって我らの同胞を奪ったではないか。
奴はそう言った。いただいたという意味を直哉は勘違いしていたかもしれない。
それは食ったって意味ではなく、攫ったという意味だったのではないか。
何のために、復讐か、それともまた別の——
「どちらにせよシエルが危ない」
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