第27話 ネクロウィザード
「かえ、せよ」
唐突の出来事に、直哉は絞り出した声を目の前の大異形にぶつけた。
「返せよっ! シエルを!」
そいつは巨大な骸骨。瞳の部分には緑色に発光する眼球があり、ぎょろりと直哉を一瞥する。
握った拳を大異形に放つが、硬い表皮を砕くことは出来ず、むしろ金属でも殴ったのかと思うほどの音と反動が直哉に返ってきた。
無傷。ノーダメージ。怯むこともなければ動じることもない。この大異形が直哉たちの討伐対象である『ネクロウィザード』だということは一瞬で理解できた。
『返す? なぜ?』
日本語に聞こえたその言葉は、どこか気持ち悪さを感じさせた。
直哉には日本語に聞こえたが、この耳に入ってきたのは全く別の言語。
いや……言語と言っていいのか判断できないその音を、なぜ日本語と思ったのだろうか。
『これは我がいただいた。それにお前たちだって我らの同胞を奪ったではないか』
「なに、言ってんだよ。お前、何言ってんだよ!」
(先に奪ったのはそっちじゃないか)
ホールから飛び出ては地球側を、アルデバラン側を侵攻し、数多くの人を手に掛け、自らの僕に変えたこの大異形にだけは言われたくない言葉だった。
「お前が奪ったんだろ! だいたいなんなんだよ、お前らは! カリギュラって何なんだよ!」
『高井さん。どうしたんですか! いったい何と話してるんですか!』
如月の通信が耳に入ってくる。
だが直哉は止まらない。
目の前の骸骨に、巨大な化け物に吠え続ける。拳を振るい、攻撃を仕掛けるのみだ。
『いったい何があったんだい、直哉君! バイタルが異常値だよ。それにシエル執行官の反応が途絶えたんだけど、何が起こってるんだい!』
今度はアイリスの声。直哉はギリリと歯を噛みしめ、通信越しに怒鳴るように答えた。
「ネクロウィザードだ! 今、俺の目の前に奴がいる! シエルはそいつに食われたんだよ!」
『なんだって!? 如月さん!』
『そ、そんな。レーダーには何も……映像にも何も映ってませんよ、高井さん!』
「な、に?」
いったい彼女たちは何を言ってるのだろうか。
今、直哉の目の前には確かに巨大な大異形が姿を晒している。
幻ではない。この拳に残るジンジンとした痛みが、現実のものだと理解させる。
(電波で捉えられないのか? いや、今はそんな考察してる場合じゃない)
シエルを取り返さないと。
直哉はその一心で大異形の腹部まで飛び、鳩尾めがけて本気の一撃をぶつけた。
腹は緑の苔のようなもので構成されていた。
突き刺さる拳からも確実にダメージが通ったはず。
だが一撃で胃袋の中をひっくり返すことは出来なかったようで、連続で殴り続けた。
でかい割に動きは鈍足。でかいからこそかもしれないが。
もうかれこれ何発撃ち込んだだろうか。一向に堪えてる気配がない。
無敵、なのか。
そう思わされる。焦燥感に駆られてしまう。
『直哉君、状況を! 僕たちには君が一人で暴れてるようにしか見えてないよ!』
「いるんだ、ここに! 敵が! なんで見えないんだよ! こんなにデカいのに!」
焦燥感を振り切るように怒鳴る。ただの八つ当たりかもしれないが、こうでもしないと気が狂ってしまいそうになる。
『お前もなかなかのエネルギーを持っているようだが、あまり美味しくはなさそうだな』
「黙れ」
『先ほど飲み込んだ彼女は美味であったというのに』
「黙れってんだよ!」
破れかぶれに攻撃したが、それがいけなかった。
ネクロウィザードはこれを待っていたというのだろうか。
攻撃が当たる直前、ネクロウィザードの体表からいくつも生え出た幼子の腕に、直哉の拳が受け止められてしまう。
おぎゃー、おぎゃー。
その腕から赤ん坊の泣き声が聞こえる。
おぞましさに身が震え、拳を引き戻そうとしたが、腕は放してくれない。
まるで工具か何かで固定されたかのように、一ミリも動く気配がない。
『精神を病んだ人間ほど脆弱な生物はいない』
髑髏が直哉の正面でカタカタと笑った。
その口の中には、飲み込まれた人間だろうか。必死で腕を伸ばして助けを乞う、何人もの姿が見えてしまった。
「っ!?」
恐怖で鳥肌が立つ。
一気に周りの温度が下がったような気がした。
カタカタと笑うネクロウィザードの音よりも、気づけば直哉の震える歯が鳴る音の方がうるさくなっていた。
これほどまで感情というものが憎いと思ったことはない。
これは恐怖。兵器であるはずの自分が、恐怖してしまっていた。
だがそれでも、だとしても。
倒さなければならない。シエルを救い出さなければならない。
直哉はその一心で、拳にはめた装備を稼働させる。
エネルギーはまだある。もう一発。『リベリオンブラスター』を撃つことが出来れば、こんな奴倒せると思った。
『ははは。今度は何を見せてくれる、人間。力か? それとも魔術か?』
ネクロウィザードが口から何かを吐き出した。
それは先ほど見えていた人間。少女の肉体。
顔は溶けていたり、崩れていたり、まるで屍のような数々の少女に手足を絡め取られた。
だが力はない。
ただ纏わりついているだけのようだが——
「たすけて……たすけて」
「おかあさん、かえりたいよ」
「いやだ、しにたくない」
「うっ! あぁあぁあああーーーー!」
彼女たちはネクロウィザードによって取り込まれた人たちだろう。
彼女たちの嘆きが、苦しみが、直哉の体に重くのしかかる。
だがそれでも彼は放つ。起死回生の『リベリオンブラスター』を。
『直哉君! いったいどこに向けてるんだ!』
瞬間、見たのはネクロウィザードのニヤケ面。
だがその姿が消えると、直哉の目の前にはグリデンガルド魔装軍、そして委員会戦闘部の全軍が広がっていた。
『哀れな人間よ。自らの恐怖で仲間を死に追いやるがいい』
「うわあああぁぁぁああーーーー!」
拳は既に解き放たれていた。
リベリオンブラスターの破壊の光が、今度は味方へと降り注いだ。
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