第23話 作戦決行当日
時間はあまり残されていない。
アイリスはクリシュと共に綺麗になった研究室で、直哉の装備の最終調整に取り掛かっていた。
本来ならもうすでに完成していてもおかしくはなかったはずなのだが、未だ完成できておらず、夏休みの宿題を最終日に追い込むが如く必死に調整しているのは、直哉に鬼のような清掃を強制されたからだろう。
「よし、これでどうかな!」
ゴーグルを上げて機材を置いたアイリスは汗を拭った。
最後の山場であるエネルギー変換炉の調整が終了したのだ。
これであとは直哉に届けて試運転してもらうだけ。
「長かったですね……。これで直哉さんも空を飛べるようになるんですね」
ブーツはそうだ。腕の装備に関しては彼の攻撃力をもう一段強化する目的で作ったが。
なにせ次の敵は超巨大であり、空を飛べなければ虚空へ落ち続けるというトンデモ空間での戦闘だ。
ゲルルンギラスの時のようにシエルに担がれたまま戦うのは得策ではない。
そんな真似をすればシエルの機動力は落ちるし、何より彼女の戦力が全く機能しない。
「本来は彼自身に飛べる機能をつけていたんだけどね。攻撃力にコストを割く以上、何かを犠牲にしなきゃいけなかったから……」
「だから後付けの装備に頼るしかないんですね……。納得です」
クリシュも科学者だけあって、アイリスの話にも理解を示していた。
世界は違っても、科学者の悩みは結局のところ同じなのかもしれない。
「ですが、これで本当に倒せるのでしょうか」
「どういう意味だい?」
クリシュが深刻そうに出来上がった装備を見つめている。
「ネクロウィザード。私は戦闘データを見ただけですが、あの記録に残されていたのは圧倒的な戦力と未知の異能の力。万が一直哉さん、もしくはシエル執行官が死ぬことになったら……」
間違いなく作戦は失敗。それどころかファンタジーアース側、アルデバラン側は滅びに向かうだろう。
だが——
「大丈夫だよ」
アイリスは知っている。直哉がかつて世界を支配しようとしていたマッドサイエンティストからリーデリッヒを救ったことを。
彼が自分の命すら投げ出してまで地球をクルーエルから守ったことを。
結果はまあほとんど失敗に終わったが、首の皮一枚で収まったあたり、彼のお陰ということも知っている。
だからアイリスは自信満々にクリシュに言ったのだ。
「絶対に勝つよ、直哉君たちは」
「そう、ですね。そうですよね」
クリシュだってグリデンガルドの英雄『蒼ノ凶星』の伝説を知っているから、勝利を信じている。
シエルは少数で、かつて強敵だった化け物から世界を救ってくれた。
たくさんの仲間を失いながらも決して諦めず、杖を振るい続けたあの英雄の雄姿を知っている。
そんな英雄とアイリスの信じる英雄が力を合わせるのだ。
(勝てるかもしれない)
クリシュの中でそんな希望が、灯火のように灯った。
「それにここにいる天才二人の合作もあるからね。間違いなく勝つよ」
確かに。クリシュはそう言ってアイリスと二人、笑い合った。
作戦決行まであと二日。
あとは細かい消耗品の増産に、如月との作戦の見直しだけだ。
***
時間というのはあっという間に過ぎるものである。
ネクロウィザード攻略戦となった今日。
直哉は演習場で、シエル率いるグリデンガルド魔装軍総勢300人と、砕華率いる委員会の戦闘部隊600人の中に混ざり、空に映し出された如月司令官のブリーフィングに目を向けていた。
「以上が今作戦となります。現在こちら側にいるグリデンガルド魔装軍とは別に、アルデバラン側からも何百万という戦力が参加してくれます。互いに協力し合い、必ず、みんな生きて帰ってくるように! 以上です」
20分ほどにわたるブリーフィングを終え、砕華とシエルが自分の部隊に号令をかける。
直哉は砕華側に集まり、彼女の堂々たる鼓舞を受けるのだが——
「てめぇら! 分かってんな? この作戦で死んじまうヘマは絶対に許さねぇ。生きて帰れ。いいか? 生きて帰ってまた酒を飲み交わすぞ!」
「「「おお!!」」」
まるで部活動の円陣を組んだ時のような鼓舞に、思わず直哉は笑ってしまった。
だが砕華らしいとも思える。
辛気臭く死地へ送り出されるよりも、こうして明るく送り出された方が気分が良いし、何より——
(勝てる気がするんだよな)
いや、気ではなく勝つのだ。
絶対に勝って、世界二つを救ってみせるんだ。と直哉は拳を握る。
自分の手にはそれができるだけの力がある。この力を信じてアイリスが起こしてくれた。砕華が鍛え直してくれた。部隊のみんなもやれると自信を与えてくれた。
(応えるんだ。期待に)
世界を変えてしまった責任が自分にもあるのだから、ここで挽回しなければならない。
それが直哉の、異世界リーデリッヒで生み出された兵器としての責任だ。
『春風』の島の向こう側、海と空の間に巨大な穴が開いている。
(あれが、ネクロウィザードの支配するホールか)
大きい。それにホールからお化けのようなカリギュラが出てきては、飛び回っているのも窺えた。
あのカリギュラたちがロシアを飲み込んだと。
人の住む場所でなくしてしまったというわけだ。
「んじゃまあ。いっちょ気合入れて——」
意気込んでいた直哉だが、砕華の行動に目を疑うことになる。
なにせ彼女は——
「一杯飲むか!」
まさかまさかの酒を飲み始めたからだ。
周りの皆も事前に買っていたのだろうか、酒を取り出してぐびぐびと飲み干し始める。
「おいおい、作戦前だってのに——」
「作戦前だからだよ」
隣にいたナズナが缶チューハイ片手に直哉の肩に手を回す。顔が真っ赤だ。すでに酔っているようで、酒に強い魔物の中でも彼女はあまり強くない部類なのだろう。
「こうやって何かやる前に私たち魔物は酒を飲んで気を軽くするのさ。ほら、どれだけ力に自信があってもやっぱ戦う前って気が滅入るじゃん?」
「まあ、そうだけど……」
「気合で負けたら勝てる戦いも負けるかもしれない。だからこうやって」
ナズナは缶チューハイを煽り——
「気合を入れるのさ! ほら直哉も!」
缶に残ったアルコールを飲めとナズナが渡してきた。
確かに彼女の言う通りかもしれない。
勝つためには気持ちから乗せるべきなのかもしれない。
だけど直哉はそんなことよりも、この魔物たちの空気感が気に入った。
どれだけ絶望的な戦いを前にしても明るく舞おうと努める彼女たちとなら、何とかなってしまうかもしれない。そんな気持ちにさせられたのだから。
「わかったよ」
だから直哉はナズナから缶を受け取った。
そして一気に中身を飲み干した。
残念ながら直哉はアルコールでは酔えない。
人間に近い体になった今でも、アルコールで気分が上がるように調整されてはいない。
だが不思議と気分は高揚していた。そんな気がしているだけかもしれないが、間違いなく言えることがあるとすれば。
「もう負ける気しないな!」
「だね!」
それだけだった。
そうしていよいよ直哉たちは、ホールへ向かうため輸送機に乗り込むことになる。
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