第21話 四年前の冬。大異形との邂逅
四年前の冬。
まだ世界と世界が繋がりを持てず、敵か味方か疑い合っていた黎明の時代。
シエル達アルデバラン魔装軍は、グリデンガルドに現れた巨大ホール。
その中から現れる新たな敵と戦争状態にあった。
カリギュラ。そう呼ばれる今度の敵は、まるで童話の中に出てくるような幽霊の姿を模していた。
剣、弓、斧に槍。そして過去の歴史に出てくる甲冑を身に纏った骸骨……スケルトンが地上から。
黒い布を纏った異形のレイスが空を覆い尽くさんばかりに埋め尽くし、アルデバランの生物達の生気を吸い上げていく。
このままではこの世界が蹂躙され尽くしてしまうと考えたグリデンガルドは、他国と協力し連合軍を結成。
ホールへの一斉攻撃を仕掛ける作戦を取った。
オペレーション『アルデバルドランス』。
古の英雄アルデバルドが持っていたとされるランスに因んだ、世界の命運を賭けた戦いに、シエルは連合軍連隊を率いてホールの中へ攻め込んでいた。
隣国カエルサルス地魔導兵。
北方のギルベルタ魔導騎兵。
そしてグリデンガルド魔装兵。
総員500万を投入した作戦だが、攻め込んだホールの中はまるで別の世界のように広く、寒く、暗い湿地帯が広がっていて、アルデバラン側の戦力でホール内が埋め尽くされることはなかった。
そう、広かったのだ。
当時はホールの中なんてものは化け物の巣程度の広さとしか考えていなかったものだから、驚かされたものである。
だがシエル達は軍人。この程度のことで作戦に支障など出たりはしない。
「こちらエレボルス0−1! 現在スケルトンの奇襲を受けている! 奴ら、数が尋常じゃない! 馬鹿か!? なにが500程度の戦力だ。あれはどう見ても1、いや2万以上は居るぞ! 谷を埋め尽くしてやがる! 援軍を求む! 援軍を!」
「無理だエレボルス0−1。こちらカドケウス0−3!! 1から2班は全滅した! レイスの機動力相手に、とてもじゃないが援軍を送れる余力はない! 自分たちの力でなんとかしてくれ!」
「腕が、隊長!! 腕が——」
「ね、ねぇ。なんでモリーがサァラと攻撃してくるの? ねぇなんで!!」
「寝ぼけたこと言ってる場合!? モリーはもう死んだ! あれは敵に操られたゾンビ兵よ! 今すぐ撃って!」
「で、でもモリーは私の親友で——」
「サァラッ!! くそっ、くそっ!!! このぉぉーー!!!」
耳に入ってくる通信は混乱を極めていた。
我々は甘く見積もっていたのだろうか?
いや、他国の魔導兵と編成したバランスの取れた総戦力500万だ。それに装備も最先端のものを取り入れている。決して油断はない。決して甘くなど見ていなかった。
だがこの状況はなんだ。
シエルは小隊を率いつつ「デェット!」と悪態を吐く。
「リーン。司令部の追加指示はないの?」
「ありません。依然として我々小隊が敵の親玉を叩け。それだけです」
この作戦はカリギュラの戦力に対して、アルデバランの総戦力をぶつけた総力戦だ。
味方が敵の注意を引いて、その隙にシエル達グリデンガルド精鋭小隊が敵の主人を叩くといったもの。
そのため、彼女達に持たされた装備は連合軍のどれよりも高性能であり、敵との戦闘は控え、体力もマナも申し分ないほどに保たれていた。
湿り気を帯びた暗い空の向こう。地上では仲間達の必死な攻防、そして絶望と悲嘆の叫びがこだまする。
だが作戦に中止は未だない。であれば実行するのみだ。
(私たちは軍人。上層部の命令は絶対。それにもう何人もの仲間を失ったはず。いや、何十、何百、何千? 万かもしれない。そんな犠牲を払って成果無しはあり得ないわね)
「隊長? 敵の主は一体どんな姿をしてるのでしょうか? スケルトン? レイスなのでしょうか」
「分からないわヒルデ。情報部の送った先遣隊の情報によれば、そのいずれでもないって話だけはあるけど……」
その先遣隊も帰らぬ者となった。
彼女達が残したのは、一瞬の冷たさ。空気が凍てついたといった言葉だけ。それを最後に通信は途絶えた。
レイスもスケルトンも冷気を纏うような存在ではない。
であれば、それこそ敵の主人の放つマナのようなエネルギーなのかもしれない。そう上層部は考えたのだ。
「にしても寒くなってきましたね……。ホラー映画のような世界だからでしょうか?」
ヒルダの言葉にシエルはハッとした。
「総員戦闘態勢——!!」
叫んだ瞬間。先程まで話していたはずのヒルダの首が、無くなっていた。
「ヒルダッ!!」
「馬鹿! ヒルダはもう死んだ! 動け動け! 敵はすぐ近くにいるぞ!!」
地上へ落ちていくヒルダの体。仲間達の慟哭、焦り。
シエルはすぐさまASを展開し、蒼いマナ光が薄暗い空を照らす。
カタカタカタと何かが擦れるような音が不気味に聞こえる。無線の友軍の叫びが恐怖を更に倍増させる。
それを押し殺すかのように、シエルは小隊に叫んだ。
「エンカウント! ネクロウィザードよ。喜びなさい。ここで倒せばめでたく世界平和よ! タッグを組んで散開!」
「「「了解!」」」
ロスト1。シエルにタッグは無し。
だが自分にタッグは必要ない。なに、一人で二人分以上の働きをすれば良いだけのこと。
簡単だ。
未だに姿は捉えられないが、不意に飛んでくる青い炎はきっとネクロウィザードの攻撃だろう。
シエル達は杖で、射撃魔法でそれらを撃ち落としつつ、敵の本体がどこにあるか探る。
カラカラ、カタカタ。
音は近いのに姿が見えない。
先程まで視界は良好であったのに、気づけば辺りは濃い霧に包まれていた。
味方の姿も見えない。ただ聞こえるのは敵の蠢く音と、味方達の必死な声だけ。
「これじゃ攻勢に出られません!」
「リーン副隊長。砲撃許可を! この場を一気に焼き払います!」
「ダメだ! 許可できない! 敵はどこにいるのかも、どれほどの規模かも分からないんだぞ! 砲撃魔法なんて無防備な行動を取ってみろ、一気に殺され——」
「副隊長!!!」
「カリナッ!! クソッ!! カリナロスト!! クソォ!!!」
(ロスト2。これで小隊残り4人……)
シエルは一人、炎を撃ち落としつつリーンとの合流を目指す。
「リーン! 私とタッグを組みなさい!」
「りょ、了解!」
幸いリーンとの合流はすぐに叶った。
互いに背中を合わせ、杖を前に向けたまま会話を続ける。
「リーン。カリナの言ってた通り、砲撃魔法が必要かもしれないわ」
「ですが隊長。砲撃魔法は隙が大きすぎます」
「でも少なくともこの場を一気に照らすことはできるわ」
砲撃魔法による極大マナを掃射すれば、辺り一帯にマナの粒子が散って瞬く。
運が良ければ敵の体に命中する可能性だってある。
ならば試す価値はあるだろう。
「だとしてですよ! 一体誰と誰が——」
砲撃魔法を使用するには最低でも3人の連携が必要。
リーンは当然シエルに意見するが——
「ここに一人でも使える人がいるでしょう?」
「!!? 隊長! それはあまりにも——」
それはシエル一人が実行するということ。リーンはすぐに気付き声を荒げたが——
「マリアベリーロスト! ちょっと、なんなの! ヒルダが、ヒルダの体がマリアベリーを攻撃してきたんですけど!!」
「「!!?」」
仲間の叫びを聞いて、最早考えている暇はないとシエルは空に上がる。
一人残されたリーンは少し悩んで、今叫んだ味方の元へ急いだ。
「隊長! ご武運を! 待ってろペニー、今行く!」
(それでいい。リーン。あとは任せなさい)
敵の攻撃を掻い潜り、未だ晴れぬ霧の中を突き進む。
どれだけ上に上がっただろうか、100、200? いや、60フィートは上がっただろうか。
霧が濃くて自身の速力がどれほど出ているか分かりづらい。
だが恐らくかなり上空まで来たはずだ。
シエルは杖を構える。
展開したASに周囲の防御を任せて詠唱に入る。
「目標シエル・クロッカス直下。砲撃魔法ブループラネットチャージ」
杖の先端に蒼い光が収束していく。
それはまるで一つの星の輝きのように眩く辺りを照らす。
そんなシエルの魔法を脅威と見たのか、炎の攻撃が一層激しさを増すが、展開したASの自動迎撃が完全にシャットアウトしてくれる。
だが急がなくては……。攻撃がより激しくなれば、いかに英雄であるシエルとて持たない。
「くっそおおおおおーーーー!!!」
「副隊長! 残りマナがもう……」
「マナがなければ杖を振るえ! 杖がないなら拳でも良い! 足掻け! 生きることを諦めるなッ!!」
(早く、早く!)
シエルは焦る。このまま辺りを照らすことができたとしても、マナが尽きればネクロウィザードとの戦闘すらままならない。
まだ補給兵ガリーナはロストしていない。
つまり今ここで辺りを照らすことができれば、逆転だってできるはずなのだ。
光がドクンと脈動した。
チャージが、完了したのだ。
「総員退避!! ブループラネットを撃つわ!」
「「「了解!!」」」
仲間の声は希望に満ちたものだった。
シエルは躊躇いもなく地上に向けてトリガーを引いた。
「ブループラネット……ファイアッ!!!!」
瞬間、蒼い星が流星の如く地上に向かって降り注いだ。莫大なマナの輝きで霧は切り払われ、地上に激突し、津波のように辺りへ拡散していく。
その時は皆の安堵の声が無線越しに聞こえた。
シエルだってこれでようやくまともに——
そう安心したのも束の間……。シエル達は目にしてしまった。
辺りがマナで照らされたから敵の姿が見えるのは必然。
だがそこに居たのは——
「カタカタカタ」
「カチカチ」
骨、スケルトンがどういうわけかアルデバランの装備を身に纏った姿だったのだ。
空を飛び、杖を握り、炎を放つその様はまるで、まるで——
『リャーイーフ・クルベキシタン・ターライマーカイフ・スルマ』
「誰だ!?」
リーンが叫ぶ。シエルの後方約3000メートルのところに、仲間を守るように息を切らした赤い髪の副隊長が居た。
それよりも今の声だ。明らかに人の言葉ではない。
なのになぜそれの意味が分かる?
それに僕だと言った。このスケルトンがさっきまでシエル達と戦っていた存在なのか?
『|ゲルルベズッタ・アイ《なんだ? もしかしてお気に召さなかったか》|ルーシュタリフ・ゼゼ《完璧にお前達の動きを真似たはずだが》ルカ』
「うるさい。あなた誰! もしかしてネクロウィザード!? だったら姿を現しなさい! 私たちはあなたを倒すためにここまで——」
『ヒャルマ』
それは突然動き出した。
シエル達はこの眼下に映る湿地帯が大地だと思っていた。だが、動いたのはその大地だと思っていた体だった。
『|ヘルスクラッダ・トル《私と謁見したかったのか》ダ・クルルベルシュタイン』
山と思えたそれは背骨。他のものと思っていたものは関節。
大地が起き上がる。土と思われたものは肉であり、骨であった。
全長何万キロメートルあるのだろうか。
シエル達は驚愕に染まった。
(まさか、まさかまさか。ネクロウィザードがこんなに大きいなんて——)
『ずっとお前達のそばにいたぞ』
この世界に大地など無かった。あるのはネクロウィザードの超巨大な体と虚空だけだった。
目に見えるのは人の体を模した骸骨。
そしてその周りには、ぶらんと吊るされるように出てきたスケルトンにレイス。そして——
「うっ……」
仲間の一人が吐いた。
シエルとてリーンとて、吐き気が込み上げてやまない。
なにせネクロウィザードが新たに出したのは——
『此度の戦いで新たなコレクションが増えた。感謝だ。これでまた寂しい時間を一人で過ごさなくても良くなったぞ』
それは魔導兵だった。首がなかったり、臓物が溢れていたり、顔がへしゃげ、舌がダランと伸びているような死体だった。
腐臭と冷気、そして肌にまとわりつく湿気。全てが不快だと感じさせた。
『全軍に通達! 我が軍の被害が80%に達した! 撤退、全軍撤退!』
無線からそんな声が聞こえた。
そうだ、さっきまで地上で戦っていた友軍は——
(落ちたっていうの? このどこに続くか分からない奈落に……)
「た、隊長……撤退命令が……」
「ここまで来て、ここまで犠牲を出して——」
成果は無い。いや、ネクロウィザードの全貌が明らかになっただけでも収穫か。
いや、それを収穫と言って良いのだろうか。相手は明らかに異形。それも大異形だ。
世界丸々一つ分の超大型カリギュラだ。
だが命令は絶対だ。それに今の戦力でどう戦えっていうのだろうか。
シエルとて明らかに戦力不足なのは分かりきっていた。
故に——
「各位撤退! 自分が生き残ることだけを考えて! しんがりは私が務めるから!」
だからシエルは逃がした。生き残った仲間を。
自分も。そこからはただ必死に射撃魔法をぶつけ続けた。途中、仲間達の悲鳴が聞こえ、途絶えた。
だけどそんなことに気を割くことさえできない。余裕すらない。
英雄と呼ばれた魔法少女は、またも失うこととなったのだ。
多くを、仲間を、信頼を。
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