第20話 一軍人シエルの憂鬱
「以上が、委員会の所有する戦力、そして作戦です」
シエル達が間借りしているホテルの一室。
暗い部屋の中には3つのモニターが設置されており、その画面には厳格そうな男性が手で口を覆うように肘をついて彼女を睨んでいた。
「執行官。まず慣れない土地での長きにわたる作戦遂行、ご苦労」
その3つのモニターの中に映る一人が息を吐いては、向こう側にある席にもたれ掛けた。
彼はシエルの上官であり、グリデンガルド魔装軍参謀長官——
「はっ! 勿体ないお言葉であります。バレードニア・グランバッツァー参謀長官」
「うむ。これは公式の場ではないのだ。崩してくれたまえ。それで、今の説明によれば我ら魔装軍の戦力よりも劣る委員会と連携する意味が見出せないのだが——」
「いえ! 模擬戦では確かに我々が勝利を収めはしましたが、それでもやはり彼らの力は必要でしょう」
シエルが話したのは先の模擬戦での内容であった。
参謀長官は結果だけを見てそう判断されたようであるが、中身をよく見れば協力は必須だと言える。
「まず単純に魔物達の耐久性が我々魔法使いを遥かに凌駕しています」
「そこまでか? ふむ……続けたまえ」
「はっ! 模擬戦で私の小隊による射撃魔法を受けてなお無傷だったのです。模擬戦故、加減はしましたが、それにしてもあそこまで無傷だったのは私のみならず隊の皆も驚きを隠せませんでした」
「無傷だと!? 執行官の小隊と言えば我が軍の中でも精鋭中の精鋭……」
シエルの小隊は軍はおろかグリデンガルド国内でも有名な実力者集団だ。かつての仇敵トルーパーの根城である巣を少数で攻略。そして世界に一度平和をもたらした英雄なのだ。
そんな小隊は軍内でも幾度か模擬戦を行っているが、どれも圧勝。対戦相手は全治1ヶ月の大怪我を負っていた。
手加減してなおこの被害なのだ。
それはバレードニアも周知している事実であり、今の話に驚かされた。
「バレードニア。今の話が事実であるのなら、やはり今作戦に彼らの助力は必要であろう」
「陛下……」
隣のモニター。そこに映るもう一人の男はグリデンガルド国王——ヒュルズ・ダット・グリデンガルドである。
「貴様らの話によれば此度の敵『ネクロウィザード』は死体を手駒に加える存在なのであろう? であれば攻撃力よりも耐久性、もしくは機動力が重要なはずだ」
ネクロウィザードの一番の脅威が倒した味方を手駒に加える点であり、その対策が『死なない事』であるのはヒュルズも理解しているようだ。
「陛下の仰るとおりですな」
「エルダ……」
バレードニアが睨む先、最後のモニターに映るのは軍とは関係のない人物でありつつも、グリデンガルド国内の物流を支配するエルダ商会会長のガッツベル・エルダだ。
「そんなに睨むなよバレードニア。これまであのカリギュラ討伐に割いた資金、物資はどこから出ていると思ってる。全部こちらの出費だぞ。結果も出ず、成果すらない。出たといえば犠牲になった兵の数と赤字まみれの領収書の山だけだ。むしろこちらが睨みたい所だぞ」
「ふんっ。有事の際は国民が一致団結して然るべきだ。貴様は随分と金を抱え込んでいるらしいからな。多少のことには目を瞑ってやってる以上、融通してもらわねば困ると言うものだ」
姿勢正しくモニターの前に立つシエルは今、もの凄く帰りたいと切望している。
なにせ我が国のトップが揃いも揃って言い争い始めたのだから……。それに。
(私の前でエルダ商会の裏話とかやめて欲しい……)
王と軍がエルダ商会の裏で行っているグレーゾーンの商売を見逃している事実。それを聞かされる身にもなって欲しい。正直、いや、かなり気が気ではない。
シエルは話を振られないように瞳をギュッと閉じて石像のように固まることしか出来ない。というか、それをしていなければ後が怖い。
(何も聞いてない何も聞いてない。私は石像、ここにある動かない石像の一つ)
ぎゃいぎゃい言い争っていた二人(主にバレードニアとガッツベルだが)に呆れたヒュルズが、こほんと咳払いをして、この終わりの見えない無駄話を切り上げさせた。
「して、我々は何をすれば良い、執行官」
「は、はい!」
正直助かったと、シエルは心よりヒュルズに忠誠を誓い直した。
「作戦に必要なのは物資、そして戦力です。なにぶん両側のホールから内部へ侵入するわけですので、敵の戦力もそれなりの数を当ててくるでしょうし」
確証はない。だがカリギュラとて生き物なのだ。
巣に侵入してきた外敵は全軍をもって蹴散らすだろう。
「だとすれば一般兵の参加は控え、上等兵以上の作戦投入が望ましいな、バレードニア」
「ですな。そうとなると装備も標準装備の物から、より高性能の物が欲しいところ——」
「それはエルダ商会に任せるとしよう。良いな、ガッツベル」
「陛下にお願いされたら断れませんな」
この場にヒュルズがいて本当に良かったと思えた。
ここに居るのがバレードニアとガッツベル、そしてシエルだけであったなら、このように話が進むことはなかっただろう。
なにぶん多忙な国王だ。このようなオンライン会議に参加してくれるだけ本当にありがたい話なわけだ。
だがそれは同時に、どのような職務よりも優先しなければならない一番の問題という事実でもある。
なにせネクロウィザードはファンタジーアース側よりも、グリデンガルドのあるアルデバランへの侵攻の方に力を割いているようなのだから。
「では話は以上であるな。執行官。引き続きそちら側の機関とも仲良くな」
「はっ! グリデンガルド代表として恥ずかしくない立ち振る舞いに気をつけます」
「貴様のことだ。そこは気にしていない。我が気にしているのは——」
ヒュルズの目が鋭くなった。それは先程までの2トップを諌める苦労人のようなものではなく。
「そちら側の世界を我らがどう扱うべきか……だ」
まさに王と呼ぶに相応しい顔つきであった。
シエルはその言葉に沈黙で返した。
理解していない風を装ったのだ。
ヒュルズが言いたいのは、こちら側、ファンタジーアースがグリデンガルドにとって有益な協力者となるか、または滅ぼすべき敵となるかだろう。
この数年、シエルは委員会の人間とそれなりに交友を深め、戦友として信頼出来る立ち位置を手に入れた。
にもかかわらず、自国のトップは上手く使える駒、最悪、属国にしてしまおうと考えているようだ。
なんと恐ろしい。その事実が今のシエルにとっては胸に突き刺さる刃の如く痛みを発する。
「ではな。また何かあれば連絡せよ」
「執行官、くれぐれも気をつけるんだぞ」
「はっ! お時間いただきありがとうございました!」
「そのお礼は平和を取り戻してからだな」
ぶつん、と通信が切れ、モニターは暗い画面になった。
暗い部屋に一人残されたシエルは重い息を吐く。肺の中の悪い空気を全て吐き出してしまおうと思ったのだろう。
「隊長、終わりましたか?」
扉の向こうからリーンの声が聞こえた。
「ええ、終わったわ。入って良いわよ」
「では失礼します」
暗い部屋に入るや、すぐに電気を付けたリーン。
パッと明るくなった電灯の光がシエルの目に燦々と突き刺さり、痛く感じさせた。
「どうでした?」
「まあ問題なく、滞りなく……ってところね」
近くにあったソファに埋もれるように座り、眉間を揉みしだく。見た目は幼女であるのに、その様子はまるで社会の荒波に揉まれまくった大人の女性のようだ。
「コーヒーを淹れましょうか」
「お願い。砂糖とミルクは——」
「2つずつですよね。分かってますよ」
手慣れた手つきで淹れてくれたコーヒーを受け取り、シエルは一口飲んだ。この甘い味と苦味が先ほどの憂鬱な会議を一瞬でも頭の中から消し去ってくれる。まさに癒しであった。
「問題なくってことは予定通り……」
「うん。作戦は決行されるわ。かなり厳しい戦いになる……」
戦力と装備は融通してくれると言ってくれたものの、やはり相手は未知の生物カリギュラなのだ。
今まで見せたこともない行動を見せる可能性だってある。
最悪、どれだけ戦死者が出るだろうか。考えただけでもゾッとする。
「大丈夫ですよ」
リーンは小さく笑い——
「隊長も見たでしょう? あのヒューマノイドの戦力を……」
ヒューマノイド。それが意味する人物は高井直哉だとシエルはすぐに気づいた。
「我が世界最強の隊長と、あの人型決戦兵器であるヒューマノイドの力が合わされば、きっと次こそは——」
「委員会のみんなもね」
そう、次こそは……。
もうあの時のようなヘマはしない。
シエルはコーヒーを口に含みながら、あの日のことを思い出すのだった。
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