第19話 oh!部屋!
「それで、どこが悪かったか分かったのか?」
全身煤まみれ、髪はアフロとなったギャグ漫画状態の直哉はタオルで煤を落としながら、壊れた装備を眺めるリコリスとクリシュに尋ねた。
「う〜ん。今の爆発は起動時に見られた以上、三種類のMEを一つに融合する回路に問題があったんだろうね」
「そうですね……。とは言え魔導力、魔力、マナの融合は試験段階でも90%の成功が見られましたので……問題は恐らく」
「「エーテル」」
どうやら問題点が見つかったようだが直哉にとってはまったく理解できない領域の話である。
全身の煤を落としていつの間にか髪型も元に戻った直哉はタオルを放り投げた。
「で、この後なにすれば? また実験か?」
「いいや。今のまま再実験しても君の体がまた黒焦げになるだけだろう。であれば再調整と行きたいところなんだけど……クリシュくん、時間はあるかな?」
「はい主任。元より私はこの国に派遣された技術顧問です。休息時間も私が勝手に管理していいと上より通達を受けてますので、なんでしたら24時間365日働くことだって可能ですよ」
その代わり全てが終わったら365連休もらいますが。と付け加えたクリシュ。なんて覚悟の決まった労働者だろうか。リーデリッヒも大概酷い異世界だったが、グリデンガルドも負けず劣らずの酷いブラック異世界なようだ。
(ブラック企業でギャーギャー喚いてた地球人としては恥ずかしい限りだよ、まったく……)
「んじゃ俺の役目は御免か?」
「ん〜。そうだけど、そうなんだけども……」
なんとも歯切れの悪いリコリス。
そんな彼女に代わってクリシュが答える。
「いえもう少しお付き合い頂けますか? 私たち二人だけでは考えが凝り固まってしまいますし……。ここは一度客観的な意見も欲しいのです。ね? 主任?」
「そ、そうだそうだねクリシュくん! 君の言う通りだよ。そうだ直哉くん。もう少し付き合いたまえ。どうせこの後暇してるだろ?」
人の1日をなんだと思ってるのだろうか。だがこの後に予定がないのも事実。やることと言えばシャワーを浴びて炭酸飲料を飲みながらダラダラ動画を眺めるだけだ。
仕方ないと直哉は息を吐いた。
「まあな。しゃあない。今日の晩飯お前の奢りでいいならいくらでも付き合ってやるよ」
「本当かい! それじゃあこっちに来たまえ! 君にはいろいろ見せておきたいものがあるからね。まったく君はお馬鹿だから僕が色々教えてあげなきゃね!」
「んだよ、酷い言いようじゃないか……。俺だってね? 頑張ってるの? 目覚めたばっかで今の世界情勢を頭に叩きつけられて大混乱してるんだぞ? お前にわかる? この辛さ」
「わーかーりーまーせーんー! わかりませんよーだ! いひひ」
二人仲良く肩を並べて実験場から出ていくのを後ろから微笑ましそうに見つめるクリシュ。
(まったく、主任には困ったものですね)
彼女はここに来てまだ数ヶ月の身であるが、その大半の時間をアイリスと共に過ごした。
彼女は快活で知的な天才科学者だということもクリシュは把握している。
そんな彼女がずっと口にしていたのは彼、高井直哉のことばかりだ。
眠り続ける直哉のことを家族だ。大事な人だ。一緒にいるとポカポカするんだと聞かされてクリシュは「はいはいそうですか〜」と聞き流していたのだが、今彼と一緒にいるアイリスを見て答えが出た。
(彼のことが好きなんですね。主任)
であればもっと正直に口にすれば良いのに。と思うわけだが……。残念ながらクリシュは愛とか恋とかそういう浮かれた話には疎かった。
察しはいいのだが恋の駆け引きなど全くどうでも良い世界の話だったので彼女にとっては『好きです! 付き合ってください!』『OKもちろんさ!』の単純な世界で良いじゃないかと考えていたのだが。
(あの主任の顔……なるほど、あれが恋する乙女の素顔ですか……興味深いですね)
ホクホクと笑顔を浮かべたクリシュは少し遅れて二人の後を追い掛けるのだった。
***
アイリスとクリシュの研究室は薄暗く、モニターだらけで、なにより物が乱雑に散らばっていた。
いわゆる、汚部屋と言って遜色ないレベルだ。
「お、おい……なんだよこれ、いつの弁当だよ……」
「ん? あー1ヶ月前だね。いや〜。いつもゴミの日に捨てよう捨てようと思っててもね、つい寝坊してタイミングを逃しちゃうんだよね〜」
直哉はギョッとした。今踏みつけたのは変色した焼きそばパンではないか。
パンッと破れた包装の穴に向かって小虫が『わーいご馳走だー』と言ったように雪崩れ込む光景にヒューマノイドながらゾゾゾと背筋が凍ったのだ。
「ねえねえクリシュさん? あなたはこの部屋の惨状を見て何も感じないのです?」
「はい? 今汚部屋の惨状、ですか? まあ多少散らかってますが仕事にはなんの支障もないかと……」
天才というのはどうしてこう揃いも揃って思考回路が同じなのだろうか。
思えば五年前のアイリスも部屋を散らかしては直哉が掃除して綺麗に整えていた。
そんな自分が離れて五年。アイリスが一人で過ごすともなれば散らかり汚れてしまうのは必然。
しかもそれが×2ときた。
二人は揃いも揃って部屋の惨状には目もくれずあれやこれやとモニターと睨めっこしつつ意見交換に勤しんでいる。
直哉はムカっとした。
これが女の子の部屋でいいのかと、いや良くないと!
「おいお前ら……」
「「ん?」」
二人は振り返る。そこには先ほどまでの直哉の姿はなく。いつの間にか、どこからか持ち出した白いエプロンに白い巾着を被った掃除要員高井直哉の姿があった。
「掃除だ……」
「掃除? そんなの次のゴミの日の前日でいいじゃないか」
「そうですよ。それより今は装備の調整を——」
「掃除だ馬鹿野郎ーーーー!!!」
ピョンと跳ねて全身を直哉に向けたアイリスとクリシュは気付けば正座をしていた。
まるで肉食動物に威嚇された野ウサギのようである。
「いいか! 女の子たるもの清潔であれ! まあ男も例外じゃねぇけど、ここまで汚れた部屋で仕事するもんじゃありません!」
「で、でもでも、別に仕事に支障をきたしてるわけじゃ……ねえクリシュくん」
「そ、そうですよ。何もそこまで熱くならなくても——」
ビキビキッ!
直哉の頭部、血管であろうケーブルが浮き上がりさも『大激怒』であるとアイリスとクリシュは見て取れた。そして二人して抱き合い震え上がった。
「シノゴも言わずに掃除だ掃除ぃぃーーーー!!! 今すぐやる、さっさとやる! はい行動開始ぃぃーーーー!!」
「「は、はいぃぃーー!!」」
人間正座したまま飛べるのだと二人は初めて知った。
目の前の閻魔大王をこれ以上怒り狂わせる訳にはいかないと急ぎ廊下に出て掃除用具から箒にモップ、そしてエプロンを身につけ——
「研究だ? 再調整だ? その前に俺がお前らの部屋を再調整してやんよ!! ほら部屋の端から一個ずつ片付けろ! おいアイリス! それは燃えないごみだ! 燃えるゴミの袋に入れんじゃねぇ!」
「ひょ、ひょえぇ〜。ゴミなんてどれも同じじゃないか〜」
「まったくちっがーーーーう!!」
大噴火。こうしてアイリスとクリシュはお掃除閻魔大王高井直哉のスパルタお掃除教室を受ける事となった。
予定では今日中に仕上げるはずだった装備はデスクに置かれたまま、必死に腕を足を動かし続けた。
なにせ止まればお叱りを受けるのだから。
クリシュは思った。
直哉を怒らせてはいけないと……。
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