第14話 飲みニケーション
『春風』は大妖帝国大和の領土である。
だが国外を飛び続ける以上、実質独立した国のような扱いを受けており、独立したライフラインを確立していた。
故に作物や食用肉は春風で生産され、春風から外国への輸出、そして外国からの輸入も盛んだ。
とまあ離れ小島ではあるのだが、物資に事欠かないのだから、繁華街は飲食店が多く立ち並んでいるし、街灯も煌びやかで、直哉の元住んでいた日本と大差ないのである。
「そんじゃ、次の作戦の成功を願って、かんぱぁーい!」
「「かんぱぁーい!」」
ここはそんな繁華街の中にある小さな居酒屋『蕨大福』。外観は雑居ビルの一階だけを日本風(今は大和風と呼ぶ)に整えられた、なんとも都会にある居酒屋チェーン店のようだが、ここは一応個人経営店だ。
そんな店で直哉達は作戦前の交流という名目でグリデンガルド魔装兵達とレッツ飲みニケーションと洒落込んでいるわけだが、もちろん計画したのは砕華だ。
酒好きの大和国民の中でも大酒豪と呼ばれる彼女は、毎回何かに託けては大宴会を開くのが委員会の定例行事と化しているらしい。
どんちゃん騒ぎつつ、そこらで喧嘩が起こりつつ、それを見ながらみんながヤジを飛ばしまくる中、シエル達魔法使い達はみんなソフトドリンクを片手に静かにお食事中である。
そんな彼女達の隣に座っていた直哉は、まあ気まずく感じている訳だ。
交流会と言うのだから幹事である砕華が中を取り持って欲しいのだが、残念ながら砕華は既に顔を真っ赤にして仲間内で肩を組み合っているので頼りにはならない。
「い、いや〜。ごめんな? お酒飲めないのにさ……」
「いえいえ。構いませんよ? 私たちも委員会とは仲を深めておくべきだと考えていたところですから」
朗らかな笑顔で返してくれる見た目13歳の少女シエルに気を遣われて、直哉はぎこちない笑顔を返すだけだ。
これが大人であれば会話に困る事はなかっただろう。
だがシエル達は見た目こそ子供で、中身は直哉達よりもうんと年上の存在でありつつ、また職業軍人だ。
しかもいつでも出撃可能状態であれ! という軍規が定められている故にアルコールは控えていて、会話が思ったように弾まないのである。
ただこのままなんとなーく気まずーい雰囲気のままでは居心地が悪すぎたので、直哉は意を決して話題を振ることにした。
直哉一世一代のアプローチ。(少女に対して)
「あ、あの〜。ご趣味は?」
「はい?」
笑顔のまま顔を傾けたシエル。ただ彼女の声はハッキリと『何いってんだこいつ?』という色が伺えた。
(俺何聞いちゃってんのー!! こういうのはまず共通の話題から振るところでしょーが! 大体『趣味は?』じゃねーよ! 見合いか! いや確かにシエルは可愛いよ? 見た目こそ犯罪的ロリだけどれっきとした成人女性だから合法ではあるけど、攻め込みすぎでしょーが!!)
直哉の精神年齢は十六のままではあるが、生きた年数は30年を超える。
そして今までは人間としての感情が再現のみで設定されていたのだが、今は感情を完全に取り戻している状態。
故に小っ恥ずかしい。赤っ恥。醜態の晒し者状態であり、シエル並びに彼女の周りに席につく魔法少女達も目をキョトンとさせてしまっている。
「趣味ですか……え〜」
シエルは頬を赤らめて気まずそうだった。
踏み込みすぎたと直哉が後悔していたが……。
「すみません」
返ってきた答えは謝罪だった。なんで?
「私、これまでずっと戦いばかりの人生でしたのでこれと言った趣味はないんですよ……。だからすみません。その質問に私は答えることができなくて……」
「ずっとって……何年」
「三十年……ですね」
にこっと笑顔を向けて答えられたその年数は異常だと直哉には思えた。
見た目こそ少女であるが、三十年と言うことは、シエルが子供の頃から戦っていると言うことではないのか?
「私の世界は元々別のモンスターと戦っていたんですよ」
「別の……?」
「はい。見た目は虫なんですけどね、私達人間が暮らす上で必要な鉱石、マナタイトを主食にするトルーパーという敵と何十年も戦っていたんです」
シエルは語る。アルデバランでの長い戦争の歴史を。トルーパーという化け物に数多くの戦友を食われて失った話を。
彼女は部下を失っても、無能だと謗られても諦めず戦い続けた。そして遂にトルーパーの巣を撃破することに成功したのだと。
「でもまさかトルーパーを倒したと思ったら今度は新しい敵が現れるじゃないですか……。せっかく平和な世界を堪能できると思ったのに……。世界って上手くできてますよね」
「そ、それは……」
直哉はどう言葉を返していいか分からなかった。
きっとシエルは自分以上に辛い時間を過ごしてきたはずだ。仲間を失う悲しみは直哉にだって痛いほどわかる。だがそれでも十年だ。そんな自分より二十年も長く戦い、より多くのものを失ってきた彼女の抱える悲しみと絶望にどう返せばいいというのだ。
直哉にはそんな気の利いた言葉はない。存在、しない。
「あっ! すみませんこんな話。面白く無かったですよね」
「いや、教えてくれてありがとう」
「え?」
返す言葉はない。だけど力はある。
カリギュラをぶっ倒すための力が、アイリスが作ってくれた体がある。
そう思い、直哉はシエルの手を握る。その幼い瞳を真っ直ぐ見つめる。
「「「わぁ……」」」
周りの魔法少女達が何やら声を上げていたが、直哉は気にせず。
「大丈夫。カリギュラなんて俺がぶっ倒してやる。平和な時間を堪能するのももうすぐだ。もしシエルの世界が平和になったらさ。その時は新しい趣味でも探そうぜ」
「見つかるでしょうか……。戦うことしか知らない私なんかに……」
「だったら一緒に探してやるよ。俺は平和な地球出身だからな。娯楽に関してはなんでも知ってるぜ」
だから任せな。と直哉は言った。
シエルはどこか嬉しそうに、もどかしそうに俯いて頷いた。
そうだ、平和な世界なんてこれから作ればいい。敵が立ち塞がるのなら共に協力して立ち向かえばいい。
今回の共同作戦もその始まりなのだから。
「ねぇ今のってプロポーズ?」
「うそうそ! ほんと? 私生のプロポーズなんて初めて見たんですけど」
「黙りなさい。ま、まあ隊長も良い年ですし……殿方との逢瀬にもそろそろ本格的に踏み出しても良いかもしれませんが」
「へ?」
魔法少女達の言葉に直哉は間抜けな声が漏れた。
プロ、ポーズ?
そういえば先程からシエルの顔が真っ赤ではないだろうか。思えば強く掴んだこの手、そして真っ直ぐ見つめてしまってる今の状況は——
「ご、ごごご、ごめん!」
デリカシーに欠けすぎる行動を取っていたとようやく気付いた直哉は慌てて手を離したが、「あっ……」と声を漏らしたシエルは何故か残念そうだった。
「なーおーやーくーん?」
ギクリ。直哉は振り返る。そこにはなんとも可愛らしいファッションに身を包んだアイリスが、まるで大黒天魔王の如く髪を揺らして目をギラギラさせて直哉を見下ろしているではないか。
「僕というものがありながら堂々と浮気だなんて……やってくれるじゃないか」
「待て待て! 浮気!? 心外だぞ! 俺とシエルはそんなんじゃ——」
直哉は援護を求めようとシエルを振り返る。
が、なんでそんな悲しい顔を浮かべているのです?
なんで一言も話してくれないんです?
直哉にはワカラナイ。センタクヲマチガエタノデショウカ?
「この節操なし!!」
「まてまてまて! そもそも俺は誰とも結婚してないし付き合っても——ぶべっ!!」
振り下ろされたジョッキが直哉の頭に炸裂。
ゴゥン! と頭に鐘の音が鳴り響いた。
アイリスの力はどういうわけか直哉が知っている頃よりも強く育っていて、今の一撃は直哉の意識を断つほどに強烈だった。
「まったく! 君って奴はもう少し女性というものを学んだほうが良いんじゃないかな!」
「あ、アイリスさん。直哉さん、もう聞いてないんじゃないかしら……」
「ん?」
シエルに言われアイリスは床で白目を剥く直哉を見た。
「な、なおやくーーーん!!!?」
アイリスは直哉にしがみつく。まるで愛する人間を失った恋人のように……。
だがシエルと近くにいた魔法少女達は見ていた。
いやいや、あんたがぶっ飛ばしたんじゃないか……と。
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