第11話 撃退後の直哉くん
直哉はこの場から飛び去る『ゲルルンギラス』を遠くに眺めていた。
心臓は確かにこの手で砕いたはずだったのだが、ご覧の通り討伐することは叶わず撃退という形に収まったのだ。
すぐに追撃を、と追いかけようとしたのをシエルが止めた。これ以上は無理だと。
仕留め損なった悔しさに歯噛みする直哉であったが、駆けつけた砕華たち百鬼夜行部隊はそんな彼を称えた。
だが、褒められるようなことはしていない。むしろ『なぜ仕留め損なった』と追求されるべきじゃないかと思っていると、砕華が悔しげな直哉の背中を励ますように叩いた。
「そう落ち込むなって、『ゲルマニョンテレス』はそういう奴なんだ」
「ゲルルンギラス、な。そんないつの時代のテレスさんみたいにあの化け物を呼ぶなよ。で? そういうやつってどういう意味だ?」
「んー。それは……」
「超大型カリギュラ『ゲルルンギラス』は超再生能力を持っているからですよ」
思い出そうと唸る砕華の代わりに答えたのはシエルだった。彼女の周りには同じ背丈ほどの少女達が直立して直哉を睨んでいた。
睨まれるようなことしたかな? と若干顔が引き攣りつつも、そんなのお構い無しにシエルは続ける。
「どれだけ攻撃しても、どんな兵器や魔法をぶつけても数分後には再生して生命活動を継続する。それが奴なんです。ですが今回の作戦で収穫もありました」
「収穫? ただ逃しただけなのに?」
「砕華さんのいう通りそこまで悲観しないでください。収穫、今回高井さんが砕いた心臓。私もこの目で確認しましたが確実に破壊に至っていました。ですがゲルルンギラスは生きている。再生も間に合っていなかったのにも関わらず……それが意味することはおそらく、心臓がまだ存在するということでしょう」
「マジか……んな猫の魂は複数あるみたいな……」
「それがカリギュラなんです。私たちの世界の尺度で推し量れない未知の次元生命体。全次元世界共通の敵なのですから」
とんでもない世界だなと直哉は思った。
そんな世界に変えたのはクルーエルだが、そういえば奴は今どこで何をしているのだろうか。
のたれ死んだのだろうか、いやそれはないだろう。
どうせ今もどこかでこの世界の代わりようを楽しみつつ悪事を計画してるに違いない。
「直哉?」
「あ、ああ。ごめんちょっと考え事をな」
不安げに直哉の顔を覗き込む砕華になんでもないと答えつつ、直哉達は今作線終了と委員会本部へと帰還することになった。
カリギュラ、今の世界、そして直哉の目の前で魅せられた魔法少女の戦闘力を持ってしても委員会に協力を仰ぐほどの問題。
考えるべき点が山のようにあるなと直哉は輸送機の中でため息を漏らすのだった。
***
直哉が目覚めてから3日。
帰還した後はゲルルンギラスの生態についての会議で職員にアイリス達が慌ただしく仕事に励む中、直哉は一旦砕華率いる百鬼夜行部隊に配置される事になった。
シエル達の世界の問題をなんとかするんじゃなかったのか? と思ったのだが、問題はどこにでも転がっているので並行して解決に当たらなければならないという。
そして並行に解決するための人材が乏しいのがこの委員会の目下の問題であった。
故に1つずつ片付けましょうと提案したのがシエル達魔法少女だった。なんとも有難い提案だろう。
彼女達もすぐに問題解決に取り組みたいだろうに。
「おーら走れ走れぇ! そんな生まれたての子鹿みたいな走り方で戦場を生き抜けると思うなよー! ひっく」
炎天下の下、浮島という標高の高く酸素の薄い場所で演習場100周という地獄を隊員達と共に直哉は走り込んでいた。
鬼軍曹のように隣を走る砕華の顔は真っ赤で酒臭い。
なにやら隊員達と賭け事をやっていたようだが、それに見事勝利して酒代が浮いたと仕事中であるはずなのに手には大魔王と書かれた焼酎瓶を水筒のように扇ぎ飲んでいた。
「はぁはぁ、きっつい……」
「なーにがキツイだ。これからもっとキツイ戦いが待ってるってのによ!」
息を切らしていたのは直哉だった。
5年前は無限に等しいスタミナがあったはずなのだが、現在の肉体というか機体にはスタミナの概念が存在し、現在37週である今、肉体に蓄積された疲労感はピークに達していた。
なんでも今の体は人間とほぼ同じ作りなのだから当然だと砕華は言うのだが——
「人間の体に近づいたんだから鍛えりゃ強くなるってこおった。ほら走れ走れー! 馬車馬の如く奴隷の如くなー」
「人道的扱いを所望します……砕華さん」
「馬鹿言ってんじゃねぇよ」
どうやら話を聞くつもりはないらしい。
親分なのに、下につくって言ったのに、と直哉は息を切らしながら恨めしそうにの女の真っ赤中をを睨む。
そんなかれの隣に百鬼夜行の隊員達が速度を合わせてきて——
「なーおや。なんだよもうへばったのか?」
「これじゃ今日の飯代も直哉持ちだな。はっはっは。お前が来てからというもの食費が浮いて財布の中も超潤ってるってもんだぜ」
「お、お前らなぁ……俺が新人だからって好き放題食い物にして良いって話じゃないんだぞ……」
煽り散らかすだけ煽り散らかして二人は直哉を置いて前へ走り去っていく。
ここに配属されてから2日。
訓練のたび、最下位を取るたびに直哉は部隊の全員の食事代を奢らされていて、財布の中はもうスッカラカンだ。
そんな悪質な現場環境ではあるが上司の砕華はそれを良しとする第三者委員会もしくは労働基準局が見れば速攻懲罰対象の筈なのだが……残念ながらこの委員会はそんな当たり前のルールとは隔絶された社会らしい。
「直哉、確かにお前は強いけどよぉ、継戦能力が皆無なのが難点だな」
「うっせ、俺は元々平和な時代を生きる高校生だったんだ。化け物討伐を生業にするファンタジー世界の常識に当てこむなよな」
「そんなファンタジー世界になったんだから諦めろっと何回も言ってるじゃないか」
その通りですね、はいはいあなたのいう通りですよ、と直哉はブツブツ文句を垂れながら終わりの見えないマラソンに勤しむ。
(あー、なんで俺は戦闘職員配置なんだよぉ。どうせならアイリスと同じ部署にしてくれたってよかったじゃんかよぉ〜)
と演習場のそばにある高い建物、その中に居るであろうアイリスを羨ましがる直哉であった。
「ほら速度が落ちてんぞ!」
「ひぃ〜」
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