第10話 共同戦線
魔法少女のうちの一人、副隊長である赤の少女リーンは、肩まで伸ばした髪に騎士甲冑のような装いではあるが、れっきとした魔法少女である。
彼女の腕にはアサルトロッドが握られていて、今も部下達とトンボ型カリギュラを撃滅しながら、シエルの命令通りにゲルルンギラスの体を攻撃しつつ弱点を探っていた。
(忌々しい。一体どれだけ大きい体なの!?)
命令から十分ほど経過した、と思う。
だが現在、頭部から背中の辺りまでしか攻撃は完了していない。
幸い、尻尾と思われる終わりが目に小さく映っているあたり、終わりがあることだけは確かだ。
だがそれでも先は長い。それまで弾倉が持つかどうか……。
リーンは歯噛みしながらリロードを行う。
「みんな! 残り弾倉は!」
「キルシュベルト残り五!」
「カロライン残り三つで〜す」
「ヒンク残り一だ」
(私の残りは六……まったく、この体を全部撃って調べるには足りなさ過ぎる)
シエルからこの部隊の指揮を託されているリーンは、考えなければならない。この残り弾倉が少ない状況で、いかに隊長の命令を遂行できるのかを。
リーンにはそれが出来ると信じて、シエルは指揮を託したのだ。
であれば、それに応えないと。
応えなければとリーンは各自に命令を伝える。
「作戦変更! 飽和攻撃から連携爆撃魔法にシフト!」
「「「了解!」」」
連携爆撃魔法。
通常、魔法少女はアサルトロッドに装填されたマナを消費して射撃魔法を行使するのだが、なにも射撃魔法しか使えないわけではない。
使い勝手は良いのだが、いかんせん対群性能には劣るのだ。
そこで開発されたのが、部隊全員のマナを結集して放つ爆撃魔法。
本来は群を相手にして放つものだが――
「残りが少ない今、もうこれしか方法はない! 私が隙を作る。あなた達は上昇して詠唱を!」
「「「了解です! ご武運を!」」」
リーンは部隊から離れて、ゲルルンギラスの背中……全体の中心地を目指す。
爆撃魔法には各員の承認、同調、射出といった形式を踏む必要がある。これは詠唱と呼ぶのだが。
ただ問題が一つ。その形式を踏むプロセスが非常に長いのだ。本来は後方部隊が前線部隊から座標を知らされて放つ魔法なのだから。
であれば、体の上で一人、座標を定めて指示し、時間を稼ぐ必要がある。
そのためシエルに次ぐ魔法少女の中でも戦闘経験の長いリーンが請け負う必要があった。
トンボ型カリギュラを蹴散らし、部下の元へ向かうのを阻止しつつ、リーンは探る。
背中から尻尾までをちょうど巻き込める爆撃ポイントを。
必死に目を凝らし、敵の攻撃を卓越した飛行技術で回避しつつ、ようやくそのポイントを定めた。
背中を大きく下った腰辺りの位置からであれば、尻尾の先端まで巻き込めるだろうと。
「詠唱は!」
『あとは座標の固定だけです!』
『リーンさん早く。もうこれ以上は――』
通信越しに聞こえる羽音は、カリギュラの攻撃を受けているからだろう。
いかにリーンが一人で注意を引くにも、この大群全てを請け負うことはできない。
これが隊長であれば……と悔しさで歯を噛み締める。
「座標X3678Y1694!」
『了解! 聞こえたわよね! やるわよみんな!』
リーンは急ぎ部隊の元へ戻る。
空の向こうに三人が円を組んで杖の先端を重ねるように掲げている。
重なった杖に白い輝きが収束していた。
あとはそれを打ち込むだけ。
だが――
「ぐっ!」
「耐えろ!」
「でもこの数じゃ撃つのも難しいわよ」
カリギュラ達は無防備な魔法少女達を見逃さない。
反撃しないのを良いことに肉薄しては彼女達の体に噛みついていく。
フリルドレスだとか神官のようなローブだとかいった魔法少女のコスチュームを噛み破り、その内側の肉すらも食い破る。
血が滴ってリーンの頬に掛かる。
このままでは持たないと杖を構えて射撃する。
何体かは追い払えたが、数が多すぎた。
「もうだめ! 撃ちます!!」
「ダメだ! まだ最後の座標の設定が――」
「でもこのままじゃ全滅――」
リーンが速度を上げて上昇するが――
(だめだ。間に合わない)
そう思った瞬間、白い煙が彼女達を包み込んだ。
その煙は巨大な掌となってグルリとカリギュラ達を巻き込んで掴み取る。
「な、なにが!?」
魔法少女のうちの一人、黄色の少女キルシュベルトがいきなり現れた掌に目を剥いた。
煙の中に部隊の誰とも違う女の姿が浮かんでいた。
「よー。エリート様。随分と苦戦なさって」
そこに居たのは、対ホール対策委員会の制服を着込んだ角を生やした魔物だった。
彼女は不敵に笑って――
「カカカ! なにやらどデカいことしようとしてるみたいだが、手伝ってやんよ」
グシャリとカリギュラを握りつぶした掌は消える。
迫り来るカリギュラは下方の魔物達が魔法少女の知らない魔法で焼き尽くしていく。
「撃つんだろそれ」
「へ?」
「ほらさっさとしろぉ。こっちは一週間分の酒代が掛かってんだからよ」
と言われてもキルシュベルトには関係のない話すぎて理解できない。
だが、この女のおかげで座標の設定は済んだ。
「リーンさん。撃ちます!」
キルシュベルトはインカムにそう叫び――
「爆撃魔法、座標ポイントへ向けて……発破!!」
「「発破!!」」
ドシュンと白の球体が放たれた。
その輝きはカリギュラ達を巻き込み、ゲルルンギラスの下腹部へと向かい――
直撃。
閃光が辺り一帯を白色に包み込んだ。
遅れて響く爆音と衝撃波。
「rhが:psfふqbfv!!!!!?」
ゲルルンギラスの声ならぬ絶叫がこだました。
まるでクジラの鳴き声のようにも聞こえる絶叫は、確実にダメージを与えたのだろう。
そうしてここにいる全員は見つけた。
尻尾の先端から少し手前、そこに輝く紅玉を。
「見つけた!! 私の勝ちだッ!」
砕華は歓喜する。
これで一週間分の酒代は貰ったと。
魔法少女達は急ぎ、見つけたとシエルへ連絡を入れる。
駆けつけたリーンはそんな魔法少女達を労い、駆けつけてくれた砕華に敬礼を向けるのだった。
***
「見つけました! 目標は最後尾付近。今からそこまであなたを連れて行きます」
シエルは部下達から入った連絡を聞いて、すぐに加速し始めた。
ゲルルンギラスの上空はカリギュラで埋め尽くされている。そこから突撃するのは危険が伴う。
だから彼女が選んだルートは腹部からの潜空飛行。
あれだけ派手な攻撃をまともに受けたのだ。敵は全て上にいる部下へ注意を向けていて、腹部周りにカリギュラの姿はあまりなかった。
「ファイアッ!」
シエルは杖を前に向けてトリガーを引く。
その先端から青色の閃光が放たれ、道を開いていく。
これが……魔法少女か、と直哉は感嘆せずにはいられなかった。
直哉がよく知る魔法少女は、地に足をつけて長い魔法の詠唱をしたり、日曜朝に放送されているような、変身時間は無敵で格闘戦が卓越しているものだった。
だが今、彼の目に映る魔法少女はそれらとは違う。
まるで戦闘機のような戦い方……。
見た目こそ可愛らしい魔法少女であるのに、戦闘スタイルは一切の無駄がない、目的達成のためだけに特化した技術だ。
そんなシエルは直哉を左手にぶら下げて上昇する。
あっという間に目的のポイントへ辿り着いた二人は眼下に見える紅玉を目にする。
「あれがカリギュラの心臓です」
「あれが……なら、あとはあれを叩けば!」
直哉は拳を握る。
だが――
ベキベキベキ、と紅玉の周りに何やら硬そうな骨格がまとわりついていくのが見えた。
「なっ!?」
「やっぱり再生能力までありましたか」
「やっぱりって、シエルは気づいてたのか!?」
「いえ。常に最悪を想定しているだけです。私たちが一番やられて困るのが持久戦ですので、その中でも厄介な能力は再生だと考えていたんです」
そこまで考えて――
あの高速戦闘の最中、部下達をまとめつつ、臨機応変に状況を分析して、最悪に備えておくことなんて、直哉にはできそうにないだろう。
まさしくプロだ。
彼女は魔法少女のプロだと、直哉は心の中で称賛する。
そんな彼女は、
「まあ、対策はしてるんですけどね」
と付け加える。
シエルが杖を掲げると、空の上の上。
雲と雲の隙間から蒼い輝きが陽光のように差し込んだ。
直哉はその輝きに目を向けると――
(なんだ、あれは――)
蒼い星がそこにはあった。
小さな惑星にも見えるそれは、今も大気中から光の粒子を吸収して大きく育っていく。
「爆撃魔法。本来は多人数で放つ魔法なんですが――」
「おい、おいおいおい。まさかお前一人であれを作ったってのか!?」
マルチタスクが過ぎるだろう。
自分が同じようなことを実践すれば、きっとメチャクチャなことになる自信が直哉にはあった。
だがシエルはそれをやってのけた。
涼しい顔をして、悪態もつかずに。
「では高井さん。あの防御は私が砕きます。あとはお任せしますね」
「もうお前だけで良いんじゃないのか?」
「ん? それは無理ですよ。この魔法は威力こそ高いですが、一点に衝撃を打ち込むことができないので、威力が分散して破壊できませんもん。それに他の魔法を使えるだけの猶予も無さそうですし」
「猶予があればいけるのね」
と答えた瞬間、シエルが直哉の手を離した。
「ではお願いしますね〜」
手を振って直哉を見送ったシエルは杖を振り下ろす。
要は直哉の拳が、一番素早く確実に心臓を破壊出来るから頼られたのだろう。
「ブループラネット! ファイアッ!!」
シエルの声と共に、蒼の星は落ちる。
その星の輝きは直哉を横切り、ゲルルンギラスの心臓へと激突して、そこを守る白い骨が粉々に砕けていく。
その強烈な爆風を直哉は突っ切る。
真っ直ぐ。
真っ直ぐ。
顔を打ち付けてくる衝撃を腕で防ぎつつ。
どうやらこの魔法は味方には影響を及ぼさないようで、衝撃波は受けつつも爆破に身を砕かれることはなかった。
そんな直哉はようやく辿り着く。
心臓に。
「んじゃ。終わらせますか!!」
グッと握った拳。
それを全力でドカンと穿つ。
ゴキャッ! と紅玉が砕ける音が響き渡った。
同時に、ゲルルンギラスの咆哮がこの空域に響き渡った。
それは耳を劈くほどの高音で、直哉の鼓膜が破れそうだった。
だが彼は拳をさらに押し付ける。
今、一撃で終わらせると。
覚悟を乗せた一撃を。
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