第8話 目覚めの一撃と目覚めの反撃
超パワーだけが残っていると直哉はアイリスから聞いていた。
聞いていたのだが、ここまで凄まじかったか? と一足で飛んだこの一歩に驚きを禁じ得ない。
頬を激しく打ち付ける風圧は、先ほどの降下よりもさらに一層激しく重たい。
そう、一歩だ。たったの一歩、フィールドを蹴って飛び出した一歩で、先を駆けていったはずの隊員達を置き去りにして、何百メートルという距離を突き進んだのだ。
スーパーマンになっちまったのか? はたまた何処ぞの漫画の能力継承者になったのか? そう思えてしまうほどの脚力に、直哉はただ驚くばかりだった。
迫るトンボの化け物は直哉に激突してはぐちゃりと潰れる。その様はまるで車に飛び込む羽虫の如くだ。
痛覚も今の直哉には備え付けられている分、めちゃくちゃ痛いのだが、体に一切の負傷がないのは、おそらく超パワーによる耐久性向上の副産物ということだろう。
そんな超高速で、一直線に敵を跳ね飛ばしながら突き進む直哉を、シエルは上空から見ていた。
「あれは……なんですか」
自分の飛行速度よりも速い直哉。シエルには信じられない光景だった。シエルの飛行速度はマッハ2を超えるというのに、下方にいる味方? と思われる少年の速度はそれを遥かに凌駕している。
「アイリス主任の紹介では、たしか……高井直哉さんでしたか。まさかこれほどまでの実力があっただなんて」
シエルはグリデンガルドに発生したホール、その中に存在するカリギュラ討伐のため、軍上層部より対ホール対策委員会に協力を仰ぐために派遣された。
あの場所には幾つかの異世界から集まった人材、戦力が揃っているからと。
勿論シエルは5年前、この世界で初めて砕華と接触していたので、委員会の戦力を疑うことはなかった。
だがそれでも、あの少年の力はそんな粒揃いの委員会職員の力を遥かに超越している。
シエル達魔法少女が隊列を組んで各個撃破していくのに対して、あの少年は単独で、ただの体当たりで駆逐していくのだから。
「だからアイリス主任は彼を紹介した、そういう事ですか」
フッと笑みを浮かべる。迫るトンボ型カリギュラを、射撃魔法とバリエーションであるホーミング効果を付与した射撃魔法を駆使しながら確実に撃破する。
シエルと直哉。そして後方の魔法少女小隊と砕華の部隊がカリギュラを撃破していく様子から、戦況は大きく彼等に傾いていた。
対する『ゲルルンギラス』は、ただ泳ぐように進み続けるのみだ。相手が小さすぎて見えていないのだろうか。もしくは仲間であるはずのトンボ型は勝手に付き纏うだけの存在ゆえ、目の前で駆逐されたとしても関係ないと我関せずなのか。
いずれにせよ『ゲルルンギラス』の動きは鈍い。ただ前へ進み続けるのみだった。まるで波ごときには興味がないと言ったように……。
だからだろうか。この化け物に一番初めに辿り着いた、豆粒に等しい少年が握った小さな拳が『ゲルルンギラス』の下顎を殴り上げた、その瞬間まで動きがなかったのは。
「うおらあああーーーーー!!!!」
直哉の叫びが空に響いた。
直哉の目の前に映るのは、灰色のブツブツとブヨブヨとした肉の壁で埋め尽くされている光景。
ここに来るまでに、彼は自分の力が過去よりも遥かに向上していることを、もう体感で覚えた。
なら次は攻撃力はどうだと、この大きな化け物にアッパーカットを放つことにしたのだ。
拳が肉にめり込む。拳は止まることを知らず、肉の壁に二の腕まで食い込ませることができた。
それはまるで限界まで伸ばしたゴムが解き放たれるように、肉をバチンと弾ませ、空気を破裂させるような音を振り撒きながら、化け物の顔面を真上へと浮かせることに成功した。
「ふfふh「jghirvwーーーッッ!!?」
得体の知れない化け物の声。痛みに苦しんでいるのか、はたまたいきなり下から突き上げられた衝撃に驚愕したのか、直哉には分からない。なにせ視界には肉壁しか見えないのだから。
だが上空を飛んでいたシエルは見た。
『ゲルルンギラス』が、世界でも『目覚めたら一国は確実に滅ぶ』と言わしめたカリギュラが、その目をぎょろりと動かし、衝撃を受けた下方へ向けていたのを。
瞬間、シエルは察する。
このカリギュラは今『目覚めた』のだと。
「高井さん!! 反撃が来ますッ!!」
故にシエルは下方にいる少年に向かって声を上げた。
ゲルルンギラスの敵意は完全に直哉へと向いている。
だが直哉はおそらく見えていない。このゲルルンギラスが彼を潰さんと動き始めたことに。
「聞こえてない。なら——」
急ぎ急降下する。その最中、射撃魔法をフルオートでゲルルンギラスにぶつけ、注意をこちらに向けようと試みた。
だが先ほどの直哉の打撃をゲルルンギラスは脅威と認識しているのだろう。奴はシエルに目を向けることはなかった。
その巨体は、体で直哉を叩き潰そうと身を捩り始める。
どちらが速いか。
シエルか、ゲルルンギラスか。
「捕まって!!」
「シエルさん!?」
結果、先に直哉へ手が届いたのはシエルだった。
手を伸ばしたシエルの必死な形相に、直哉も手を伸ばす。
シエルは直哉の手を掴み上げ、ゲルルンギラスの顎下から離脱。
瞬間、ゲルルンギラスの顔が直哉の立っていたフィールドに叩きつけられ、空に大きな亀裂が走り、砕けた。
まるでどデカいガラス板が割れたように……。
「ひ、ひえぇ……間一髪助かったってか……」
直哉はそんな光景を見て、今の今まで自分が死地にいたことを悟った。
魔法少女にぶら下がるという滑稽な形だが、それを気にしてもいられない。
「シエルさん。助かったよ」
「お礼はまた後程。それと敬称は必要ありません」
小さな体の細い腕で直哉をぶら下げ続ける彼女は、とんでもない怪力だと直哉には思えた。
そんなシエルが難しい顔を浮かべ——
「ただ攻撃してもカリギュラは倒せません。小型であれば問題ないんですけど、あれほど巨体ともなると弱点を叩かないと討伐は不可能でしょうし」
「つまり、俺がどんだけ殴ったとしても意味ないってか?」
「ダメージは負っているでしょうが、まあ体力が底知れないと思ってください」
つまりあの化け物にとって、今の直哉の一撃は石ころをぶつけられた程度のダメージなのかもしれない。
そうなると確かに倒すまでに時間がかかるだろう。
いつかは倒せたとしても、きっとそれまでに何処かの大陸に到達して、この化け物の周りを飛んでいるトンボ型カリギュラが人々を襲うかもしれない。
であればシエルの話し通り、弱点を突く必要があるのは正しいと直哉も考えたわけだが——
「あんな巨体の何処に弱点があるのか探せって事か。んなメチャクチャな、砂漠の中で小さな水たまりを探すようなもんじゃないか」
「ですね……だからあのカリギュラは最大脅威レベル『テラ』に分類されていますので」
テラ……と言われても今の直哉には分からないので後で聞くとして、とりあえずは目下の問題だ。
「ですが希望は見えました。今の高井さんの一撃は確実に弱点を打ち抜ける威力があります。なら私たちは飽和攻撃を仕掛けて弱点を探し当てるのみ」
飽和攻撃ってどうやって? と聞く前に、シエルは自身の耳に手を当てて何処かへ通信し始めた。
「執行官より部隊へ。目標ゲルルンギラスに対して飽和攻撃を開始。弱点を探り当ててください」
「シエルさん?」
シエルは耳から手を離し——
「敬称は不要です。今、私の部下に弱点探しを手伝ってもらうよう指示を出しました」
直哉が聞いた側から、二人のそばを四つの光が飛び抜けていく。
追いかけるように直哉が顔を向けると、光の球が何発も、何十発も化け物の体に放たれ、爆発していく。
「あとは弱点を見つけ次第、あなたをそばまで送り届けます」
「シエルさ——はいいのか? 部下だけであんな危ない場所に向かわせて」
「問題ありませんよ。だって彼女達は私が育てた精鋭なんですもん」
と、ニッコリ笑顔を直哉に向けたのだった。
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