第3話 浮島『春風』
対ホール対策委員会はどの国家にも属さない中立な機関らしい。そのため、本部もどこかの国に置くわけにもいかなかったようで、直哉達が立っているこの場所はファンタジーアースに浮かぶ一つの浮島にあった。
『春風』。そう呼ばれる小さな浮島には巨大都市が乗っかっていて、住民はこの街で日用品、娯楽、食事を揃えるらしい。
浮島っていう重力を無視した謎の現象で浮かぶのは、ホールから漏れ出た反重力物質由来の大地……と直哉はアイリスから聞いたのだが、詳しい話は難しすぎたため適当に聞き流していた。
まあ浮かぶ島ってファンタジーの上に近代都市が乗っかっているのだから、サイエンスとファンタジーの融合って認識でいいだろう。
さてさて、そんな直哉とアイリスは一度シエルと別れて街の中を散策することになった。
直哉は目覚めたばかりだからいきなり戦地投入はリスクが高いとのことで、現在の世界情勢を学ぶついでにリハビリも兼ねることになったのだ。
「っとまあ、イギリスは今魔法国家になっていてね。なんでもあの国にやってきたのはクラシックウィザードの異世界だったみたいなんだよ」
「クラシックウィザードってなんだ? あれか? 古の伝統を重んじるとんがり帽子とローブ、白く逞しい髭を蓄えた大魔法使いの校長先生的なアレか?」
「君はボリー・バッターの世界を想像してるのかな? まあ概ねその認識で間違いないよ」
マジっすか、と直哉は胸をときめかせた。
人間に近い体となった今、こんなことにも胸がときめくことになんだか幸せを感じるのだが、今の話を聞いてイギリスにちょっと行ってみたいと思ってしまう。
直哉は生きた年月こそ20年以上はあるものの、精神年齢は全く変わらず少年のままなのだ。
詠唱……魔法。そんなロマンに溢れた世界が同じ世界線にあると聞けば、行って学びたくなるのも自然な話。彼はどこまで行っても厨二心と離れることができない無垢な少年なのだ。
「まあ今あの国は厄介な案件を抱えているから、行きたくても入国すらできず門前払いだけどね」
「そ、そんな……なんで」
「なんでも人に化けるカリギュラが出たとかで……。自国民に化けるばかりだから、外国から人を受け入れるとカリギュラの特定が困難になるってさ」
「人狼ゲームみたいだな、そりゃ」
「そうだね。まあゲームにしちゃ命懸けなんだけどさ」
確かに、と直哉は相槌を打ちつつ街の光景に目を移す。
本部の窓から見た時も思ったが、空を飛ぶバイクやら車、飛行船の数々は、もはや直哉の知る地球とは全く異なる世界のようだ。
5年眠ってたら地球は異世界に様変わりしてたって、なんの冗談だろうか。現実なのだが……。
「君が驚くのも無理ないよ。僕らだってこれだけの技術発展には目を見張るものがあったからね」
「そういやそうか。たった5年でここまで発展するのも変な話だよな」
これが10年20年の話なら納得なのだが、たった5年であの普通の世界がこうも様変わりするだろうか。普通の工事だってもう少し時間をかけて街が様変わりするといったものだ、と元現場職の直哉は考えた。
「まあこれも異世界技術の一端だよね。それとホール由来のエネルギーもあるし」
「エネルギー?」
「ああ、エーテルだよ。地球でいうところの原子力とか電力みたいなものだね。リーデリッヒ的に言えば魔導力とも言う」
「あー。確か総じてMEって言うんだっけか?」
ME——マジックエネルギー。今の地球に存在するエネルギー資源は総じてそう呼ばれているとアイリスから聞いた。
魔力にマナ、その他諸々……。地球産エネルギー以外にも異世界産エネルギーの種類が一気に増えた所為らしい。
「だね。中でもこのエーテルだけはどのエネルギーにも変換できる最高の物質で、これさえ採掘できればエネルギー問題なんて大した課題じゃなくなるんだよ」
だから工場関係はコスト無しの大盤振る舞いだとアイリスは言う。故に、世界は休むことなく都市が発展し、技術も加速度的に飛躍しているらしい。
直哉達がこうして話し込んでいる間にも1年、2年と技術は進歩しているというわけだ。
なんとも不思議な世界だと直哉は感心すると同時にワクワクする。
目の前を飛ぶバスも、飛行船も、あれら全てがエーテル技術の産物なのだろうか。
「まあ世界がどう変わったかは理解したが、そういや砕華は? まだ再会してねぇんだけど」
ムッとアイリスの顔が不機嫌に染まった。
「なんだい……僕とのデートはもう飽きたってのかい?」
「い、いや。砕華がどう変わったのかちょっと気になったっていうか……ほら、あいつにはあの時色々助けてもらったわけだし、お礼もしたいなぁーって」
「はぁ……。そうだね。またすぐにでも再会できるよ。彼女も委員会で働く職員だからね。とは言っても戦闘部の指導教官だけど」
「へー。あいつも偉くなったもんだな。って戦闘部!?」
直哉自身が戦うことになる話は聞いたが、それは直哉が平気だからっていう話ではなかったのか? 委員会に戦闘部があるということは、この組織に戦闘員が存在するということなのだろうか?
「言ってなかったね。この委員会はホール以外にも、ホールを通じて新たに出現した異世界とのファーストコンタクト、そして武力介入も仕事の内なんだ。だから戦闘部が創設されたわけなんだけど。まあ後で案内するから詳しくはその時に」
「武力介入……って……」
どうやらこの世界はファンタジーに染まっただけでなく、物騒にもなったらしいと憂鬱になる直哉。
その時だった。
街中にブーブーッとアラートが鳴り響いたのだ。
都市放送で『第1種警戒体制発令。ホールより巨大カリギュラが接近中』と繰り返し流れている。
「直哉くん! デートはここまでだ。戻るよ」
「戻るって? これから何があるんだよ!」
「決まってるだろ?」
アイリスは駆け抜けざまに振り返る。
「モンスター討伐だよ」
たった一言、アイリスは真面目な顔でそう告げたのだ。
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