第33話 ファンタジーアース。生まれ変わってしまった地球
砕華が直哉の残骸を回収すると言って別れたアイリスは繁華街……だった荒地を消防に警察、自衛隊の車両が陣を張る広場から見つめていた。
そんな彼女にこの場には似つかわしくないスーツ姿の女性が1人やって来るのだが——
「失礼ですが、あなたは繁華街の中心。あの爆心地にいた人で間違いありませんよね」
ありませんか? ではなく、ありませんよね。と言った。つまりこの人は直哉とクルーエルが作った直哉の戦闘を見ていたのだろうか。
アイリスは警戒したようにじっと睨んで後ろへ引き下がる。
「その様子からして当たりのようですね。申し遅れました私、総務省対異形問題対策機関の阿笠と言います」
機関……と聞いてアイリスは思い出す。
確か如月が所属している場所ではないかと。
正式名称は聞いていないが『対異形対策』という名前と、如月が砕華を敵として認識していた事実と結びつく。
そして機関だ。間違いないだろう。
「察しの通り、僕はあの爆心地の近くにいた高井アイリスだ」
嘘をつくメリットがないと考えたアイリスは正直に答える。どこからかあの戦いを見ていたのだからアイリス自身の姿を捉えられていた可能性だって非常に高いのだから。
「高いアイリスさんですね。単刀直入に聞きます。あの爆発はなんだったのでしょうか? 私共には貴方と貴方に連なる人が戦って起きた爆発だと確認しているのですが」
「確かに僕の知り合いが起こした爆発だね。だけど、それは敵という意味の知り合いだけど」
「敵……つまり貴方はその敵の目的を阻止するために戦っていたと?」
「僕じゃなくて直哉くんがね。…………まあ彼はもう居ないけど」
っと寂しげな顔を浮かべるアイリス。
愛していた直哉が爆破に飲み込まれたのをこの目で見たのだ。彼の開発者として断言出来ることがあるとすれば、コアを失った彼が奇跡で自我を取り戻し体を動かしたがクルーエルの作り上げた兵器のよる爆発に巻き込まれて部位なはずがない。
確実に死んでしまった。と。
「もう居ない……つまり敵は——」
「逃げたし、問題の敵は死んだ。直哉くんと相打ちになる形でね」
阿笠は「なるほど」とメモにアイリスの話を取る。
事情聴取……というものだろうか。
「では貴方は敵ではないのですね?」
「違うよ」
「この世界の出身でもない……ですよね? なにせあの爆発は魔力とはまた違ったエネルギー反応が混ざっていましたので」
魔導力の事を言っているのだろう。魔物と戦う彼女達機関は魔力の存在を確認してはいるものの魔導力は見たことも触れたこともないのだから。
だからアイリスは頷いた。
自分がこの世界の出身ではないと。異世界リーデリッヒから来た人間であると——
そして彼女は話す。高井直哉という1人の少年が敵からこの世界を救ったのだと。
***
直哉は真っ暗な空間で水の中を流れるように彷徨っていた。瞳を開けると黒以外なにも映らない。
もしかしたら瞳を開けていないのかもしれないし、視力を失ったのかもしれない。
直哉は覚えていた。
自分があの爆発に巻き込まれて死んだという事実に。
だから真っ暗なこの世界をあの世だと考えたわけだが——
(こんな真っ暗な世界が天国だって? こんなんじゃ頑張って生きた甲斐がないよなぁ)
流れに身を任せてひたすた暗黒の世界を彷徨う。
ここの残りは沢山あった。
アイリスと砕華、直哉の3人で海へ旅行に行く事、アイリスの大人になった姿をこの目で見届けることができなくなったこと。
「くやしいな……」
直哉はぎゅっと瞳を閉じた。するとその目からは出るはずもない涙がこぼれ落ちた。
きっとこれは兵器として死んだ今、魂となった影響だろうと考える。
涙の存在に気づくと息がヒックと湧き上がり嗚咽を漏らしてしまう。泣いてしまったのだ。異世界で最強と呼ばれたヒューマノイドの少年が。
たった1人の少女の成長を見守ることができなかった。
たった1人の少女に幸せを与えることができなかった。
たった1人の……。
直哉はこれまで後悔しないようにとアイリスに人生全てを捧げてきたつもりだ。
だがいざ死んでみればどうだ。
無限にも等しい後悔が次々と湧き出て来るじゃないか。
後悔は直哉の胸を蝕み、苦しみとなって彼を痛めつける。
ドクンと胸の中が疼いた。
更にもう一度ドクンと——
「死んで心臓が戻ったってか? 遅いんだよ……」
鼓動は早くなっていく。
だがこの鼓動は幻だ。もう生きてなんかいない。
悲しみに暮れて眠るように暗黒の世界に揺られていると、ふと光が差し込んだ。
まるで水面に照らされた光が水中に降り注ぐかのように。
直哉はその光が気になって上へと泳ぎ始めた。
「…………くん」
この声はなんだと直哉は泳ぐ。
「直哉くん」
少女の声だった。それも直哉がよく知る——
「起きたまえ直哉くん!」
(そうだ、これはアイリスの声だ)
きっと最後に神様が聞かせてくれてるんだろうな。どうせだったら姿も見せてくれよと直哉は全力で泳ぎ始める。
どうやらこの暗黒の世界は水中だったようで上へ上がるにつれて水面が見え始めた。
(最後に……もう一度だけ)
直哉は水面から顔を出した。
***
「おかしいな。反応があったはずなんだけど、メインカメラのモジュールに異常でもあるのかな?」
アイリスの声で直哉は意識が目覚める。だが瞳が開かない。あれだけの戦いの後だ、機能的に異常をきたしていたとしても何ら不思議ではない。
不思議ではないが体が非常にだるいと思った。
まるで何日も寝てない状態で眠った翌日のような感覚が直哉にはあった。
とりあえず瞳を開くことに意識を集中させゆっくり開かれていく。
まず直哉が見たのは霞む視界の中を眩しく照らす光だ。
そして目の前には白衣の金髪女性と同じく金髪の姿をした13ぐらいの少女。
どうやらどこかの研究施設のようで、直哉の目に映る背景には大型冷蔵庫のようなランプがピカピカ光る機械にチューブ。そのチューブは全部直哉の背中に接続されてるらしくまるでジャングルの木の幹のように足元に広がっていた。
「起きたみたいですよ主任さん」
「おっ! 直哉くん。直哉くん。見えるかなアイリスだよ」
「アイ、リス……」
久しぶりに声を出したからか上手く言葉を発するのが難しく思えた。
だが、待てと直哉は疑問が浮かぶ。
隣の少女ではなく、目の前の女性がアイリスだと言った。
確かに声はアイリスだが、直哉の知ってるアイリスのそれとは違う。
まるで……成長して声が少し変わったような……。
「うーん。まだ意識がはっきりしてないみたいだね。まあ無理もないか、君が粉々になって5年経ったんだからね。まあでも砕華はきっと驚き喜ぶだろうね。ずっと君に会いたがっていたんだからさ」
なに言ってるんだろうと直哉は——5年!?
カッと目を見開く直哉は意識がようやく覚醒した。
体を動かそうとしてアイリスと名乗る女性が直哉の手を握る。
「おっとっと。驚いて覚醒したみたいだ。落ち着いて、落ち着いて」
「これが落ち着いてられるか!? 5年? 5年も経ったって!? ならあんたは——」
「あ、あ〜。5年も経てば僕の見た目も変わっちゃうか」
とアイリスと名乗る女性は自分の姿を見渡しながら『これは刺激が強すぎたかな』と苦笑いを浮かべていた。
「主任だから私は言ったんですよ。意識不明の患者が目覚める際は細心の注意を払うべきだって」
「しょうがないだろ! 5年もこの日を待ったんだ。5年だよ? 直哉くんの破片に残されたMEから再生機能を修復させて新たな世界に対応するために体を再調整してようやくなんだよ。君には分からないのかな? 執行官」
「わかりませんね。私は失うことの方が多い人生だったので、っと私との会話よりもそちらの方との会話を優先した方がいいんじゃないですか」
「そうだ、そうだった!」
今の会話からして目の前の女性がアイリスであることは確実。にしても主任だのMEだの新たな世界だのよく分からない単語が出て来た気がする。
そんな混乱する直哉にアイリスはこう告げた。
「あれから5年。世界は大きく変わってしまってね。まあ簡単にいえば、異世界と地球が繋がっちゃったんだよね」
「……………………………………………………はい?」
異世界と地球が繋がった。
その事実は今の直哉には理解できなかったが、アイリスは少女にアイコンタクトで後ろのカーテンを開くように命じた。
少女はカーテンを開く。窓の向こうから太陽の光が差し込んで直哉の目が眩んだ。
光になれたと思い向こう側の景色を見ると、そこには空を飛ぶ車に中世ファンタジーから出て来たような白、そして空の至る所に亀裂が走ってるのが見える。
まるでガラスにヒビが入ったような亀裂が……。
「これが今の地球。数多の異世界と地球、次元同士が繋がってしまった新たな世界。ファンタジーアースだよ」
アイリスはにっこり笑ってそう言った。
ファンタジーアース。それが今の地球の呼び方なのかと考えながら直哉は目の前の景色から目を離せなかった。
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