第3話 帰還から5年後の生活 2
「はぁ……」
夜の繁華街で直哉は夜勤のバイトである工事現場にやってきていた。水道管のメンテナンスという事で人々が寝静まる22時から深夜にかけての仕事だ。
暗闇の車道の地面は工具やら銃器やらで大きく砕かれ、中の水道管が顕になっている。
そんな道路から出た瓦礫やらを直哉は台車で運び出している訳だが。
昼間にアイリスから聞かされた話に直哉は憂鬱な気分のままでかれこれ3秒おきにため息を吐き続けていた。
そんな直哉に近くに居たオヤジが酷くイラついた様子で——
「おい新人さっきからはぁはぁ息吐くんじゃねぇ! こっちのやる気まで落ちるだろうが!」
「す、すんません!」
泥やら瓦礫を運び出す先輩に頭を下げたが、落ち込むの仕方ない。
苦楽を共にして自分を生きながらえさせてくれたアイリスに好きな男が出来たと知ったのだから。
『直哉く〜ん。見たまえ! この虫はね、ここがこうなって、ほら! かっこいいでしょ〜』
脳裏に浮かぶのは、カブトムシに似た虫をどろんこのアイリスが持ち出して直哉に見せてくる姿。
あぁ。あの頃のアイリスは純粋だったなぁ。と直哉は物思いに耽ってしまう。
「な、なぁ、あいつ今日変じゃないか?」
「ん? あぁ直哉か。あいつがおかしいのはいつものことだろ? おーい直哉これを運んでくれ〜」
「あっはい、ただいま〜」
呼ばれて直哉は折れた配管を持ち上げる。1人で。
「おぉ〜」っと周りからの拍手喝采。
配管を持ち上げる事ぐらい直哉にかかればお茶の子さいさいクレーン車も人でも要らずだ。
持ち上げてる間に先輩たちが修理して、この仕事が終わる。今は深夜3時。思ったより早く終わった。
1人夜道を歩きながら、今頃アイリスは夢の中だろうかと考えているとキラリと視界の片隅で何かが光った。ような……。
カン――
間違いない何か光った。
それにこの音は……なんだろうか?
この辺りで工事は俺たちのところ以外なかったはずだが……。
「くっ。このままじゃ――」
路地裏に入るとそこには女子……学生? 暗がりでよく見えないが、多分あの子が着てるのは制服だ。
その子は薙刀を売り回しているが……演劇の稽古か何かしているのだろうか。
(へぇ〜。この時代の演劇って学生でもちゃんとしてんのな)
ガンッ!!
「ぐあっ!?」
薙刀から響く鈍い音。と突然その子が倒れた。いや……吹っ飛ばされた演技だろうか? 迫真な演技だと思う。
その子が倒れた拍子に直哉の姿を見つけたのか――
「なんでここに一般人が!? 危ない!」
まあ1人でこんは演技をしてるのだ。恥ずかしくなって追い払いたいんだろう。
少女は早く逃げろと役に入り切って手をぶんぶんと振っている。
(仕方ない……俺も昔は厨二病を拗らせてた事があるぶん、人に見られた時の恥ずかしさには理解がある。さらば、無名の役者よ。君が有名になった時にまた会おう――)
ガンッ!!!
「ったぁ!?」
突然後頭部に重たい何かがぶつかった。まるでバットが何かで殴られた衝撃だった。
頭が下がる寸前に見えた少女のぎゅっと目を閉じる姿。
(殴られたのか? 誰に? まあでも――)
「っと。なんだ? 今のは」
振り返るが誰も居ない……。殴られたわけじゃ……ない?
立ち上がり直哉は首を振ってみるが……良かったどこもおかしくないみたいだった。
頭の後ろも……異常は見られない。今の体に傷なんて付かないから当たり前なのだが。
「な、なっ……なんで!?……そ、それより!」
少女が立ち上がって薙刀をまた虚空に向かって振ったり突いたりし始める。
よく見てみるとそれは何かふわりと浮かぶ何んかを狙っているようだ。
「危険です逃げてください!」
「危険って……なにが?」
「ここには化け物がいるんです! だから――」
化け物……。迫真の演技……ってわけじゃないのかもしれない。
さっき頭に突撃してきたのは多分あの半透明の何かだろう。
(この時代の機械かなんかか? 全く迷惑だなッ!)
「え?」
直哉はその半透明な物体をガッチリ手で掴んでやった。
透明であっても実態はあるらしくそれはまるで人の髪の毛か何かを纏った物体っぽい感触だった。
握ると透明だった何かの姿が顕になる。
「なんだこれ?」
それは人の顔……にしちゃブサイクだ。真っ赤な顔、髪の毛に覆われているが角まである……。
「離して! それは鬼です! 噛みつかれたらあなたの手が――」
「うえっ気持ちわるッ!」
グシャリ。
しまった。と直哉は思った。
気持ち悪いからつい握り潰してしまいトマトジュースのような液体が手や服に飛び散ってしまったのだ。
(これは……ドローンのオイルか? 血のような色……汚たない)
「そ、そんな……鬼を1発で、しかも武器も使わずに一撃でなんて……」
「なぁ、これってなんかの機械か? 赤い液体が出たけど生き物じゃないよな?」
「ば、化け物!? こっちに来ないで!?」
なにやら少女が怯えたように直哉から距離を取り始める。
「い、いやこれお前のだろ? こんな危ない物を飛ばすなよな、って壊しちゃったんだけど……弁償とかって―― 」
「来ないでぇぇぇーー!!」
ザク!! と警戒な音と共に直哉の額に薙刀がブッ刺さり勢いそのまま夜空を見上げてしまう。
眉間に銃弾を打たれた人がよくなる感じに。
だが、直哉はこんな事で死ねない。
死ねないが故に——
(おーっと世の中の女の子って奴はどうしてそう物を投げたがるかね。薙刀が俺の頭にぶっ刺さっちゃったよ)
と馬鹿みたいにぼんやりと夜空を眺めていた。
街中だと星も全く見えない。昔は星がもう少し見えた気がするが。
しかししかしだ。頭にこれが刺さったとなるとこの薙刀は本物なわけだ。
それにこのままじゃカッコもつかないわけで。とりあえず引っこ抜いて——
「こら、こんな危ないもんを投げちゃいけませんぜっと」
少女の手に握らせた。お小遣いを握らせるおばあちゃんのように優しく。
「う、うそ……頭を刺されて死なないなんて、まさか! 高位の魔物……」
「誰が魔物やねん! 俺はどこからどう見ても人間にしか見えんだろ」
ドン引きしたのか顔が青くなった少女は直哉から少し距離を取り始めた。
(まあロボットだけどさ。でも見た目はどこもおかしくないはず……だよな?)
「って、その制服……琴山中学のか?」
少女の服装は今どき珍しい半袖のセーラー服だった。
街灯がない路地裏だったもんで暗くよく見えなかったが近くに立てばその風貌がよく分かる。
「へ? なんでそれを魔物が知ってるんですか?」
近くで見ると、この制服は間違いない。アイリスが通う学校と同じ物だ。
「って、だから魔物じゃねぇわ。俺は人間!」
嘘だけど。と直哉は少し目を逸らした。
「俺の身内にお前と同じがこうに通ってる子がいるんだよ。にしてもこんな夜中に1人で演劇の練習なんて危ないぞ」
「え、演劇じゃありません」
(まあそうだよな。本物の薙刀を使う演劇なんてあるわけないもんなぁ)
とは考えてみるが。なぜこんな少女が夜の路地裏で本物の薙刀を振り回しているのか。
さっき握りつぶした機械? はなんだったのかが気になるわけで、直哉は思ったことをそのまま素直に吐き出した。
「んじゃもしかして日本の裏で秘密裏に異形と戦う組織的な何かとか? いやいやまさかないでしょ。漫画じゃあるまいし」
ってんなわけないよなーとか思いつつ冗談混じりに言ってみたけど、少女の顔が張り詰めていた。まるで「なぜそれを」とか言い出しそうな。
「なんで知ってるんですか……」
「あー……」
(マジですか。マジで言っちゃうんですか。まあ俺とかアイリスみたいなファンタジー世界から「こんにちわ」した奴もいるんだ。他にも居たっておかしくはないんだけど……。まさかマジで出会っちゃう?)
「如月さん!」
「狛割さん!」
路地裏に男が走ってきた。どうやらこの子の名前は如月って言うらしい。でもって新しく現れたスーツ姿の厳しい顔付きの男は狛割。
狛割が如月を立ち上がらせると2人揃って直哉を睨む。
敵……っといった感じに。
「この方は?」
「B級魔物、鬼を握り潰しました……つまり新手です……」
「鬼を握り潰した!? そ、それじゃこいつは」
この方からこいつにランクダウン。
ただここに来ただけなのに、どうしてこう酷い言いようなのか直哉は気分が悪くなった。
「な、なぁ?何か勘違いしてないか? 俺は本当にただの人間で――」
にしてま魔物と如月は言った。
魔物と言えばあのファンタジーストーリーとかゲームで出てくるようなアレだろう。
今にして思えば直哉が握りつぶしたあのドローンは魔物と言われればそう見えなくもなかったような気もする。
「ただの人間に鬼が倒せるはずがありません。もし倒せるとしたら機関のエージェントか同じ魔物のはずです……」
(あー。これは何を言っても聞いちゃくれなさそうだ。ってか機関ってなんだ? 魔物ってのもなんだ?)
「如月さん、ここは自分に任せて撤退を」
「狛割さん!? それじゃあなたが――」
「自分に構わないでください! 自分の仕事はエージェントの補佐、そしてなんとしてもあなた方を生きて帰還させるのが仕事ですので」
「狛割さん!」
「早く行って下さい!」
などと直哉は映画とかアニメでよくあるワンシーンをリアルに見せつけられたのだが。
狛割は直哉に拳銃を向けてくるわ、如月は涙ながらに逃げ出すわ、もうめちゃくちゃだ。
「この、魔物ぉ!」
こりゃ付き合いきれんわ。と直哉は建物と建物の壁を蹴って上へ上がる。
「待て!」
ガンガン!
狛割は容赦なく直哉に銃弾を浴びせてくる。1発腹に風穴を開けられたが全く問題ない。
そしてなんとかビルの屋上に出た直哉は家に向かって忍者の如く駆け出した。
因みにだが直哉が頭に鬼が突っ込んでも薙刀が刺さっても、銃で打たれても平気なのはヒューマノイド故に痛覚がないからだ。
(しかも再生機能もついてるからまさにチート)
子供のアイリスが『僕が考えたサイキョーの兵器だよ!』と組み上げてくれたこの体はまさしく最強だろう。
超パワーと即時再生する体。
そして痛みを感じない上に人間と同じ思考力を持っているのだから。
ここまで読んで頂きありがとうございます!
もし面白いと思って頂けたら
評価とブックマークをして頂けると励みになります。
よろしくお願いします!




