第2話 帰還から5年後の生活 1
リーデリッヒから日本に帰還して5年。
直哉が戻ったこの日本はどうやら知ってる元の日本ってわけでもないらしい。それもそのはず。
『異世界からの直接の帰還』なのだ。
『神様を経由しての転移』ではない。つまりはどういうことかというと。
簡単な話、ここは直哉の知ってる時代じゃなかった。
西暦2099年。それが今の暦。
直哉が飛ばされたの最後の年が2017年だったので、かなり未来の世界だ。
帰還した時、直哉の帰る家は無くなっているし、家族も知り合いもみんな居なくなっていた。
流石にこの真実を知った時は直哉も愕然とした。
薄情すぎないかと言われたらそうかもしれない。
だが直哉にとって人生の殆どは向こうで過ごした感覚なのだ。見た目こそ16歳で時は止まっているが少なくとも10年は向こうで過ごしたのだから。
それに直哉には知り合いを失う辛さにももう慣れてしまっていたし、その悲しに身押し潰される心も機械化されている。
「ただいま〜」
「お〜。直哉くん! 待ってたよ。今日の夕食は僕の手作りガナルジャンドだよ!」
安いマンションの一部屋。
玄関を開けると少女だったアイリスが出迎えてくれた。
もう14歳になった彼女は直哉的にはそれなりに美人に育ったと思う。
そんなアイリスが制服姿の上にフリルのエプロンを身につけてお玉を持ってる姿に直哉はなんだか胸が熱くなった。親心だろうか?
(父さん、母さん俺の娘はこんなにも大きく育ちましたよ……。ってこいつの方が俺の生みの親か)
「毎度ありがとな」
「いいんだよ。君だってずっと働いてくれて僕をこの世界の学校に入れてくれたじゃないか」
アイリスの今着ている制服は何もコスプレってわけではない。
そう、中学校の制服だ。
近所にある進学校――国立琴山中学。
それがアイリスが通う学校だ。
ちなみに直哉は見た目、高校生なのだが学校には通っていない。アルバイトばかりしているフリーターだ。
バイトは5、6つ掛け持ちしてる状態。
疲れ知らずの体なのだ。
休憩無しでも24時間365日フル稼働だって可能。
さすがヒューマノイドといったところか。
リビングに入り、部屋着に着替えた直哉はアイリスお手製のリーデリッヒ料理……の再現であるガナルジャンドを食らう。
見た目はただのミートパイだ。
だけど中身は魚のすり身とハーブを混ぜた物で手軽に作れるアイリスの得意料理だ。
向こうではアイリスの作る飯はゲロ不味くて食えなかったのだが……。
「成長したなぁ……アイリス……」
美味い、それも感動するほどに。
子供の成長は早いって聞くが、こういうところでそれを実感してしまって不意打ちを食らった直哉は目から涙的な水が……流れない。流れろよ。とは思うのだが。
「大袈裟だねぇ。僕だって何度も料理をしていれば上手くもなるさ! それに……ほら、僕もこんなに大きくなったんだよ? もっと他に言うところがあるんじゃないのかい?」
っとモジモジとするアイリス。
確かに大きくなった。
身長は直哉の胸ぐらいまで伸びて……。可愛くなった。
だけど……。
「胸は……ちっこいな」
ザクッ!!
瞬間直哉の目に箸が突き刺さった。
地雷……を踏んだのだろう。
「き、君って奴はどうしてそうもデリカシーにかけるかな!! 女の子がこう言ってる時は褒めるだけでいいんだよ! 余計なことを言わないでほしいねッ! ふんっ」
(そ、そんな……お前向こうじゃ、こんな俺の発言にも『当たり前だろ! 僕はまだ子供なんだ!』って笑って返してたじゃないか)
箸を目から抜いて再生した視界でアイリスを見るとプンスカ怒ってガナルジャンドを頬張り続けている。
(そっか……お前も大人になったんだな。いや、違うな。あの世界じゃこんな当たり前の会話もできなかった分、俺のクソみたいな発言にも面白く反応してくれてただけなんだ。それが平和な世界に来てから変わったんだろうな。常識が身についたって感じかな……)
「アイリス、学校は楽しいか?」
テーブルに頬杖を付いて直哉は微笑みながら尋ねた。
怒って口いっぱいに詰め込んだアイリスが一気に飲み込んで「うん!」と頷く。
「勉強は簡単すぎてつまらないけど、今日ね! まっちゃんと、あっちゃんとね――」
直哉はアイリスの学校話を聞くのが好きだ。
なにせこんなにも笑って話すのだから、可愛くて可愛くて頭撫で回してやりたいと直哉は考えてしまう。
だけどそれをやるとマジギレされるからやらないのだが。
「んで、まっちゃんが、街で男子に告白されたんだけど――」
ピシッ。
直哉の機械仕掛けの心に亀裂が、いや地割れが起こった。
(今なんて言った? 告白……男子からの?)
「ア、アアア、アイリス!! お父さん許しませんからね!! お前にはまだ恋愛は早いッ!!」
バン! とテーブルを叩いて立ち上がる直哉の姿はさながら彼氏を紹介された父親のようだった。
そんな直哉の慌てぶりにアイリスは顔を真っ赤にして——
「な、なな、なに言ってるんだい!! 僕が話してるのはまっちゃんの話で――」
「お、お前は告白されてないだろうな!」
ホッと息を吐いた直哉は席に座り直すが……
「そ、それは……」
(されてるの!? そ、そんな……異世界じゃ犬の野糞に鉄パイプを突き刺してはしゃぎ回ってたあのお前が……?)
子供の頃無邪気に遊ぶアイリスの姿を思い出して直哉はひどく落ち込んでしまう。それこそ愛情たっぷり育て上げた娘が嫁に出ていってしまう父親の如く。
「な、なにをそんなに落ち込んでるんだい!」
「だって、アイリスが……アイリスが……男を……」
機械仕掛けの心であっても中身は人間だった頃の心のままだ。あーなんで涙が出ないんだと直哉は心の中で嘆く。
あのアイリスが遠いところに行ってしまうような……。
『ばいばい直哉くん!』と手を振って直哉の前から立ち去ってしまうような幻覚が頭の中でリピート再生される。
「あーっ! もうっ! 告白はされたことあるけど全部断ったさ!」
「ほ、本当か!?」
希望が見えた。黎明だ。直哉はお日様を拝むように顔を上げてアイリスの膨れっ面を見た。
「本当だよ! まったく……だいたい僕が好きなのは……」
っとぶつぶつと言い出したが食器のカチャカチャと鳴る音で聞こえなかった……。
ただ聞こえたのは僕が……好きな人?
「がっは……」
「な、直哉くん!? 直哉くーーん!?」
直哉は椅子ごとひっくり返った。ガンマンが眉間に1発の銃弾を打ち込んできたように、盛大に、だが威力は核弾頭クラス。
(あのアイリスが……あの子供だったアイリスに好きな男が……受け入れ難い事実に俺のアイアンハートは亀裂が入っちゃったよ)
よよよ。と涙が溢れるような気がした。
(お父さん許しませんからね! アイリスと結婚する男は俺を倒せるほど強くないと許しませんから!)
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