第1話 終わりが始まり。異世界から地球へただいま
視界に広がる無限にも続くような大雪原。猛吹雪が吹き荒ぶ中、巨大な兵器が満身創痍の少年の前に迫っていた。
兵器はティラノサウルスのような頭部の巨大な見た目ありながら全長八十メートルを越えようとする巨体で、機体の随所に取り付けられた砲塔に機銃が取り付けられているのだが、幾つか破壊されて煙を吹いていた。
そんな兵器は大きな口を開けて中の主砲に光をチャージしている。
巨大兵器の名は『イリーガルウェポン』。【世界の断りから外れた異世界の兵器】と言う意味が込められている。
一度攻撃すれば空間は歪み、世界そのものに傷を付けるという……。
攻撃力の高さもそうだが、この兵器が強力なのはエネルギー系の攻撃を全て無効化する装甲にある。
そんな兵器を前に少年は振り返り肩越しに吹雪で視界が霞む中巨大都市を見る。
その都市の灯りは灯台のように輝いていた。
彼はそんな都市を目の前のロボットから守ろうと拳を握っているわけだが。
彼はひょんな事からこの世界——異世界であるリーデリッヒという国……いや統一された魔導技術が発展した世界に地球から転移した人間だった。
いつものように学校へ向かう為、家の玄関を開けたらそこは異世界だったと言う馬鹿みたいにおかしな話だ。
だが少年はそんな馬鹿みたいにおかしな話に巻き込まれてこの世界にやってきた。
右み左も分からず、異世界だ〜。と浮かれていればなんだか知らないうちに騒動に巻き込まれて、レジスタンスに身を置く事になり今に至る。
今の彼は国を陰で操っていた敵の作り上げた兵器と彼は戦っているわけだ。
いわば最終局面というものだろう。
主人公っぽいよな〜とか、きっと主人公なんだろうな〜とか、もっとファンタジーライフが良かったなぁと少年は思考の端で考えてしまう。
そんな少年にイリーガルウェポンがチャージしたエネルギーを光線と化して放った。
轟音と共に街を一つは飲み込めるんじゃないかって程に巨大な光が地上を焼きながら彼に迫る。
(あの街は絶対に守るんだ)
後ろの都市はリーデリッヒ帝国首都、ヒースメリア。
あそこでは色々なことがあった、楽しいことも嬉しいことも悲しいことも。
それにあそこには少年の友達だっている。
負けられない、負けるわけにはいかないと彼はその光を強く睨みつける。
少年は自身の体を簡単に飲み込めるほどのエネルギーに向かって駆け出した。
駆け出した少年の速度により視界がぐにゃりと歪み、風が壁のように彼の体を押し付けた。
神速。あっという間にその光の前にたどり着いた時、彼は握りしめた拳を全力で振るった。
正拳突き。ただの正拳突きである。
「でりゃあああーーーーッッ!!!」
だがその正拳突きは風を切って放たれた圧倒的暴力と音速の一撃。
拳は光の真ん中にどでかい穴を開けた。拳圧で光線を穿ったのだ。
これまでも少年はイリーガルウェポンのビームやらミサイルやらを全て拳で迎え撃ち破壊。エネルギー系無効の装甲にも拳でダメージを与えてきた。
彼はこの世界で唯一イリーガルウェポンに立ち向かえた存在だった。
「な、なぜだ。なぜだなぜだなぜだぁぁ!!! 私のぉイリーガルウェポンがぁぁ!!」
イリーガルウェポンから男の叫びが響く。
コクピットに乗ってるであろうイリーガルウェポン開発者にしてこの世界最狂最悪のマッドサイエンティスト、Dr.サイコ・クルーエルの声だ。
クルーエルの目的はこの世界とは別の異世界への侵略だ。
そんな理想の為に女子供、爺ちゃん婆ちゃんまで拉致して人体改造を施して兵器に変えるといった『クソ野郎』と呼んで差し支えない男。
少年にとっても嫌いな存在だった。
なにせこのクルーエルに殺された知り合いも、親のような人も数多くいるのだから。
「あなたみたいな半端な兵器にぃ……なぜ!!」
「教えてやるよクソ野郎……」
少年は地を蹴ってイリーガルウェポンに翔んだ。
彼には異世界特有の魔法もスキルもない。
だけど力がある。
純粋な力だけだが、クソ野郎をぶん殴れる。
少年にはこの力だけで十分だった。
「お前の兵器には心が篭ってねぇからだよッ!!」
拳が分厚い装甲に穿たれる。その衝撃は装甲に亀裂を生み、落としたガラス片のように砕け始めた。
「認めません! あなたを兵器だと私はッ……ぐわぁぁーーーーッッ!!!」
コクピットを貫いた拳。彼自身がイリーガルウェポンを貫通して地上に着地すると、コンマ数秒後、イリーガルウェポンは爆発を起こした。
その爆発は衝撃波となり大地と空間を揺らして拡散する程に凄まじい威力だった。
爆発が止むと吹雪く雪原の中膨大な熱があたりの雪を溶かしてその下にある茶色い大地が顔を覗かせる。
油と炎の匂い、焦げた匂い……。
これで世界に平和が訪れる……長い戦いだったと少年は残火に目を向ける。
キャンプファイヤーを囲んだ時にふと考えてしまうように。少年は過去を振り返る。
リーデリッヒの裏で暗躍する次元戦争推進派のクルーエルを炙り出すために払った幾つもの犠牲。そして別れの数々を……。
思い出すと悲しい思い出ばかりだった。だが少年は涙が出ない。出せないと言うべきだろうか。
涙が頬を伝うほどに哀しみを感じているのにこの目からひ水が流れな落ちない。
少年は指で頬をなぞる……。冷たい。まるで鉄のように冷え切った指。
「直哉く〜ん!!」
声が聞こえた。少年の名を呼ぶ少女の声が。
直哉と呼ばれた少年は街の方向に顔を向けると軍用車に乗って窓から手を振る子供の姿が見える。
「おー! アイリス」
直哉は手を大きく振って少女——アイリスに応えた。
軍用車は急ブレーキしてはドリフトし、回転した勢いそのままにドアが開いて俺の胸に飛び込んできたのは白髪の長い髪にアホ毛がぴょこんと跳ねるアイリス。
「よくやったよ! ほんとうに……本当によくやってくれたよ……」
「へへ。当たり前だろ。なんせ俺はお前に作られたんだからさ」
「うん、うん!」
グジュグジュと顔を押し当てられたが直哉は不思議と悪い気はしない。
だが、グジュグジュと直哉の腹から水っぽい音が聞こえた瞬間、悪い気はしないと思ったのを撤回するかのように直哉の顔が嫌悪感に染まる。
「アイリスさんや、ついでにって感じで鼻をかまないでくれるかな? 鼻水がテローンってなっちゃってるんだけど……汚ねぇなぁ。」
アイリスの頭を撫でながら彼は自分の今を振り返る。
この世界に転移して能力でもスキルでもないのに超パワーを手に入れたのも、アイリスが直哉を作ったって話も、クルーエルが彼のことを兵器だと言ったのもそう。
直哉は正確に言えば人間ではない。
元人間ではあったのだが、転移したこの異世界で死を迎え、直哉に抱きつく、こほアイリスが死を迎えた直哉の死体を素材に作り上げた人造兵器——ヒューマノイドだった。
アイリスは天才だ。
直哉の肉体を使って構築された直哉の存在は元の人間の頃とそっくりそのまま同じだった。
詳しい話を後でアイリスから聞いた直哉だがまったく理解できなかった内容だったのだが。
「さあ帰ろう直哉くん! きっと街で君をもてなす宴が開かれるはずだよ!」
そんな天才児アイリスが直哉の腕を引いてヒースメリアを指差した。
この世界最恐悪——クルーエルを討伐する為に世界は直哉を英雄だと見送ったのだから宴が催されていてもおかしくはない。
それにあの爆発だ……もしかすると街ではクルーエルの撃破を知ってどんちゃん騒ぎになっているのかもと直哉のテンションは上がる。
「そうだな、そうだよな! 俺は世界を救ったんだからそうなるよな!」
この時直哉はようやく望んだ異世界ライフが始まる予感に胸をときめかせていた。
ヒューマノイドなのにときめく胸があるのかと問われればおかしい話なのだが。
ヒューマノイドにだってときめきもハラハラもある。
この世界の技術で作られた直哉の体は人間だった頃となんも変わりはしない。
小便だって大便だって出せる。いらない機能だと思うのだが……。
それがこの世界に転移した男。高井直哉16歳であった。
だが直哉は知らない。この戦いで空間を通し、次元の均衡が崩れ始めたことを。それは異なる世界にも影響を及ぼしていた事を。
***
「すまないがお前たちを国外追放とする」
おーっと。マジですかぁ……と直哉は顔を引き攣らせた。
帰還して早々、市民たちの歓迎を受けつつ王城へ戻ったら王様からこんなことを言われるなんて思いもしなかったからだ。
「な、なぜだい! 彼はこの国を救った英雄なんだよ!」
アイリスはご立腹な様子。当たり前だ、直哉だってそう思っている。だが王様は続ける。その顔には少しばかりの悲しさも見えた。
「英雄である事に変わりはないが、お前の作ったそこの兵器はあのイリーガルウェポンを単独破壊できる性能を持った危険物だ。そんな物、この国に置いておくとどうなる? 他の次元からの新手が押し寄せるのが目に見えてるじゃないか」
「そ、それは――」
王様が言ってることも理解できる。
この世界、いやこの次元は開かれた次元らしく、別の異世界と行き来できる技術が元より存在する。
いくつかの異世界とは交流していたりする訳だが——
Dr.サイコ・クルーエルはそんな異世界へ自身の研究の為に侵略しようとこの国を裏で操っていたわけだ。
政務官に軍上層部。ヒースメリア以外の主要都市に巣食う闇組織にチンピラ……。その全てを利用してい異世界に宣戦布告も行っていたようだ。
そんなクルーエルを……直哉という謎のヒューマノイドが倒した。
王様はそんな直哉を奪おうと、破壊しようと異世界からの侵攻を警戒しているという訳で——
「Dr.アイリス。残念だが、さきの戦いでそこの兵器は異世界に確実に知られてしまったはずだ。つまりこのまま英雄として迎え入れるにはデメリットが多過ぎるのだ」
「でも追放せずともこの国の最終兵器として置いておけば――」
アイリスは王様に懇願する。
周りの顔が見えないヘルメットと重装備を身に付けた近衛隊がアイリスに顔を向けた様子から不敬罪と言われてしまうかもしれない。
そんなアイリスに王様はひどく疲れた様子で——
「もう嫌なのだ。戦争は……これからは戦いもない平和で豊かな国にしていきたいのだ。お前の言っている抑止力の必要性も理解はしている……だがそこの兵器は強すぎるのだ……。強過ぎる力は新たな火種を生む……。そうなると平和とは掛け離れた修羅の道をこの国は辿ることになる」
強すぎる……それは対等な立場での対話が直哉が存在する限り成立しないって事だろうと直哉はぼんやり考えた。
それもそうだ。眉間に銃を突きつけた状態で「仲良くしましょー」と初対面の人間が言ってきたら信じられるはずがない。
「すまない……理解してくれ」
「そんな、勝手だよ。勝手すぎるよ!! それじゃ直哉くんがなんのために戦ったのか――」
それでもとアイリスが王様に言葉をぶつけようとしたのを直哉はアイリスの手を握って止めた。
「アイリス。もういいって」
「直哉くん!?」
アイリスの心遣いは直哉にとってありがたかった。
だけど王様の言う通り自分の存在がこの国にとって障害になるんだったらそれは望むところじゃないと直哉は考える。だから——
「追放を飲みます……」
そう答えるしかなかった。
異世界スローライフは叶わなかったが、これで生き残った友達も平和にこの世界で生き続けられる。
「ありがとう。たしか……直哉と言ったな」
「はい」
直哉は膝をつく。
初めて王様が直哉を名前で呼んでくれた。
この世界のロボットの扱いは物なのだから、名前なんて呼ばなかくて当然なのに。
名を呼んでくれた。この事実だけで直哉はなんだか満たされたような気がした。
初めて人間って認められた気がした。
「この処分は私の勝手なものだ。故にお前たちにはどこか好きな場所へ飛ばしてやろう。どこがいいか申せ」
どこか好きな場所……。
正直もう異世界はお腹いっぱいだった。スローライフなら望むところではあったのだが……これ以上、なんやかんやトラブルに巻き込まれたくないと考えてしまう。
アイリスは泣き顔でとても今行きたい場所を伝えられそうにないだろう。
直哉はそう考えて泣きじゃくるアイリスに尋ねた。
「アイリス、俺の行きたい場所でいいか?」
「うぐっ……うん……」
だったらと、行き先は決まっていた。
直哉は王様に顔をあげて——
「王様。日本に……俺の故郷に飛ばしてください!」
そう言った。直哉の行きたい場所、正確には帰るべき場所である地球、日本を願った。
「分かった。お前の記憶データからニホンという世界の座標を割り出し転送するとしよう。安心せよ。我がリーデリッヒはお前の世界とのゲートはすぐに閉じる。だからこれが最後だ。ありがとう……」
そうして直哉はアイリスと国外追放という名の現世への帰還が叶った。
最後の最後までアイリスは納得できないって泣いて喚いていたが、日本に来ればそんな考えもなくなってくれるだろうと直哉は小さく笑うのだった。
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