第26話 たとえ偽物だとしても 1
兵器の視界には虚ろな光景が広がっていた。
いや、それは虚ろと呼ぶには色々なものが見えすぎていた。
そう感じるのは兵器の体が破壊されて思考モジュールがエラーを起こしているからだと。壊れた兵器は答えを出した。
目の前に映るのは1人の少女が泣きながら、彼女に迫る人間に剣を向けられている光景だった。
それが壊れた兵器にはなんだか許し難いように思えた。
ぽっかりと空いた胸には何もないはずなのに、何故だかズクンと痛むものがあった。
それがなんなのか、何由来のものなのか、兵器である自分には理解できない。
壊れた体では体を動かすのも難しい。まるで電池の切れたリモコンみたいに体が言う事を聞いてくれない。
だけど、それでもと、兵器は体を動かそうと必死に各モジュールにアクセスする。0と1で構成された数字の羅列で人格を無理やり起こそうと足掻く。
(アイ……リス……)
意識……と呼べば良いのかわからない思考モジュールが声を上げた。機体内で産声を上げた。
(待ってろ……今……)
パラリと体から部品が崩れ落ちる。それが自身にとってどんな効果を付与していて、どう作用しているのかは分からない。
だけど、体は動いてくれた。空になったはずの電池にほんの少しだけエネルギーが残っていたみたいに体がギチギチと軋みながら立ち上がらせてくれる。
(たとえ、俺が偽物だったとしても……)
意識がはっきりとしていく。兵器は自分が本物の高井直哉だと——今まで本物だと信じ込ませてきた目の前で泣いてる少女を責める事はできなかった。
(俺は覚えてる。アイリスが初めて俺を名前で呼んでくれた日のことを……)
アイリスを研究所から連れ出して3ヶ月後、美味い飯を食べさせて、子供のように遊ぶものだと雪だるまを一緒に作って、雪合戦をしたり、雪虫を取っては、はしゃぎあった日々。
恥ずかしそうにアイリスが『直哉くん』と呼んでくれた日のことを鮮明に覚えている。
たとえこの身も心も偽物だったとしてもこの記憶は本物だと感じられた。信じることができた。
これは紛れもない、生きた高井直哉の記憶。
目の前の人間も同じ記憶を持っていたとして、なぜアイリスを襲うことが出来る。
兵器にはそれが許せなかった。愛する家族であるアイリスは手にかけようとしているその人間が。
気付けば、重く軋む体を動かして振り翳された剣を掴み取っていた。
「直哉……くん」
「アイ……リス」
兵器から声が出た。いやこれは声と呼ぶには濁りすぎている。機械音声にノイズが走ったような音で彼女の名を呼んだ。
そんなボロボロの兵器に人間は「は、はは……」と引き攣ったように笑う。
「なんで、動けるんだ? お前の動力は破壊した。電池が抜けたおもちゃが動かないようにお前も動くことなんかできないはずなのに」
「だま……ってろ。この……クソ野郎……」
胸が痛む。兵器に痛覚はない、性欲も、睡眠欲も、食欲だって。だけど兵器はこの胸の痛みと苦しみがなんなのかはっきりと理解していた。
これは怒り——
家族を傷つけられ、自分こそが本物だとほざく人間が——救ったはずの少女に牙を向いている事実に兵器は腹を立てていたのだ。
不思議と力が兵器には湧いて出てきた。
掴んだ魔導剣を握り潰し——
「おいおい嘘だろ!?」
驚愕に染まる人間の顔面に、兵器は今出せる本気の一撃を——拳を叩き込んだ。
突き刺さる拳が人間の体をプロペラのように回転させて地面に突き倒す。
だけど足りない……。後ろで泣いている少女の涙はこの程度では精算できないと兵器の思考モジュールはアラートを発していた。
「立てよ……」
「は?」
頬を抑えながら人間は兵器を見上げる。
まるでその人間は痛みを持っているようだ。
当たり前のことを何言ってるのだと思う。
だけど兵器にはこいつが人体的な痛みは持っていたとしても人間として誰しもが持っているはずの心の痛みというものが欠落しているように見えた。
「立てよ。偽物」
声がハッキリと出てくる。ノイズは掻き消え、元の声がハッキリと発せられた。
「お前が本物だと? ふざけんじゃねぇ! 俺がアイリスを溺愛すること自体が偽物の証拠だって? ふざけんじゃねぇよ!」
ふらつく足を踏み締め、横たわる人間の腹を蹴り飛ばした。まるでボールのように弾む人間に兵器を指を突き付け——
「俺の中にある高井直哉の記憶にゃ、アイリスは可愛い子供だからめいいっぱい愛でようって記憶しか残ってねぇよ! それを偽物だと? そんな事すら忘れたお前の方こそ偽物じゃねぇか!!!」
ぽっかり空いた胸に光の粒子か集い始める。
熱くたぎるそれは何かはわからない。だけどその光が穴を塞いで、中にズクンと脈動する何かがあると実感する事はできた。
体が熱いと兵器は思った。力が溢れてくると鉄の塊は実感した。高鳴るこの鼓動は偽物なんかじゃないと兵器だったはずの人間——高井直哉は感じ取った。
「だから俺は言ってやる。俺こそが本物だ! 体は鉄の塊でもこの心が! 魂が本物だって叫んでんだよッ!」
胸を叩いて直哉は言った。強く力強く。
もはや今の彼が心のない兵器だと誰が呼ぶだろう。
今の彼は生きた人間、家族を傷つけられ怒りに燃える1人の人間——高井直哉のようにしか見えない。
そんな直哉は拳を握る。痛いほどに、力強く。握りしめた拳を——
「くっ——」
「歯を食いしばれ!! この間男がぁぁーーーーッッ!!!」
ただの人間の胸を殴りつけたのだった。
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