第25話 終わりの日 3
「直哉くん! 直哉くん!!」
薄れゆく意識の中、兵器は自分の名前を呼ぶ少女の声を聞いた。泣いているのか声は掠れているように思えた。
だが声を出すことができない。ただ誰が、なんで泣いてるの? と考えてしまうだけだ。
でもなんでだろうか、その少女の声はどこか懐かしくて、ずっと、ずっとそばに着いていてくれた大事な人の声のような気がすると兵器はぼんやり考えていた。
「error。System down 思考モジュールread Alert」
「直哉くん! 起きてくれよ! 直哉くん!」
「無駄だアイリス。そのスクラップはもう動かない。それにそいつは偽物で俺が本物の直哉だ」
直哉がアイリスの腕を引こうとするがそれを強く否定するアイリス。キッと睨んだその目には悲しみと怒りが滲んでいる。
「触らないでくれたまえ! 君が本物だって? 君はもう死んだじゃないか! あの日、あの雪の中で冷たくなっていく君を僕は……僕は最後を看取ったんだ」
「だからこうして生き返ったわけだろ? Dr.クルーエルの手でさ! 見てくれよ。この完璧な体! お前が作った兵器にも負けない新しい力——強靭な魔力! これこそが本物の俺だって証明だろ!」
その肉体は確かに色めいていた。血が通っている体だから血色が良いのだ。その肉体は確かに本物。紛れもない実物。だがアイリスは違うと否定する。
「人間は生き返りやしない。それを僕が知らないとでも言いたいのかい? 直哉くんが死んだあの時、僕は必死に彼の魂を呼び戻そうと試行錯誤したさ。でも帰ってこなかった。帰ってこなかったんだよ!」
齢5の頃のアイリスは自他共に認める天才科学者だった。Dr.クルーエルの学習装置で脳に数多の知識をインプットされていた彼女にはどうすれば死んだ人間の体を再構築できるか、人間の体に似たヒューマノイドを作り上げることができるかすぐに頭に浮かんだ。そして実行に移した。
それだけの知識と技術が確かに彼女にはあった。
だが結果作り出せたのは高井直哉に似た別物だった。
似た声、似た性格、似た仕草。その全ては高井直哉を完全に再現していたと当時作り上げたアイリスは喜んだ。
だけど違った……。彼は本当の意味で蘇ってなどいなかった。それは溺愛してくる彼の様子からすぐに分かってしまった。
本来の高井直哉はムッツリスケベで、コミュ障で、馴れ馴れしく彼に付きまとうアイリスを鬱陶しいと突き放すような存在だったのだ。
だが、それでも、たまに見せてくれる優しさに惹かれた。何もない真っ白で、ただひたすら研究と兵器開発だけに明け暮れていた真っ白な世界から救い出してくれた彼の顔をアイリスは忘れることができなかった。
だから高井直哉と呼んだ。
そのヒューマノイドをアイリスは愛した。
彼の面影を重ねるように、これが高井直哉だと自分自身を偽るために。
今更、あれが偽物だと言われようがとうに乗り越えた葛藤だ。
だけど、だからといって。目の前の人間の体を持った高井直哉が本物だともアイリスは考えられなかった。
「君だ誰だい! どこの、何をして、どう生きてきた何者だい!」
だからアイリスは否定する。愛する人の名を語るこの他人を許すまいと強く睨みつける。
ただその眼光がこの人間には気に入らなかったのか、彼は目を細めた。鋭く、冷たい、まるで氷の刃のような。
「そこまで否定されるなんて悲しいなぁ。俺は正真正銘の本物だってのにさ」
人間は右手を剣でも握ったかのように下に振りながらアイリスに歩み寄る。
途端彼の右手から光の剣がジッジッジと空気を焼く音と共に現れた。
魔導剣——体内の魔導力を媒介に召喚するリーデリッヒ人の魔導技術だ。だがこの人間にあるのは魔力だと言っていたはずだ。ならこれは魔力で構築された剣?
そんな剣を握りながら一歩、また一歩とアイリスに迫る。
「せっかく蘇ったのにこの仕打ちだぜ? 辛いわ、俺さ、お前を助けた本人だよ? なぁ? それがなんでこんなに言われなきゃいけないんだよ」
アイリスは睨みながら後退する。
彼女にはもう分かっていた。彼が高井直哉本人でない事を。なぜなら——
「それが君が本物じゃない証拠だ。直哉くんは絶対に子供相手に手を出さない。むしろ救いを差し伸べてしまう大馬鹿者なんだ。救いようのない悪の科学者の僕ですら救ってお腹いっぱい飯を食えって、それが子供の本分だろって優しく言ってくれるんだ」
「人間誰しも時間が経てば変わってしまうだろ? 不思議だよな、俺死んでたのに時間の流れだけはちゃ〜んとあるんだ」
人間は試し切りするように剣を虚空に振るう。
その剣筋を恍惚そうに眺めて——
「だから、もう子供だって殺せる。俺を見捨ててただのガラクタを俺に当てがったお前を殺す!」
アイリスに斬り掛かる。
これは天罰だとアイリスは動かずにその振り下ろされる剣を見つめていた。
(これは僕が招いた事。僕が直哉くんを……いや生命を冒涜したから神様が怒ったんだ)
走馬灯……と言うのだろうかとアイリスはぼんやり考えていた。振り翳された剣の軌道が凄くゆっくりに見える。
人間、生命の危機に直面すると脳の活性化が著しく向上すると膨大な記憶の中から浮かんでくる。
きっとこれはその影響だろうとアイリスはただ考える。
(だからここで僕が死んだとしてもそれは仕方のないこと。それに本来だったら僕はとうの昔に死んでたはずだからね)
剣がアイリスの頭に振り下ろされる。
(さよなら……ここまで生きてこれたのも全部——)
直哉くんのおかげ——そう瞳を閉じた瞬間だった。
剣は、頭に振り下ろされない。焼け付くような熱だけが頭上からジリジリと感じるのみで、アイリスに直撃する事はなかった。
(え……)
アイリスは瞳を開く、そこには剣を振り翳す高井直哉と胸にぽっかり穴を開け、傷から小さな歯車や部品が溢れ落ちる人形がブツブツと何かを呟きながら——
——剣を掴んでいた。
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