第24話 終わりの日 2
「アイリス大丈夫か!」
砕華がクルーエルを足止めしてる隙に直哉はアイリスに駆けつけ手を引いてこの場を離れることにした。
彼女に戦闘できるだけの力はない。知識はあれどあのような化け物と対峙できるだけの力なんて皆無だ。
だから直哉はすぐにアイリスをこの場から引き離そうとした訳だ。彼女は直哉の問いに「うん」と頷く。
「なんだってあんな奴と一緒に——」
「まっちゃんの彼氏が奴だったんだよ。僕だって予想外さ。友達が彼氏を紹介するって待ってたらあれが現れた時僕はどう考えたと思う? すぐに逃げ出したいと思ったさ。でも近くんあっちゃんもまっちゃんもいたから」
逃げられなかった、と言いたいのだろう。興奮と混乱でアイリスはえらく早口で弁明してくる。
「それより君! クルーエルと会ったって聞いたけどなんで僕に黙ってたんだい!」
「ぐっ。そ、それは——」
なんでそれを。と思ったがクルーエルの奴が嫌がらせにと話したのだろうと直哉は考えた。
まあアイリスとはリーデリッヒでもずっと一緒に行動していてクルーエルと対峙し続けたのだから出会った事実を話しるものと考えていたとしてもおかしくはないのだが。
「んなもん。お前の平和な日常を壊したくなかったからに決まってんだろうが! 分かれよ!」
「分からないよ! 僕と君はどんな時でもずっと一緒だったのに! 1人で抱え込むんじゃなくて話して欲しかったね!」
腕を引かれながら、走りながら後ろからガミガミ吠えるアイリスに直哉は『あーもう。今は黙ってくれないかな! 俺の気遣いを尊重してくれよ!』と内心ブチギレてる訳だが。彼女の言い分も理解できるので直哉は言い返さない。
自分が逆に同じことをされたらアイリスと同じようにブチギレると思うから。
繁華街、被害のあった場所から少し離れた所でだ。直哉とアイリスの前に輝く魔法陣が展開された。
どうやら周りの逃げ惑う人々にその輝きは見えていないらしく。その魔法陣を踏んで走っていた。
直哉は足を止める。止まらずに走ればいいと思うのだが、足を止めてしまったのはその魔法陣が以前クルーエルと出会った時、奴が姿を消した時に召喚した魔法陣と同じ未知の言語で円形に描かれた物だったからだ。
その輝きの中から現れたるは恐竜。ティラノサウルスのような魔物、兵器だ。
突如として現れた化け物に人々は恐怖し、腰を抜かしたり逆走し始めたが、その化け物は大顎を持って逃げる人々を喰らい始める。
バシャリと人間がトマトのように齧られていく光景にアイリスは「なんだい……あれは」と声を漏らした。
「イリーガルウェポンだ……」
「あれがイリーガルウェポンだって!?」
「驚くよな。そりゃあ驚いちゃうわな。俺だってあれをぶっ壊したと思ってたさ。だがクルーエルの奴、今まであの兵器を使って殺人事件を起こしてたんだよ。人間の魂を回収だとかなんとかほざいてな」
「人間の魂……まさか!」
直哉はアイリスの手を離して道を塞ぐ兵器に肉薄した。
直哉に出来ることはできる限り素早くこの兵器を破壊して安全を確保することだけだったのだから。
拳を握って激突まで残り数メートル。
アイリスの声が響いた。
「待つんだ直哉くん!」
「は?」
驚いたのはアイリスが止めたからではない。
真に驚いたのは目の前の化け物が体の内側から外に煙を溢れさせ体を捻じ曲げるように変形し始めたからだった。
大顎は背中と思われる部位に折れ曲がり、胴体は直立に。
ごきりと首が回転しては一つの塊となったそれが半分に割れるように開き中から——
——人間の手が伸びてきた。
「ぐあっ!?」
「直哉くん!」
その手は直哉の首を掴む。首の装甲がギチギチと音を立てた。なんて力だろうと直哉は歯を食いしばりながらその手の先にあるモノを見据える。
まるで卵の殻から雛が這い出てこようとしているような……。
中から出て来たのは人間……だった。
同時にその姿を見て直哉は戦慄する。
黒い髪、やる気のない死んだ瞳。
「お、おい……これはなんの冗談だ……」
ぺち。とアスファルトを素足が踏んだ。
全裸だった。齢16歳程の少年。化け物と呼ぶには平凡すぎる外見に直哉は戦慄し声を震わせた。
何故ならそれは直哉にとって親しみ深い存在であり——
「やっぱり……クルーエルッ! なんて事を——」
アイリスの怒りが宿った声。
それは——
「なんで……俺が目の前にいるんだ?」
直哉の首を掴む化け物は信じられないことに自分と同じ姿をした人間だった。
瞳に光は宿っていない。まるでビスクドールのような瞳。生命の息吹すら感じさせない存在感。
人形でいて、でもこの首から伝わる感触、温かさは人間のそれでいて——
「なんでって、それは俺自身だからだよ偽物」
直哉は投げ飛ばされた。拾った石ころを投球するように。
ガンッガンッと地面を跳ねて数メートル、幾つかの建物を巻き込んでようやく止まる。
体を起こすとその人間は信じられないほどの跳躍で直哉の体の上にのしかかりマウントを取る形になった。
その人間は歪に首を傾けて話す。
「俺はお前だよ高井直哉。いや、俺自身が本物だ。劣化模造品」
「どういう……ことだ」
「お前は気付いてないみたいだが、俺は異世界リーデリッヒ、ヘルゲンリッターの地で死んだはずだった本物の高井直哉ってことだよ」
意味が分からなかった。直哉は理解が出来なかった。
本物のはずがない、何故なら本物は自分であるはずなのだから。
(俺は確かに死んで、死体からアイリスが改造して蘇らせてくれた……はず)
同時に自信がなくなっていく。
なら目の前の自分とそっくりな人間はなんだ。と。
直哉に双子の兄妹はいない。向こうの世界でクローン人間を作るためにDNAを抜き取られたこともないし、そんな魔導技術に利用された経験もない。
「いきなりこんなこと言われたらそりゃ動揺するわな。だが本当のことさ。なぁアイリス?」
その人間は後ろを振り返る。直哉も首だけを上げる形でその方向に目を向けるとアイリスが走ってここまで駆けつけていたのだろうか、息を切らして少し離れたところに立っていた。
「アイ……リス」
アイリスの顔は曇っていた。まるで今の空のように。
まるで隠し事がバレてしまった子供みたいに。
「本当……だよ」
「え……」
「彼の言ってる話は……本当だよ。君は僕が死体から作り上げた存在だと言ったけど、違うんだ……。君の死体はあの戦いで回収しきれなかった。回収できたのは脳だけ……厳密にいえば君の体のほとんどは機械で、本物と呼べる部分は脳だけなんだ」
アイリスが何か話し始めているのを直哉はぼーっと聞いてしまっていた。
聞いて頭の中で嫌な想像が膨らんでいく。
脳だけ? ならこの体は全部機械? いや偽物? 劣化模造品? などと堂々巡りが頭の中でグルグルと渦巻く。
「さっきクルーエルから聞いたんだ。君の本当の体は奴が回収して、魂を宿すことに成功したって……事件を起こして人に魔物から魂を回収して一つの人造魂を宿すことに成功したって」
「まさか……それが——」
「そう! 俺だよ!」
返答と同時、人間は直哉の顔面を殴りつけた。
大地が揺れる。地表が大きく砕ける。
「俺は本物の肉体に蘇ったんだよ! 蘇ってみればどうだ? アイリスは偽物のと元の地球に帰ってるわ、目の前には敵だったはずのクルーエルが居るわで混乱したさ!」
いじめっ子のように、マウントを取った人間は直哉を殴り続ける。
「奴から全て聞いた。お前は俺に成り変わり、奴の計画を阻止した。俺の居場所を奪い取った。俺の存在を横取りしたんだってな!!」
「ぐっ!?」
それは、だって、自分が本物だから——と直哉は殴られながらも冷静に考えていた。だが同時に別の事も考えてしまう。
こんな普通なら痛みで錯乱する場面で冷静に物事を考えられる時点で直哉は……身も心も魂も——
人間ではないのだと。
この時ほど痛みを感じたかった。この瞬間に胸が張り裂けそうなほどの焦燥感を求めた事はなかった。
人間として、当たり前の何かが、今の直哉には欲して止まなかった。
だがそれはない。あるのは高井直哉としての人格だけだ。逆にいえばそれ以外は全てただの鉄の塊。ただ強くて硬い……鉄の存在。
「お前は俺に似たように作られた0と1で構築された人格に過ぎないんだよ! 返せよ! 俺の居場所を! そこは俺が立ってるはずの場所なんだ! 返せよッ!!」
(だからって……)
ガシッと人間の腕を掴む。
人間は少し驚いたような顔を浮かべた。
「だからって、本物だからってこの世界の日常をぶっ壊して許されるわけないだろうがッ!!!」
殴り返す。右手を伸ばす。思考は冷静そのものだ。
残酷にも今の直哉の脳にあったのは目の前で繰り広げられる惨状を許してはならないと言ったモノだった。
高井直哉としては間違っている判断なのかもしれない。
それよか人間として大きくずれている答えだったかもしれない。
普通なら『俺こそが本物だ』と否定するはずだ。でもそれが直哉にはできない。だからだろうか、直哉の今の顔は——
「なんだよその顔は——」
酷く動揺していた。
必死の抵抗と伸ばした右の拳が左手に掴まれ地面に押し付けられてしまう。
「お前も理解して来たんだろ? 今のお前が考える冷静な判断全てが高井直哉なんかじゃなくてコンピューターが弾き出した合理的な答えだってことにさ」
「でも、そうだとしても俺は、俺は——」
「本物だって言えんのかよ!!」
人間の顔に光が宿る。直哉の欲して止まないその輝きが敵であるはずの目の前の男にはあった。
「違うねぇ! 俺が本物! 俺こそが高井直哉! 地球から異世界に転移してアイリスを救い出してヘルゲンリッターでの撤退戦で死んだ哀れな男だ!」
どしゃりと。人間の腕が直哉の胸を貫いた。そこにあるはずの心臓……いやコアを人間は引き抜くのを直哉は見た。
「そ、れは……」
「クルーエルから聞いたぜ? これがお前の心臓だってな」
それは直哉が体を動かすための動力部。デューテリオンコア。何度も再生する力と超パワーを生み出す野球ボール大の装置。
それを、直哉の目の前の人間は——
「残念。さよならバイバイだ偽物。中継ぎご苦労さん。こっからは俺が引き継ぐって事で」
グシャリと握り潰した。
そして直哉は、アイリスが作り上げた最高傑作ヒューマノイドは物へと変わり果てた。
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