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ファンタジーアース〜変わってしまった地球の片隅で〜  作者: ギトギトアブラーン
第1章 高井直哉とアイリス。全ての始まり
23/43

第23話 終わりの日 1

「クルーエルッ!!」


 砕華に土木建築の端材のように担がれていた直哉がアイリスを追って来てみれば、彼女が入店した店から悲鳴が上がり、熱を纏った光が店のすぐそばを歩いていた人を貫いた。その光景を見た直哉と砕華は、すぐさま駆け出していた。


 そしてその光を放った一人の男が、一般人二人に手を向けている。そんなことが出来る人間——それが本当に人間なのかは分からない。だが人々を虫けらのように殺す存在を、直哉は一人しか知らない。


「おやおやおやぁ? 高井直哉さんじゃありませんかぁ」


 人差し指から煙を立ち昇らせ、ニンマリと笑う一人の男。歳は若く、白い髪に赤い瞳。路地裏で遭遇したクルーエルだ。


「直哉! あいつはなんだ。アイリスの友達じゃなかったのか」


 砕華はクルーエルを睨みつけながらそう叫んでいた。

 それも当然だ。アイリスが男と歩いているのを見たのは彼女だけであり、クルーエルという男の存在を聞いたことはあっても、実際に見たことはなかったのだから。


 だが彼女は目の前の惨状を目の当たりにし、直哉の怒りと憎しみのこもった顔を見て、自分で吐いた言葉を「違うみたいだな」と否定する。


「ああ。あいつがお前の世界を滅ぼしたクソ野郎。サイコ・クルーエル本人だ」

「なるほどな。魔力は感じないが、この重苦しさ。只者じゃないってことぐらいは私にもわかるぞ」


 砕華はどこに隠し持っていたのか缶チューハイを取り出し、カシュッとプルタブを開けて仰ぎ飲む。


 この状況で何を馬鹿なことをしているのか。ただのアル中なのかと思われそうだが、彼女のこの行動は戦闘体制に入るために必要なものだと直哉は理解していた。


「どうやら新しいお友達を侍らせているみたいですがぁ? その方はどなたです? どこの誰で、あなたの何の存在でしょうかぁ? 私、と〜っても気になりますねぇ」

「子分だよッ! 馬鹿野郎ッ!!!」


 答えたのは砕華。応じるのは返答ではなく暴力だった。

 クルーエルに肉薄した砕華は、その拳で殴り掛かる。

 だが彼女の重く鮮烈な一撃は、クルーエルの華奢な腕に軌道を逸らされ地面へ叩き落とされた。


 砕けるアスファルト。地中の水道管が壊れたのか、地上へ鯨の潮吹きのような水柱が上がる。


「ちっ!!」

「力だけは一級品のようですがぁ。それだけですね」


 砕華を見下すように見つめるクルーエル。

 それを下から睨みつける砕華。


「砕華ぁ! そのまま奴を抑えてろッ!!」


 直哉はその隙に砕華の側から駆け出していた。家族の——アイリスの元へ。


 一方で——直哉に守られ、この場に残された一般人二人、敦子はマリアと目の前の状況にひどく混乱していた。


 目の前の光景が映画の撮影か何かではないかと敦子は疑う。だが同時に、さっきまで店の中で食事を楽しんでいた少し見覚えのある客が血を流し、ドロリとしたヘドロの前で泣き叫び、逃げ惑う光景を見て、それがそんな平和なものではないと理解してしまっていた。


「まっちゃん!! まっちゃん! ねぇ逃げよ? 危ないよ!!」


 マリアの腕を引っ張る敦子。

 友達であるアイリスのことよりも、早く逃げたいと自分の身を案じてしまうのは仕方のない話だろう。


 なにせ敦子は平和な世界の住民なのだから。昨日まで期末テストの間違いを見直し、『次はもっといい点を取るぞ』と意気込んでいた普通の少女だ。


 そんな少女の目の前で異なる世界の存在が暴れれば、混乱してしまうのも無理はない。


 だが敦子の焦りに対してマリアは立ち尽くす。

 彼女の目には一人の男しか映っていない。


 指から光を放ち、大柄な女性と殴り合い、聞いたこともない狂笑と暴言を吐き散らかす恋人——ルーザンしか。


「なんで、ねぇなんでよ……」

「敦子!!」


 腕を強く引っ張る敦子の言葉はマリアの耳には届かない。

 とんでもない間違いをしでかした時、説教を受けた時のように。周りの騒音よりも自分の思考に意識が向いてしまう時のように。

 浅い呼吸。理解出来ない現実。その全てにマリアは——


「おえぇ……」

「まっちゃん!!」


 嘔吐した。

 耐えられなかった。耐えられるはずがなかった。


 自分のことを愛してくれていると思っていた男が、大柄な女性を殴り、ついでと言わんばかりに人を殺して笑っている。その光景に焦燥してしまっていた。


「キヒッ!」


 その愛した男が、愛していたはずの男がマリアに指を向ける。

 敦子は逃げ出した。友達を置いて。

 

 何故ならその指からは、先程から嫌というほど見せつけられた、人を殺す輝きが放たれようとしていたからだ。


「さ、せるかぁぁーーーー!!!!」


 大柄な女性がマリアと男の間に、両手を十字架のように広げて立ち塞がる。

 放たれた光線が彼女の腹に突き刺さる。


「キハハッ!!! どうしてそこな蛆虫を守るのでしょうかぁ。あなたはこの世界の人間ではないでしょうに」

「けっ。私の正体を知ってるってことかよ」

「ええ。ええ。当たり前でしょう。あなたは魔物ですよねぇ? 私が実験でつい滅ぼしてしまった次元座標Y4298X2297の住民でしょう」


 女性の腹が溶ける。文字通り融解する。

 内臓が焼けつき、ドロリとした肉だった物質が液状化していく。


 

 痛みというより熱い——そう感じた女性——砕華は顔を歪ませる。だが彼女は退かない。

 どっしりと立ってこの場を離れない。板に打ちつけた一本の釘のように、いや……大昔から土地を守る御神木のように。


「んだぁ? その数字は。意味わっかんねぇよ!」


 ガシッと砕華はその光を手で掴んだ。

 ジュゥ、と焼ける手から煙が上がる。


「おいお前ッ!! こんな所で蹲ってねぇでさっさと逃げろ!!!」

「え…………」


 唐突に声を掛けられたマリアが女性を見上げる。


「そこにいると死ぬぞ!! お前はアイリスの友達だろうが!! あいつが悲しむからさっさと逃げやがれッ!!」


 アイリス——。

 その名にハッと我を取り戻したマリアは、店にいたはずの友達を視線で追う。そこには別の男が彼女に寄り添い、手を引いてこの場から逃がそうとしていた。


「アイリスは直哉が逃してくれてる! 後はお前だけだ。先に逃げた友達を追いかけろ!! 早くっ!!!」


 激情的な叫び、苦悶の表情を浮かべる砕華を見てマリアは立ち上がる。

 命の危険があると理解が脳に追いついた人間の行動はシンプルだ。

 マリアは悲鳴を上げ、涙を流しながら後ろへ駆け出した。


 彼女が走り去ったことで、この辺りから人は居なくなった。

 そんなマリアを見た砕華は笑う。

 気がおかしくなった訳ではない。ただ笑う。

 そんな彼女にクルーエルは首を傾げる。訝しげに。


「何がおかしいのでしょうかぁ?」

「おかしい? あぁ。おかしいさ。この鬼の私がこんな一方的に攻撃されるなんて状況にな」


 腹からドロリとした何かが垂れ流れる。

 それは内臓だったかもしれないし、脂肪だったかもしれない。

 肉の焼けた匂いは美味そうな匂いではなく、悪臭だった。


 痛いはずだ。泣き叫びたいはずの痛みを受けている。

 それでも砕華は笑う。高らかに。


「酒気! 夢幻創造!」


 十字架のように広げた手を合わせる。

 まるで『今から喧嘩だぁ!!』と言ったように。

 瞬間、彼女から上がっていた煙が巻き戻るように体へ吸い込まれていく。


「ん? なんですかぁそれは?」

「魔法だよ、馬鹿野郎」


 光に穿たれた砕華の腹が、巻き戻るように元へ戻っていく。

 内臓は形を成し、空いた腹の肉は塞がり、逞しい腹筋が顕になる。


 クルーエルは攻撃を止めた。これ以上の攻撃に効果はないと見たのだろう。

 そして彼は面白いと——


「魔法! そうかそうでしたぁ。あなたの世界ではそのようなものがありましたねぇ」

「何笑って余裕ぶっこいてんだよ」


 砕華はまたチューハイを取り出してゴクリと喉に流し込んで空になった缶を握り潰し、放り投げる。


「お前、私を本気にさせたんだ。面白くもねぇ喧嘩に巻き込んだんだ。だからぶっ潰すぜ」

「やってみなさい! それができればの話ですがねぇ!!!」


 二人はぶつかり合う。

 拳と拳。

 この世ならざる者同士——化け物同士の戦いが。

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