第22話 全てを終わらせて、壊して 5
『ル・モールモンド』。マリアが予約してあった店は、新東京都新山区の中でも有名なフランス料理の店だ。
本場フランス三つ星レストランで修行を積んだ店主が腕によりを掛けて振る舞う絶品料理をリーズナブルな価格で楽しめるだけあって、フルコース2000円というアイリス達学生にも楽しむことができる価格設定もあり、店内は人で賑わっていた。
フランス料理はまだ食べたことがないアイリスであり、本来なら料理を楽しめるはずであったのだが、残念ながら今はそんな事に意識を向けられる状況ではなかった。
店内窓際の街の様子が見える4人がけの席で、マリアとルーザンが並び、対面にアイリスと敦子が座る形だ。
もちろんアイリスの正面にはルーザンが座っていて、マリアと仲良く……談笑しながらメニューを選んでいる。
「ねぇアイリス。この2人、中々良い感じじゃない?」
「ま、まあそうなのかな……」
はっきり言って別れたほうがいいと思う。
だがルーザンの正体を知っているのはこの場でアイリスだけで、マリアにとっては初めての彼氏である。
それを『そいつは異世界の極悪人だから別れて!』だなんて到底言えるはずがなかったし、なにより信じてくれるはずがない。
だからアイリスは敦子の耳打ちにただ肯定で返す事しかできなかった。
メニューを一通り選び、4人で注文を済ませると、ルーザンはマリアの手を握り——
「そういえばこの辺りで君の好きなものが売ってあったよ」
「えっ! それってアレ!? 地域限定の——」
マリアは乙女モードを忘れたのか素の状態でルーザンの手を強く握り返していた。
そんな彼女に紳士的に微笑むルーザン。
「そうそう。怒髪天ドギーの新東京シティボーイだったかな?」
「まじ!? ちょ、ちょっと行ってきていい?」
「もちろん。でも人が多かったから1人じゃ難しいかも……そうだ、敦子さんと行ってきなよ。僕はここでアイリスさんの状態を診てるからさ」
「わかった! ありがとルーザン。敦子、行こ?」
「えっ!? あ、うん」
席を立ったマリアは敦子を強引に連れて店の外へ駆けて行った。中学生という年齢にもなってまだまだ子供の様であるとアイリスは半ば呆れるものがあったが、2人がルーザンの側から離れたことだけは良かったと安堵する。
安堵するが、同時にそう仕向けたのは彼であり、この場が意味することはつまり——
「僕と2人きりになりたかったってことなのかな? クルーエル」
そう思い、アイリスの方から切り出した。
ルーザンはというと窓の外、仲良く町の中を走るマリアと敦子を笑顔で眺め、「ふぅ……」とアイリスに顔を向けた。
「私の正体に気付いていたのですかぁ?」
「当たり前だよ。聞き慣れた母国語と君の胡散臭い話し方を忘れるほど僕の記憶力は衰えてないからね」
「キヒヒッ。そうですかぁ」
——ルーザンはコーヒーを一口啜り、カップを置いて窓の外へ目を向ける——
「それにしてもあなたのお友達は快活で実に良いですねぇ」
「どういう意味だい」
「言葉通りの意味ですよぉ。あの助手であるアイリスがこの世界で友人を作っていた事に、私は親としてすごく喜ばしいと思っているのですよぉ」
「そんな友達を彼女にしたロリコンのくせに……」
おっと手厳しい。とニヤニヤと笑うルーザン。
まあクルーエルがマリアを本当に恋人にしたわけでないことは、アイリスとしても理解していて——
「マリアと付き合う事にしたのは僕と接触するためかい? それとも別の理由が?」
「お察しの通り君に会うためですよぉ。私はどうしてもあなたともう一度一緒に研究がしたいのです。私と離れてから10年。あなたは淑女に育った。リーデリッヒの世界を救い、この世界に渡り人として成長した今のあなたにねぇ」
「意味が分からないね。今更帰ってこいって? 馬鹿馬鹿しい。僕には居場所がある。家族がいるんだ。乗るはずがないだろ」
ルーザンは残念だと言ったように、釣り上がった口角を戻して横一文字に口を整えた。
その目は驚くほど冷たく、人間としての感情が備わっていない様に見え、アイリスは背筋を凍らせた。
「まあ、冗談ですよぉ。正直なところ、向こうの世界であなた方に計画を台無しにされたことに恨みがありましてねぇ。その復讐をと思い、あなた方を追ってきたわけですよぉ」
とても苦しい空気。見た目は青年であるのに漂わせるプレッシャーは化け物のそれだ。
まるで目の前で拳銃を額に押し付けられているような……そんなプレッシャーにアイリスは額から汗を滲ませる。
だがここで弱みを見せまいと、コーヒーを口に含み気丈に振る舞い続けることを意識する。
「どうせそうだろうと思ったよ。いつからだい?」
「5年前……と言えば良いでしょうか。私が死んで、あなた方がこの世界に渡ってすぐですよぉ」
「そうかい……」
こいつのことだから碌でもないことを企んでいるとアイリスは考え、睨み返す。
「今回は復讐の準備が整ったので、その報告をと思いましてね」
ピクリとアイリスの眉が反応する。
つまりこの男、その為の報告をわざわざ敵であるアイリスにしに来たと……そう言いたいのだろう。
「私は、どうしても許せないのですよ。あの出来損ないのヒューマノイドがイリーガルウェポンを超越した存在だということに」
きっとそれは直哉のことを言っているのだろう。
彼はクルーエルの究極兵器イリーガルウェポンを単身で破壊したヒューマノイドだ。
だが彼の構築理論はクルーエルが失敗だと捨てた物で、それを勝手に使用し、アイリスが死んだ直哉に施した技術。
つまりクルーエルが一度捨てた理論が、完璧だと構築した理論を打ち砕いたということ。
それが許せないのだろう。彼はそういう所に変なプライドを持っている科学者なのだから。
「健全なる魂は健全なる肉体に宿る」
「?」
ルーザンが唐突に何か呟いた。
「ああ。分かりませんか」
——と悪辣に口を三日月状に吊り上げ——
「魂ですよ魂。あなたもご存知の魂構築理論の話ですよ」
「魂構築理論……」
それは人間の魂を形作るのはどういった原理であるか、といった理論。
提唱者はクルーエルだ。
論文には魂とは脳の電気パルスによって生み出される遺伝子データの一部に過ぎない。と言ったものだったはず。
だからアイリスは直哉の死体、その脳を媒介に遺伝子データを抜き取り、仮初の体を作り上げ、インストールさせたわけだ。
「あなたの兵器も可哀想に、今も自分自身のことを高井直哉本人として思い込んでいるようですねぇ」
「君、直哉くんと接触をしてたのかい」
「ええ。つい先日に。おや? お聞きでない?」
聞いてない。
直哉はどういうわけかルーザンと接触を果たしていた事実をアイリスに隠していたわけだ。
だがそれを正直に答える義理も無い。
「どうだっていいだろ。君には関係のない話だよ」
「くっくっく。そうですねぇ、話を戻しましょう。魂の存在は果たしてどこにあるのかという話ですよ」
「どこにあるのか……それは脳では無いのかい?」
とアイリスは聞き返した。が——
「いいえ。いいえ。答えはいいえですよぉ。さっき言ったでしょう。健全なる魂は健全なる肉体に宿ると。つまり私が言いたいのは、脳ではなく体そのものに魂が眠っているのではないかということです」
その時、ぞわりとアイリスの首筋に悪寒が走った。
まるで毛虫が這ったような不快感に髪の毛が逆立つかと予感させた。
「なに、が……言いたい?」
「あなた、高井直哉の死体を回収しなかったでしょう」
その時アイリスはこの男が何を言いたいのか、何をしようとしているのか、いや何をしたのか予想してしまった。
高井直哉が死んだ時の真実……アイリスは彼の脳だけ回収したのだが、死体までは回収できなかったのだ。
なにせ追手に狙われている極限状態だったのだから、死体を持ち帰るなどできるはずがない。
深い悲しみだった。辛い決断だった。
愛する人の頭を切り開き脳を回収したあの時は、罪悪感に押しつぶされそうだったと今でも鮮明に覚えている。
「つまり君はその死体を——」
「ええ。回収しましたよ。いやぁあの体は中々に良い材料になりました。肉体に魂を定着させる手段として、滅ぼした世界の魂をエネルギーに変換して注ぎ込んだのですが、起動までには至らなくてですねぇ。この世界でも魂の回収を継続して実行していたわけですよ」
ルーザンはニマニマと、ケタケタと笑い、コーヒーの入ったマグをテーブルの上にひっくり返してぼたぼたと溢し始めた。
「おかげで魂を宿らせる事に成功しましたよぉ。私が作りたかった真のヒューマノイド。人造魂を宿らせた高井直哉というイリーガルウェポンをねぇ」
「なっ!?」
思わず立ち上がってしまうアイリス。
こいつはあろう事か愛する男の肉体を兵器に転用して、復讐のために持ち出したと言いたいわけだ。
「手始めに、この街の住民から殺させましょうかねぇ。それかあなたのお友達から殺させましょうか」
「き、きみは……君というやつは……」
「キヒヒッ! 愉快。とっても愉快ですよぉ。その顔です、その顔が見たかった! あなたは私を超えた気でいた様ですが、その実、あなたは私を何も超えてなどいない。私は常に先を見ていましたよ。私が負けた後の事も、こうなる未来も含めてねぇ!」
ルーザンはパチンと指を鳴らした。
すると彼の姿が赤い渦のような余波に飲み込まれ、その本当の姿が顕になる。
「パワード……スーツ……」
アイリスはそう呟いていた。
今目の前の男、ルーザン……いやクルーエルは若き日の姿だった。
突然の衝撃波に店内に嵐が巻き起こったかのように食器やらテーブルやらが散乱する。
客たちはその様子に逃げ惑い始めた。
そんな客達に対してクルーエルは指を向け——
「なっ!! やめ——」
迷いなく光線を放ったのだ。
まるで害虫を駆除するときのように淡々と、当たり前のように。
その光に貫かれた人々は溶けたガラスのように融解し、ドロリと液状化して店内の床に泥のように積み上がる。
肉が、骨が、臓物が溶けて1つの茶色い液体になったそれは一体何人の人間の肉体だったのか分からない。
ただそれを見た人々は尋常ならざる光景に——
「きゃ、きゃあぁぁぁーーーーッッ!!!」
「ば、化け物ぉぉーーーっっ!!!」
逃げ惑う。
そんな客や店員をクルーエルは無差別に襲い始めた。
指から放つビームで撃ち抜き、溶かし、愉快だと笑って。
「こ、このぉ!」
アイリスは飛び掛かったが、左手による裏拳を顔に受けてしまい吹き飛ばされてしまう。
痛い……久しぶりの痛みだった。
だけど今、その痛みに怯んでいる暇はない。
このままじゃ人々が——
「良いですねぇ。その顔。次はお友達を殺すとしましょうかぁ?」
クルーエルは窓の外、犬のキーホルダーを手にこの店へ不安げに駆けてくる女性二人に指を向ける。
そこにいたのはマリアと敦子。
どうやら二人は店の慌ただしい様子に、アイリスとルーザンが心配で戻ってきたようだ。
「や、やめ——」
「クーっクック……アーッハッハッハ!!」
指に光が収束していく。
二人に照準が合わせられる。
それをアイリスは止めることが出来ない。
力が……ない。
どれだけ頭が良くても、どれだけ兵器を作る技術があっても、今目の前で繰り広げられる惨状を止める術など持ち合わせていない。
ただの子供……でしかなかった。
「やめろぉぉーーーー!!!!」
「ハーっハッハッハッハ!!!」
指から全てを溶かす光線が放たれた。
その光は窓を突き破り、マリアと敦子のすぐ側まで迫り——
弾かれた。
何かに反射するように空へ逸れ、流れ星のように宙を彷徨い、消えてしまった。
「クルーエルッ!!!」
瞬間、別の男の声が響いた。
今の騒ぎで町中がパニックに陥る中、マリアと敦子の前に黒い髪の齢十六ほどの少年が、大柄な女性を引き連れて立っていた。
彼の顔は怒りに歪んでいた。
その手からは煙が立ち上っていた。
「直哉くん!」
そこに立っていたのはヒューマノイドである高井直哉だった。
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