第21話 全てを終わらせて、壊して 4
昼の繁華街は人で溢れていた。
というのもこれから夏本番になるのに差し当たって、家族かキャンプの準備に勤しむお父さんに、孫の帰省を心待ちにしたように食糧の買い出しに励む老夫婦。
学校を終えた学生たちが夏に向けてなにをするか話し合ったり買い物したりと言った希望に満ち溢れているわけだ。
そんな繁華街のビルと人混みの中直哉と砕華は歩いていた。砕華はというといつ手に入れたのか都会に馴染むようなストリートファッションに身を包んでいる。
ラップとか歌い出しそうな服だ。黒いキャップが妙に似合うのは何故だろうと直哉は考えてしまう。
そんな身長200㎝の彼女は服が似合うのもあるがその恵まれた体格のため、周囲の注目を一心に集めてしまっている。
「ねえあの人、モデルかなぁ」
「いやいやスポーツ選手かもよ。だってあの身長、絶対プロだろ」
などと直哉の耳に入ってくるのだが、そんな彼女の隣を歩いているとなんだか住む世界が違うといたたまれない気持ちに陥るのだ。
そんな直哉に砕華はぐいっと顔を寄せて耳打ちしてくる。
「な、なあ、周りの様子がおかしくないか? もしかして私魔物としてバレているんじゃないだろうか」
「なに言ってんだよ。そらお前……」
言おうとして口に出すのが恥ずかしくなった。これを正直に言っていいものかどうか、言ってしまうと調子に乗ってしまうのではないだろうか。お祭り騒ぎが好きなこいつが大声を出して何かしでかすのではないだろうかと直哉は勘繰ってしまう。
しかし砕華は周りの好機の目に不安そうだったから、直哉は仕方ないと答えてあげることにした。
「お前が美人だからだよ」
「美人だって!? おいおい冗談抜かすなよ。私は鬼人であって美人なんかじゃ——」
バシバシと直哉の背中を叩く砕華は、冗談のようだと笑っていたが、直哉の真剣な顔を見てしまう。
その顔は少し恥じらってるように赤く、言いづらそうに絞り出したように見えたからだ。
「マジなのか?」
「マジだって。お前もう少し自分の顔を見てみろ。俺がいうのもなんだけど、かなり綺麗どころだぞ」
だからだろうか、過去に女と裸の付き合いをするのは楽しいと経験してきた事を彼女は言っていた。
砕華自身、女性を惹きつける魅力も兼ね備えていたからではないかと。
男にも人気はあるだろう。恋愛対象としても、頼れる姉気分にしても、飲み仲間としても。
全方面に対して好かれやすい女。それがきっと砕華なのだろうと、直哉は周りの様子を見てそう考えた。
砕華は直哉の正直な言葉に照れたようで顔を少し赤ながら頬を人差し指で掻いている。
「は、はは……なんか、その……そう言われると照れるな」
まるで女性のように……っていうのは失礼か。女性だもの。男勝りの性格の彼女が初めてこんな恥じらいを見せたことに直哉はなんだか胸が少しときめいて——
「おっ! あそこに古本屋があるじゃないか! 直哉エロ本探しに行こう! エロ本!! 今の時代のエロ本ってどう進化してるか見てみたいぞ!」
ときめきは一瞬にして砕け散った。それはもう粉々に、粉末状に、風に乗って彼方へと吹き飛ぶように。
「エロ本って……お前なぁ……」
「な、なんだよ。だめか? 私だって生き物なんだ。エロいことにだって興味はある。お前だってそうだろ?」
「誰が、俺はもう人間じゃなくて——」
「そう言って否定する割に私の胸をジロジロみてる時があるよなぁ。直哉……」
「なっ!?」
直哉は背筋に針金でも入ってしまったのかというほど直立に伸びてしまった。
動揺、心拍上昇。決して恋ではない。これは親におねしょがバレてしまった時の焦りに似たもの。
「み、みみ、みてないよー」
「直哉……」
砕華は呆れたように笑いながら——
「世の中の女は男の視線に敏感なんだ。例えそれが親分であっても友であってもどこをどう見ているかぐらい私にも分かるんだからな」
「はい……すんません……」
誤魔化すのは不可能と見た直哉は素直に謝った。
正直、何度も見てしまっていた。だって仕方ないだろ! あんなにバルンバルンのおっぱいをタンクトップでやり過ごそうとしてるお姉さんだぞ! 見てしまうじゃんかー! と心の中で叫んでみる。
「カッカッカ! お前も男だな。どこが感情の籠っていないカラクリだって? 欲求に忠実なオスそのものじゃないか」
豪快に笑う砕華に周りの目はさらに集まる。直哉にとってはムッツリスケベを公開されたような辱めを受けているわけだが、何故か心地が良かった。
それは彼が、彼自身がもう人間ではなくなってしまったと諦めていたからだろう。
自分はロボットだ。感情もいくつか消えてしまった人間に似た何か。高井直哉という魂を仮初の器に閉じ込めただけの歪な人形だと。
だが砕華は言った。彼を『欲求に忠実なオス』だと。
アイリスも人間扱いしてくれるとはいえ、出会って数日も経っていない砕華にそう言われるのがなんだか嬉しかったのだ。
人間として、男として見てくれるこの鬼人に。
「ちなみに私は人妻ものが大好きだ! いけすかねぇ旦那に束縛された人妻を寝取る系が大好きだ!」
「台無しだよ! 俺せっかくお前のこと『あっ、こいつ素敵か人かもしれない』ってときめこうとしてたのに今の発言で台無しだよ!」
「うぇ!? なんでだ!?」
プイっとそっぽを向く直哉に『どういうことか説明してくれ直哉!』と言い寄る砕華。
ぎゃいぎゃい騒ぐ2人は繁華街を彷徨う。
ここに来たのはクルーエルの次の狙い、もしくは潜伏先を探すために。
殺人事件はこの繁華街周辺で行われている事が多い。
つまり奴は次もこの辺りで事件を起こす可能性が高い。
その証拠に街の至る所に警察官が険し顔で歩いているのが見える。
路地裏に入って行ったり地下街へと降りて行ったり、秋ビルに入って行ったりと。
人目につかなさそうな場所へ、捜査をしているかのように。まあ捜査だろうが……。
「ん? おい直哉、あれ、アイリスじゃないか?」
縋りついていた砕華が遠くを見据えている。
このあたりで1番背が高いからだろうか、砕華は灯台のように周りを見渡す事ができる。のに対して直哉はなにも見えない。16歳の頃の身長164㎝で止まっているのだから大人に囲まれたこの状況では見たいものも見れないわけだ。
「本当か?」
「ああ。女の子2人と……男が1人——」
「男だってぇ!!?」
今日1番どでかい声が直哉から出た。
周りの人々は今度こそ直哉に目を向ける。好機の目ではない、奇異の目で。
だが直哉はそんな周りの様子に動じない、気にも留めない。恐らく気付いてなんかいない。
「お、おお、男、おと、男男!!」
砕華のズボンを掴み引っ張り回す直哉。もはや暴走状態である。ズボンが引っ張られ下着が顕になりかけるのを砕華は「ぎゃー! やめろー!!」と必死に掴んで抗っている。
「お、おお、落ち着け! 男は確かに1人居たがアイリスの側にはいない! きっと友達だって。女にだって男友達の1人ぐらいいたって不思議じゃないだろ! ってか離せ。ズレる。ズボンがズレてしまうだろうが!」
「アイリスに男はまだ早いんですぅ! あの子が男を知るにはあと4年は必要なんですぅ!!」
「めんどくさいなぁ!!! そんなクソ親みたいな事言ってるとお前嫌われるぞ!」
『嫌われるぞ……嫌われるぞ……』とその言葉だけが反響して聞こえた気がした直哉はビシッ! と心の中に大きな亀裂が入った。
砕華のズボンから手が離れると、彼女は「落ち着いたか……」と安心すると同時——
「まあそんなことはないと思うがな。アイリスが好いてる男はお前……」
と砕華が言おうと直哉に振り向いたがそこにはブツブツと念仏を唱えるように何かを呟く彼の姿があった。
「嫌われる嫌われるアイリスに嫌われる……俺の側をずっとくっついてきたアイリスが、あの天使のように笑ってくれるアイリスが俺を嫌う……」
「お、おい……そこまでキツかったのかよ……」
「そうだよ!! アイリスはなぁ!」——まるで闇金の集金を待ってくれとせがむ様に砕華に組み付き——「虫取りが大好きで、料理が下手だったけど食べるのは大好きで、初めて経験する時に見せるあの笑顔で『直哉くんん。これおいしいね』って微笑みかけてくれる天使なんだぞ。それが……そんな子が嫌いになるだなんて……うおぉぉぉーーーーん!!!」
耐えられないよーー!! と泣き出してしまったのだ。
涙は出ていない。だが心の底から泣いているのだと砕華は感じ取った——
「え、なにあの人、いきなり泣き始めて……きもっ」
「くすくす。いい歳してどんだけ泣いてるんだよ。情けな」
と周囲が直哉に対して好き放題言い始める。
砕華は「あー!! もう!」と頭をガシガシ掻いて直哉を持ち上げる、タルを肩で担ぐように直哉の体を。
「そんなに気になるなら直接見にいきゃいいだろ! 大体アリスがお前を嫌うかよ!」
「ほんと?」
「本当だから泣き止んでくれ、頼むよ!」
砕華は駆け出した。アイリス達が向かった方向へ。
なぜ走り出したかは、理由は単純だった。
直哉は砕華が、長年生き続けた魔物であり人間に負ける事がなかったはずの彼女が初めて任された人間の魂を持った男なのだ。
そんな彼がなにも知らない人々から揶揄されるのが耐えられなかったし許せなかった。
生きていれば誰にだって弱点はある。
直哉に至ってはそれがアイリスの存在なのだろう。
だから彼の涙を周囲に晒し続ける事が耐えられなかっただけ。
(まったく、男がそう簡単に泣くんじゃないよな)
砕華はそう思いながら、肩でくすんと嗚咽を漏らす直哉を面白く思ってしまうのだった。
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