第20話 全てを終わらせて、壊して 3
琴山中学校。
新東京都内で一番有名な進学校であり、偏差値85超越えの名門。
外観は中世の時代からそのまま残されているかのような西洋デザインの校舎で、門を潜ると日本の桜の木々が植えられた並木道が出迎えてくれる。
そんな学校のテスト期間を乗り越え、忌々しい答案用紙の返却に賑わう教室でアイリスは、友達である『まっちゃん』こと松本マリアと『あっちゃん』こと霧森敦子と談笑していた。
「んー!! やっぱ午前で学校が終わるって最高だねぇ〜。毎日これぐらいで帰らせてくれる方がストレスなく学べるってもんだよ」
「だね〜。そう言えば今日、英語と数学のテスト返却があったけど二人はどうだった?」
「敦子さんや……それを聞きますか……」
マリアはうっと、聞かないでくれといったように敦子に目を細める。
この様子からしてあまり良い点とは言えないようだ。
そんなマリアはテストの出来の悪さから仲間を増やそうと……。
「アイリスは? どうだったテスト」
とアイリスに聞いた訳だが、聞いてすぐ「あっ……」と後悔する。
「ん? テストかい? そんなのは……ほら」
「うげ……満点……聞いた私が馬鹿でした……」
隠すわけもなく堂々と見せてあげたのだが、マリアは赤丸と100点と書かれた答案を見てガックリと肩を落とした。
「アイリスちゃんは天才だからね……聞いたあっちゃんが間違ってるよ」
「だったら敦子はどうなのよ〜」
「わ、私は……」
しら〜っと、なんだか気まずそうな敦子はマリアから目を逸らしていたが……ニヤリと笑ったマリアは敦子の机の中に手を突っ込んで——
「どれだーー!!」
「あっあぁぁーーー!!」
答案用紙を掴み上げた。
それをニマニマと見たマリアだったが——
「…………87点……それに79点って……何をそんなに恥ずかしがることがあるんですかねぇ」
「か、返してよ! もう!」
バシッとマリアの手から答案用紙を取り返した敦子は頬を膨らませてご立腹な様子。
「悪くない点数じゃないか。あっちゃん、何がそんなに恥ずかしいのかな?」
「アイリスちゃんが言う? アイリスちゃんと比べたら誰だってこんな点数だと恥ずかしくなっちゃうかもだけど……」
「そういうものなのかい?」
「そういうものなの!」
アイリスには全然分からない感覚だった。
だが二人からしてみればそう思うのも仕方のない話。なにせアイリスはいつも『これぐらいは分かって当然。間違える方がおかしいよ』といった態度なのだ。
感覚的には、掛け算の暗算が余裕で全問正解できるのがアイリスで、対して式を書いて必死に答え、いくつか間違えるのがマリアと敦子……それぐらいの差。
それぐらいアイリスの学力は高かった。
「まあテストなんかどうだって良いじゃないか。それよりお昼を食べに行くんだったよね」
「そう、そうだよ! こういう憂鬱な気分は美味しいもの食べてパーっと忘れよう! それがいいよ敦子!」
「はぁ……そうね、アイリスちゃんとまっちゃんの言う通りかも」
今日は以前から約束していた三人での昼食。
いつもは学校で机を囲んで弁当を食べるのだが、せっかくだから外食をしようと決めていた。
マリアはスマホを取り出して近場の名店を検索し始める。
「二人は何か食べたいものはある〜?」
「ん〜……私はなんでも良いかな〜。アイリスちゃんは? 日本で食べたいものとかあったりしないの?」
「僕かい? そうだねぇ」
日本で食べたいものと言われても、大体は直哉に食べさせてもらったから興味のある食べ物は今のところない。
寿司に焼肉、おでんにラーメンと食べさせてくれた。
彼なりの優しさだろうか、アイリスがこの国に馴染めるようにいろんな経験をさせてくれたのだ。
だからこれと言って食べたいものがあるわけでもないのだが——
「アイリス〜。そろそろ故郷の料理が食べたくなってきたんじゃないの〜」
と悩んでいると、マリアにイタズラな笑みを浮かべられて聞かれた。
今のアイリスの姿はホームシックに陥る一人の人間に見えたのかもしれない。
「故郷の料理? ないない、僕の国はそこまで食にこだわった場所じゃないから絶対にないよ。断然日本の方が美味しいよ」
家では作るが、それは直哉のための料理だ。リーデリッヒ料理は直哉の体にエネルギー——魔導力をチャージするのに効率的な栄養が多く詰まっている。だが——その反面、味はあまり美味しくはない。アイリスは直哉の口に合うようにアレンジしてはいるが、それでも日本の料理の方が美味しいと正直にそう考えている。
だからマリアの言葉に笑って、ないないと答えるが、内心では絶対にそれは無いから。と感情が滲み出そうだった。
隠しておいたつもりだが、少し感情が滲み出てしまったのか——
「そこまで否定するって逆に気になるわ……あんたの国ってどんな料理が出るのよ。イギリスみたいな飯不味国家ほどじゃないでしょ?」
イギリスに失礼だと思うが、とアイリスは考えた。だがイギリスについてアイリスは教科書に載っているレベルの知識しかない。だから否定することは出来ないが、リーデリッヒで出てくる料理を説明することだけはできた。
「そうだねぇ。豆と豚の血をペーストにした奴と……錠剤……かなぁ」
「どんな国だよ! それって国じゃなくて研究機関でしょ! アイリス、あんた昔どこかで監禁されてたとかじゃないよね!?」
「うんうん! それは料理じゃないよ。私でも分かるよ!」
っと返されてしまった。
マリアの言ってる事に少しドキリとしたアイリス。
なにせ監禁だ。過去クルーエルの研究施設に身を置いていた頃の話は直哉からも『監禁』と聞かされたからだ。
だが今言った料理はリーデリッヒでは当たり前の郷土料理だ。
極寒の土地では作物も育たない。そんな国民が考え抜いて作り上げたのが各栄養素が詰まったメディカルアンプル——錠剤だ。
あとは生物として咀嚼の機能を低下させないための硬いペーストなのだが……。
まさかここまで否定的な反応を見せられると後がややこしい。
そう考えてアイリスは——
「あはは。冗談だよ冗談。あまり日本と変わらないね。ライスとかパンとか……」
「な、な〜んだ。冗談か〜」
「アイリスちゃん頭いいから何を言っても本当のことに思えちゃうから……」
本当のことだよ。とは口が裂けても地球が爆発しても言えない。
これからはもっと発言に気をつけようとアイリスは考えた。
そうして結局、昼食はまっちゃんのおすすめの店ということで繁華街へ向かうことになるわけだが——
校舎を出ようとした時、一人の女生徒に止められてしまう。
「あなた達、真っ直ぐ家に帰るようにって言われたでしょう?」
「き、如月先輩……」
「うぅ……」
如月だ。どうやらこれから向かう飲食店の話が盛り上がりすぎて、如月に聞こえてしまったのだろう。
如月がこう話すのも仕方のない話。
ここ最近は殺人事件が多発していて、学校としては生徒を真っ直ぐ家に帰らせたいと毎日言い聞かせられている。
風紀委員長である如月が注意するのも当たり前の話だ。
アイリス達の方が間違っている。
間違ってはいるが——
「如月さん。その殺人事件というのは、その内の全て夜の犯行だ。日中に事件は起きたことがない」
「高井……アイリスさん……何が言いたいんですか?」
如月はアイリスを見て目を細める。
それは彼女が機関の存在を知っている人間という意味もあるが、この学校で誰もアイリスに対して弁論で優ったことがないという意味でもあった。
彼女が口を開けばそれ即ち『討論開始!』といった格ゲーよろしく二人の間に合図が流れるような雰囲気が漂う。
「で、ですが昼に事件が起こらないとは限らないはずじゃ——」
「なら逆になんで夜ばかりの犯行なのかな? 昼間には一度も事件を起こさず全て夜。これはつまり答えが出ているんじゃないかな?」
「こ、答えって……あなたは犯人でもないのにそんなことがどうして分か——」
「分かるよ。昼間には人目がつきやすいからね。夜の犯行も全て人目がつきづらい路地裏だ。よほど人に見られたくないんだろうね。まあ? 殺人なんて大っぴらに行う方がどうかしてると思うのだけれど」
「で、でももし——」
如月は引くに引けなかった。
なぜなら彼女はこの殺人事件が魔物の仕業であることを知っていたから。
だからこれは普通の人間による事件ではない。夜だけ起こるものと決めるわけにはいかない。そう必死だった。
だが魔物の存在は一般人には知られてはいけない。
隠して、この天才を言い負かせるだけの言葉が彼女には出てこない……浮かび上がらない。
「話は終わりかな? それじゃ二人とも行こうか」
申し訳なさげに、マリアと敦子は如月に一礼して校舎を先に出たアイリスを追いかける。
「待って——」
と如月は手を伸ばしたが——どうやっても止めるための言葉は出てこない……。
いっそのこと『魔物が人を食っているから行っちゃダメだ』と話すことができればどれほど楽だろうか。
そう考え悔しく思っていると——
「夕方には帰ってるから安心してくれたまえよ。如月さん」
「え……」
アイリスは俯く如月に振り返って言った。
如月はその声に顔を上げた。
頭のいい彼女なのだから危険な真似はしないはずだと、そのはずだと思い——
「夕方には絶対に家に帰るのよ」
そう言って見送ることしかできなかった。
「分かったよ如月さん。心配してくれてありがとね」
アイリスはそうして、マリアと敦子を連れて目的の店へと向かうのだった。
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