第19話 全てを終わらせて、壊して 2
早朝のリビングに1人、直哉はテレビをぼーっと眺めていた。流れているのはニュース番組、映るのは連続殺人事件の報道。
『都市部で事件がありました。被害者は夜勤職の男性24歳で、激しい損傷があり——』
アナウンサーは言う。人としてあり得ない死に方をしているだとか、まるで獣のように食い殺されたと。
そんなニュースを流し見しながら、きっとこれもクルーエルの仕業だと直哉は考える。
『この殺人事件は連続しており、獣による被害だと考えられていましたが警察は未明、この被害を殺人事件に切り替え捜査を行う方針の様です』
クルーエル……。
あれからもこうして人を襲っているんだろう。
今までテレビで報じられなかったのにここになって大々的に取り上げられるようになったのは頻度が上がってきたからか。
そうなるとクルーエルの準備もいよいよ最終段階なのかもしれない……。忌々しいと、腹立たしいと直哉は淹れたてのコーヒーを口に含んでドス黒い感情と一緒に飲み込んでいると、ぺたぺたと裸足でフローリングを踏み鳴らす小さな音がリビングの入り口から聞こえた。
直哉がそちらに顔向けると——
「おはよう、早いね直哉くん」
薄い水色の長袖パジャマのアイリスがボサボサの髪を携えて、眠いのか目を擦りながら入ってきた。
「おはようアイリス。もう少し寝てて良いのに」
今日の朝食は直哉が作るつもりだった。
なにせ昨日は……というか今日の朝か、3時間前まで『旅行』にはしゃいでいたのだから。
ちなみに砕華はというと、リビングの端、パーテーションで区切られた擬似的な個室でグガーグガーと熊の様ないびきを立てて今も爆睡している。
居候のくせに飛んだ穀潰しだ。昨日の飲み会で稼いだ金を全部使い果たしたらしい。
直哉が文句を言ってやると砕華……『宵越しの金は持たねぇ主義なんだからしょうがないだろ』とか抜かしやがったのだ。
(こいつの仕事は後で倍増やすとして……)
「飯でも作りますかね」
と立ち上がると——
「殺人事件……」
アイリスが直哉の見ていたテレビに目を向けてぼそっと呟き、しばらく眺めて席に着く。
「学校でも先生が話していたよ。この事件この辺りのものだろう? だから寄り道せずにまっすぐ帰るようにって」
「そうか、まあ犯行は夜が多いみたいだからな。お前はまっすぐいつも帰ってくるし大丈夫だろ」
「そうだね」
感情が篭ってないような返しだった。ただいつも通りの行動だからそう答えただけだろう。
アイリス、学校では『まっちゃん』、『あっちゃん』という友達がいるらしいのだが、いつも寄り道せずに家に帰ってくる。
少しは友達と遊んでもいいんだぞ、と伝えたこともあるのだが、曰く……『そんなお金ないだろう? 女の子は何かとお金が掛かるんだ……』と寂しい事を言われた事がある。
本当は友達といっぱい遊びたいはずなのに……。そんな事を言わせてしまった自分の稼ぎの悪さに直哉はもう無くなってしまったはずの心が痛んだ、気がした。
「何か飲むか? コーヒーでも淹れてやるけど」
「これでいいよ」
(ってそれ俺の飲みさしなんですけど……)
アイリスは冷めてコップ半分位のコーヒーマグを手を伸ばして取ろうとしていた。
「さすがに俺の飲み差しコーヒーは嫌だ——」
ろって言い切る前にアイリスは飲んだ。
どうやらリーデリッヒには間接キスとかそう言う概念はないらしい。恥じらいもせず、我が物顔で飲んでいる。
(まあお前が良いんなら、気にしないけどさ)
とは思いつつも年頃の女の子なんだし、男の口をつけたものに対してもう少し嫌悪感を抱いても良いのではとも直哉は思うのだった。
「で、何食べたい?」
そんなアイリスに背を向けてエプロンを装着。フライパンにお玉を装備したコックにジョブチェンジした直哉は注文を取る。
「そうだねぇ。今日は和食が食べたいな」
「あいよ〜。和食和食……」
冷蔵庫を開けると豆腐にほうれん草と納豆……。
肉とか魚はない。まあなんて健康的な食事でしょう。ってメニューしか作れそうにないが……。まあ朝だし良いかと直哉は材料を持ってキッチンへ向かう。
ちゃちゃっとほうれん草のおひたしとわかめの味噌汁、そして納豆を作り上げて、ほかほかご飯を茶碗によそいアイリスの前に出した。
朝食の匂いで目覚めたのかパーテーションを開けて腹をボリボリ掻きながら砕華も出てくる。
タンクトップに短パンと日曜朝のおっさんのようだった。無駄にでかい胸が横からチラリとはみ出ているだけそこは女性だと思い出させてくれる。
「味噌汁……」
飲んだくれの最高の回復薬にしてポーションの香りに釣られたらしい。
「出来てるぞ。ほらお前も食えよ穀潰し」
「だ、誰が穀潰しだッ!」
おっと今の一言で目が完全に覚めたみたいだ。と少し驚き——
「穀潰しだろ。俺たちの家計の足しになる為に働いてるってのに金全部使い果たしやがって」——飯をよそいながら——「お前には今日の昼間も働きに出てもらいます!」っと砕華の分のお盆をテーブルにドカッと置いてやる。
「ひ、昼も!? そんなに働かなくても良いじゃないか!」
ひょえっと情けない声を出しつつ席に着く砕華に直哉はお母さんのように——
「だまらっしゃい! 夏には海に行くんだろ! 旅費も稼がないと駄目だってのにこう使い込まれたらなんも出来ないじゃねぇか! なんだ? お前はついてきて野宿でもするか? この時期の海辺は辛いぞ〜。蚊とかゲジゲジとかがお前の体を這ってだなぁ——」
っと言ってやると——
「直哉くん。食事中に気持ち悪い話をしないでくれるかな」
アイリスのマジの嫌悪感に満ちた顔。
間接キスではこんな顔をしなかったのにゲジゲジでは嫌悪感を示す彼女に直哉は疑問を禁じ得ない。
年頃にしても、ここで反応するのか? と思ったが、言い返せばアイリスの機嫌を損ねそうだったので直哉はしゅんと謝ることにした。
「はい……ごめんなさい」
(なんで俺が怒られなあかんのだ。こいつが金を豪快に使うことが駄目だというのに……)
砕華は『カカカ。怒られてやんの〜』って感じに笑っていた。
む、むかつく……。こいつは後でしばいてやろう。と直哉は拳をワナワナと振るわせ握る。力強く。
(鬼だから多少本気で殴っても死にやしないだろ)
「そうだ、アイリス、今日も帰りは昼か?」
っとここで直哉は思い出したかのようにアイリスへ聞いた。確か今はテスト期間だったはず。いやもう終わったのだったか……。なんにしてももうすぐ夏休みなのだしこれ以上勉強を学校がするとは思えなかったのだ。
「そうだね。でも君達は仕事の準備で忙しいだろ? 昼は友達と外で食べてくるよ。だから僕のことは気にしないでくれたまえ」
とご飯を食べながら言った。その綺麗な所作に見惚れてしまいそうだったが……友達と、外で外食。という言葉に直哉は心の中に天使が舞い降りたような嬉しさが込み上げた。
「そうか! 友達と外食か! 了解だ、だったら昼はネズミでいいな砕華!」
と自然な流れで砕華に聞いて——
「おう!」——と景気のいい返事からの——「ってネズミ!?」——驚愕そして縋るように、泣きつくように砕華は直哉のエプロンを掴んで情けない顔で直哉を見上げる——「な、直哉ぁ、それはないだろ〜。私もちゃんとこの家に金を入れるからさぁ。そんな物より精の付くもの食わせてくれよ〜。労働前だぞ〜。頼むからさ〜」
「んだよ……。贅沢な奴だなぁ」
振り払おうとしてもやはり力が強く離せない。
「家族だろ! もっと私を大事に扱ってくれよぉ」
「扱って欲しかったら家計の役に立てよな」
だがやられてばかりの直哉ではない。一瞬だけ力を込めてエプロンを引き抜き砕華からの拘束から逃れキッチンへ片付けに向かう。
(まったくこいつは……まあ、仲良くしてくれるだけ良いんだが……。楽しいしな、こいつの存在自体が)
***
「それじゃあ行ってくるよ」
「「いってらっしゃーい」」
アイリスを見送り、残された直哉と砕華。
「んじゃ私はもう一眠りを——」
「おい」
ガシッと寝床に向かう砕華の首根っこを掴んで止めた。
二度寝なんてさせてたまるかと直哉は全力で砕華を掴むと、彼女は悪戯をした事が飼い主にバレた猫のように振り返る。
「カカカ……わーってるよ。例の手伝いだろ。忘れてねぇって」
分かってるならよし。と直哉は手を離すと2人リビングへ戻りテーブルに向き合うように座ると、砕華は頬杖をつきながら——
「アイリスには話さなくてよかったのか?」
と直哉に聞いた。
直哉は席に着くなり、痛いところを突かれたなと思いながら答える。
「話したくない……あいつはこの世界で普通の女の子をやってるんだ。お前と戦った時にリーデリッヒのアイリスを思い出させちまったが、もう昔を思い出して欲しくないからな」
「そうかい……」——砕華は立ち上がって肩を回し始め——「んじゃ、そんなアイリスに気づかれる前にさっさとぶっ倒そうぜ。じゃなきゃ私も安心してこの世界で暮らすこともできねぇしな」
笑ってそう言った。
「自分勝手な奴だなぁ」
「自分勝手で何が悪いよ。お前だって自分勝手にアイリスに隠してるじゃねぇか。生き物はみんな自分勝手に生きて自由に楽しむもんなんだよ。これ私が長い人生の中で見つけた答えな」
「もっともだ」
そうして直哉たちは今朝のニュースを元に犯行現場を洗い始めた。どこも警察で一杯だったが、その土地の空気や雰囲気を感じるだけでクルーエルがどの辺りを狙っているかは掴めると考えたわけだ。
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