第17話 Dr.サイコ・クルーエル 5
「で、お前はこんなところで何やってんだよ」
直哉が路地裏から走り続けてサイレンが聞こえなくなる所、家の近くまで帰って来た訳だが、ゴミステーションのゴミ袋をベッド代わりにして大の字になっている砕華を発見した。
別に誰かに襲われたわけではないと思う。
なにせ直哉を見るなり「お〜。直哉じゃんか」とか惚けた様子で反応されたのだから。
「酒くせぇ。お前飲んでたな」
「お〜。ちょっと現場の奴らとな〜」
鼻を抑える直哉に対して、よっこらせっと立ち上がった砕華の姿は現場服姿に長い金髪を後ろに束ねたポニーテールだ。
本暴走族のレディース張ってましたとか言われればしっくりくるような佇まい。
ちなみに今の砕華に角は無い。無いというか見えないと言った方が言うべきか。
魔法で角を隠してるらしく、同じように魔法で普段は一般人に姿を見ることができない大柄な姿も見られるようにもしてると……。
そんなヤンキー姉ちゃんこと砕華が直哉の肩に手を回してもたれ掛かる。
「重いって……」
鬱陶しいと、やめろと手を下ろさせようとするが——
「歩けにゃいから運んでくれ〜」
「はぁ? お前酒に強いんじゃないのかよ」
手が……がっちりハマった工具みたいに取れなかった。
無駄にある力、直哉が本気を出せばこれぐらい取り払えるのだが、こんなことで本気を出したくもない直哉は仕方ないと諦めて砕華の肩を担ぐ。
「今は魔法で酔いを消化してないからなぁ。私は本来酒に弱いんだ〜。だいたいの鬼もそうだぞ? 鬼は魔法の効果を酔いで高める習わしがあるからな〜」
鬼のくせに酒に弱いのか、と直哉は思った。
直哉の中で鬼のイメージは山賊よろしく豪快に酒を飲んでガッハッハと笑うぐらいに酒に強いものだったのだが、何かイメージが一気に崩れた。
「なら魔法を使って酔いを覚ませよ」
重いから! 身長差あるお前を担ぐのだるいんだよ。と付け加えると、「はぁ?」となに言ってんの? と言ったような目を砕華は直哉に目を向ける。
「馬鹿言うなよ。せっかく気持ちよく酔ってるんだ。これを覚ますなんて勿体無いだろ〜。だいたい酔いってのは気持ちよく頭を溶かして、泥のように眠り、激痛と共に目覚めて気付けば治ってるもんだろ〜」
「ただの二日酔いだろそれ……」
「そうともいう〜」
どうやらこの馬鹿は直哉に最後まで担がれて帰るつもりらしい。直哉が普通の人間であれば——状況が状況じゃなければドキドキの展開なのだが……。今はそんな気になれない。
「なんだ直哉。お前少し暗いぞ?」
「そうか?」
妙に察しのいい奴だと思った。
砕華は臭い息を吐きながらトロンとした目を直哉に向けてくる。
「おう、私の目は誤魔化せねぇよ。なんかあったろ」
話すべきか……。話さないでおくべきかを考えたが、1人でクルーエルと戦うのもリスクが高い。仲間が欲しい所だと少し考える。
アイリスにも……話すべきか考えたが——
(今のあいつは平和な日本で普通に生きる中学生なんだ。
またあの血みどろの戦いに巻き込むことなんてしたくない……)
「葛藤……今のお前からはそれが見えるぞ」
隣を見ると、砕華の顔から赤みが消えていた。
息もアルコールが抜けたからか臭くなくなっている。
真面目な顔で、眉間に皺を寄せて、直哉を心配してるらしい。
「話せよ兄弟。お前は俺の親分だろ? 盃はまだ交わしてねぇけど」
「…………」
「お前が困ってること辛いことは話せ。私はお前の子分で友で家族だ。辛いこと嬉しいことムカついたことは共有して笑い合うべきだ」
それが鬼の……生き方なんだろうか。
せっかくの酔いを覚ましてまで直哉のことを案じてくれている。話す……べきだろう。
それに砕華もクルーエルの被害者だ。仲間の敵を打つ資格があるはず。それに強い……。
俺と戦った時も多分本気じゃなかったはずだ。と直哉は考えている。
なにせ姿を見せたり隠す魔法を使えてる分まだ隠してる魔法があるはずなのだから。
(協力者……いや一緒に戦ってくれる仲間が、今の俺には必要……だよな)
「聞いて……くれるか?」
だからそう言った。砕華にならば話しても良いと、昨日出会ったばかりの彼女ではあるが何故か信頼しても良いといった安心感が彼女には感じられたのだ。
性格……だろうか。この感情に正直で、素直で、妙に頼りがいのある口調がそう思わせるのかもしれないが直哉にとっては存外心地が良かった。
「おう」
砕華は気前よく頷くと、直哉の肩から手を離して隣を1人で歩き始める。
そんな彼女に直哉はさっき見たこと、砕華の暮らしていた地獄を消した存在が、クルーエルがこの世界に居た事を全て話した。
話して砕華は怒りもせず、悲しみもせず——
「なるほどな。つまりはクルットルって奴がこれから何かヤベェことを企んでるってことだな」
「クルットルじゃねぇ。クルーエルだ」
「狂ってる奴なんだから同じだろ」
まあ、そうなんだけどさ……。と直哉は笑う。
「そいつが魔物を装って、私たちに濡れ衣を着せてんだな」
——ダン! っと手に拳を叩きつけて——
「ならそいつを張り倒して機関の奴らに首を持っていけば私たちの疑いも晴れるってもんだな」
「そうだな……確かにそうなるか」
首を持っていくと言うのは物騒だとは思ったが、クルーエルの首だ。直哉的にも大賛成だった。
なんだったら粉々に砕いてミキサーに掛けてスムージーにして『こいつが悪さしてる魔物だった物です』と渡してやりたいとさえ考えた。
「私も手伝うぜ。何すりゃいい?」
考えていると砕華が拳を握って『やってやろうぜ』と言いたげに聞いてきた。
直哉はそこでハッと意識を今に戻すが——
「それがわかんねぇから困ってんだよなぁ」
「んだよ。わかんねぇのかよ」
「だから話したんだろ! 分かれよ」
砕華はつまらないといった様子で頭の後ろで手を組んで夜空を見上げていた。
「でも、叩くなら早い方がいいな」
となんとなく、何気なく、砕華が夜空に向かって呟いた。
「ん?」
「だってそうだろ? 魂の回収とかクルックルーが言ってたんだろ?」
「今度は鳥みたいな名前になってる……」
「だったらまだ相手は本調子じゃねぇんだ。すぐに探し出してぶっ叩きゃいいってだけだ!」
無視された。どうやら砕華はクルーエルの名前を覚える気はサラサラないらしい。
まあ直哉としてもこれぐらいの扱いでいいと思っている。
それにしても砕華、一見馬鹿なようでいて頭の回転が早い。今の直哉の話から考察したのだから。
地頭は良いのだろう、流石長年生き続けている鬼、酒呑童子と言ったところだろうか。
「まあ今は手掛かりも何もないんだ。出方を待つしかないだろ」
「それもそうだな」
だがなんの手掛かりもない今は待つしかない。
いずれクルーエルは大きな一手を打つはず。それまでになんとかすればいいだけだと直哉は考えたのだった。
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