第16話 Dr.サイコ・クルーエル 4
近年日本の技術どころか世界の技術が発展していて、ロボット技術も直哉がリーデリッヒに転移する以前より発展していることをテレビやSNSで知っていた。
ダンスを踊ったり、ファミレスでは料理を配膳して来たり、携帯を買いに行けば愛嬌のあるロボットがお出迎えしてくれたりといったもの。
そしてドローンと呼ばれる無人機まで……。この世界も直哉のような人造兵器が生まれるまでもう遠くない未来なのかもしれなかった。
だから直哉は目の前の恐竜……顎だけが異常発達したようなティラノサウルス型ロボットが日本製のロボットだと思いこんでいた。
だが待て……と直哉は思考を止める。
日本製のロボットがこうも好戦的な性能をしているだろうか。
しかし待て……。まずまずこのロボット、戦う以外の機能があるんだろうか。
ガチンガチンと直哉を喰らおうと開いた口の中を見てそんな疑問なんか吹っ飛んでしまった。
口の中には肉の塊と黄色い脂肪がプレス機で潰されたようにぐちゃぐちゃに、血が糊みたいに上顎と下顎にダラリと糸を引いていたからだ。
「こんな殺戮ロボットが日本製なわけないよな」
ガチン!!! と噛みつかれそうになったのをギリギリで、バレエの白鳥の舞の如く回避した。
(安心安全とは真逆の、殺意と危険だわこれ)
この人を殺ったのはこいつじゃないか? と思考は行き着く。なにせ口からだらだらと赤い液体が垂れ落ちているのだから。
「ただ噛み付くだけのロボットに負けるはずないだ——」
ろ。と続けて言い終えることはできなかった。
なにせ殴りかかった瞬間、ロボットの背中から幾つもの触手が直哉の四肢に絡みつき拘束し始めたのだから。
だがその触手よく見ると鋼色のチューブのようであり月明かりに照らされた箇所が怪しく反射して輝きを放っている。
「ハンドアーム!?」
まとわりつく鉄の冷たさ。
そして迫る恐竜が大口を開ける。直哉を喰おうと。
「食われてたまるかよッ!!」
直哉は右手に全力を注いでハンドアームを引きちぎって裏拳をかましてやる。
ゴォンと除夜の鐘の如き鈍い音が路地裏に響いて、恐竜は雑居ビルの壁に激突し姿勢を崩した。
このロボット……頭がデカすぎるせいか立ち上がるのが遅かった。
「んじゃさっさとサヨナラだ!」
トドメを刺そうと拳を振り上げたその時。
「そうはさせませんよぉ。高井直哉くん」
ねちっこい男の声が聞こえたと思えば、俺と恐竜の間に光の柱が降り注いだ。サテライトキャノン的な物だと言えばいいのだろうか。そんな輝きがコンクリートを砕いて破片が直哉の体にいくつも打ち付けられる。
「な、なんだ!?」
腕で目を覆った隙間からその光——声の正体を見据える。
「お久しぶりですねぇ。素晴らしいエネルギーがあるとやって来てみればまさかあなただったとは思いもしませんでしたよぉ」
光が収まるとそこに現れたのは若い……男だった。
なんのコスプレかと思ってしまう姿、パワードスーツ? と言えばいいのだろうか。
どこか機械的であって体にフィットした戦闘服を男は着込んでいる。
(いや、それよりなんで俺の名前を……)
「久しぶり……って、人違いじゃないか? 同姓同名の」
この男の姿は記憶にない。
あれですか? 若年生アルツハイマー的な。と直哉は適当に考えてみる。
「なにやら失礼なことを考えていそうな貴方に違いありませんよぉ。高井直哉さぁん。この私をお忘れですかぁ? あぁ、そうでしょうねぇ。この姿は予備の体なので、分かりませんかぁ。これは飛んだ失礼をしましたぁ」
「このねちっこい話し方……」
聞き覚えがあった——
男はマジックショーをこれから始めるマジシャンのような仕草で一礼しニヤリと口角を上げて直哉に目を向ける。
「クルーエル。と言えば思い出していただけますかねぇ」
「クルーエルだって!?」
すぐに直哉は後ろに飛び下がる。
直哉のことを久しぶりと話すクルーエルという名前の男なんて1人しかいない。
(ってか知り合いにも数えたくない)
だがあり得ない……その男は……科学者は直哉がリーデリッヒで倒したはず。
「サイコ・クルーエル、なのか?」
「如何にも! 如何にも如何にも、如何にも! そうですよぉ、私、Dr.サイコ・クルーエルですよぉ」
正解者に拍手! と言わんばかりに手を叩いて喜ぶクルーエル。楽しげなクルーエル? に対して直哉の方はというと冷ややかだ。
なにせこの男、リーデリッヒで悪逆の限りを尽くしたマッドサイエンティストなのだから。
アイリスとはまた違った狂人。
人を殺すことに罪の意識も感じず、むしろ死は神からの祝福だと豪語しては人体解剖、キメラの製造、人造兵器の開発を行い、世界征服、果ては次元戦争を起こそうとした極悪人だ。
「思い出していただけて嬉しいですよぉ。ところでDr.アイリスは元気ですかねぇ?」
そんなクルーエルは直哉に歩み寄りながら久々に再開する旧友のように聞いてくる。
「元気だよ。まあお前に居場所は教えてやんねぇけど」
「おやおや冷たいですねぇ。あれは私の助手だと言うのに……それに貴方も私との再会を喜んでくれてもいいのですよぉ? なにせ貴方は私の理論を元にDr.アイリスが作り上げた息子のような存在なのですからぁ」
「『わぁ。パパ帰って来てくれて嬉しい!』って言うと思ってんのか? 気持ち悪りぃ」
この男の言ってることは正しい。
アイリスは元々クルーエルの研究施設で育った孤児だ。
幼い頃からこいつの教育プログラムを頭に流し込まれてクルーエルの右腕となるはずだったとアイリスから聞いている。
だけど、アイリスは直哉と出会い、研究施設を抜け出した。
(あいつはこいつほど狂っちゃいない。しかもこいつは子供のアイリスを道具のようにしか見てねぇ。そんな奴が俺とアイリスの親だなんて俺は認めたくないね)
「ってかお前死んだはずじゃないのか? イリーガルウェポンに乗ってたお前はあの爆発に巻き込まれたはずだろ」
「ええ、ええ! 残念ながら私本来の魂は祝福を受けて天に召しました」
——まるで親父が神に賛辞を捧げるように月明かりに照らされながら路地裏の隙間から覗く夜空を見上げ——
「あれは素晴らしい実験でした。あの実験で得た結果は、私に新たな希望を見せてくれましたしぃ? まあ貴方のような半端者が最強の兵器などと呼ばれるようになったのは少々癪ですが」
と直哉に視線を落とす。癪……その言葉には憎しみがこもっているように思えた。
科学者としてのプライドだろうか、自分が製造した究極の兵器を破壊された事による怒りだろうかはこの際どうでもいいと直哉は首を振る。
「で? 予備の体ってなんだよ。まさかお化けとか言うんじゃねぇよな? 若返ってるし」
「ああこれは」
——クルーエルは両手を広げて体を俺に見せつけるように動かして——
「本体が死を迎えた時に目覚めるように作っておいたスペアです。平たく言えばあなたと同じ体、ヒューマノイドに私の記憶を植え付けただけですがね」
「俺と、同じだと」
聞きたくもない言葉で、考えたくもない言葉でもある。
そうなると今、直哉の目の前のクルーエルをぶっ壊したとしてもまだスペアが隠れてるってことじゃないのか?
そう考えるとウンザリを通り越して悍ましいと思う。
「私の話などどうでも良いではないですかぁ。それよりも私がここにいる理由が知りたいのではないですかぁ?」
ニヤニヤと人を小馬鹿にするように笑うクルーエルの口は細い三日月上に吊り上がっている。
狂った笑い声が直哉をひどく苛立たせる。
「あなた方への復讐と目的の成就ですよぉ。まあ言っても? もう私の目的は言わずと知っておいででしょうが」
見透かしたように言ってくる。
クルーエルの目的なんてものは一つだけだと直哉も分かってはいる。だから答えた。
「懲りずに次元戦争を起こすってか?」
「ご名答! ですが今の私には戦争を起こすだけの力もエネルギーもありません……なので! 効率的に! エネルギーを回収するために! この世界の蛆から魂を抜き取ってリサイクルしているのですよぉ!」
「それだけ聞けば十分だ!! クソ野郎!!」
直哉は目の前のクルーエルに向かって駆け出す。
距離にして5メートルほど。直ぐにでも肉薄して殴り飛ばすことが出来るだけの距離だ。
魔物の日本移住。機関と魔物の衝突。この日本で今起きてることは全部直哉たちの死損なったツケだ。
(全部……俺たちがこいつを完全に仕留め損なったから!)
「せっかちですねぇ。そういういらない機能は削除されなかったのですねぇ」
「いらなくなんかねぇよ!!!」
殴り掛かろうと右手を振るったがガチン!! と直哉の右腕がロボットに横から噛みちぎられた。
痛みはない、が——クルーエルが行動を起こすには十分すぎるだけの余裕を与えてしまった。
「今はここで君と戦うわけにはいかないのでぇ? これで失礼させていただきますよぉ」
ロボットに手を置いたクルーエルの足元に幾何学的な魔法陣が浮かび上がらせる。
これは——
「待て!」
転送的な何かだと思った直哉は駆け出して左手を伸ばしたが、魔法陣の光が一層濃くなり、クルーエルと直哉の姿は消えてしまった。
「くそっ!」
行き場を失った左手を地面に叩きつけた。
(まさかあいつが生きてて、この世界に来ていただなんて……)
これは厄介なことになったかもしれない。と直哉は右腕を再生させて……どうしたものか。と考え込む。
クルーエルを追おうにも転送だから行き先が分からないし、死体をこのまま放置ってわけにもいかない。
このまま立ち去るのはどうしても気が引ける。
改めて救急車に連絡だ、と考えているとパトカーのサイレンが鳴り響いた。
音はどんどん大きくなっていて——
「誰かが通報したのか」
迷ってる暇はなさそうだった。
この場に残り続けたら立場は危うくなる可能性が高い。
それにリーデリッヒの問題にこの世界の人々を巻き込むわけにはいかない。
だから直哉は走った。この場から逃げるように。
別に悪さなんてしていないのに。
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