第15話 Dr.サイコ・クルーエル 3
数日が経った。
たった数日の付き合いだが直哉は砕華について分かったことがある。それはアルコールが入っていない時の性格の弱さだ。
ナイトイルミネーションの夜、ビルの屋上で戦っていた時はアルコールが入っていて気分がアガていたらしく性格は武人のようだったと直哉は記憶している。
だが、現実はちょっと怒られれば泣くし、嬉しいことがあれば子犬のように笑って抱きついてくる。
子供だ。童だ。だから『童子』なのだろう。
長く生きた鬼であっても中身は幼い頃のまま。直哉とは真逆。幼いままの見た目で中身だけが大人に育っていく直哉とは……。
そんなことを考えながら夜勤の道路工事の仕事に取り組んでいる。
砕華も直哉の家で居候する事になったので問答無用で働いてもらう事にして彼女も道路工事の仕事をしてるはずだが、彼女の現場は直哉の場所から少し離れた場所にいるらしいが。
どうやらこの区画一帯の下水道の修理らしく大規模な工事が何日もかけて行われるらしかった。
住民が寝静まった夜の街にコンクリートやらアスファルトを砕くドリルの音、おっさんどもの怒号とやる気のない返事。今日も変わらず平和な労働だとこの風景を見て考えていた。
(一見普通の日本。非現実とはかけ離れた現実なんだけどなぁ)
だが砕華のような魔物が今の日本には陰で溢れていて、如月という謎の機関が魔物と非現実を繰り広げていることを考えると、元よりこの世界は非現実で満たされていたのかもしれない。
(目を凝らせよオタクども、非現実は直ぐそこに転がってるぞ。わざわざ異世界に行かなくたってな)
っとこの世の異世界ファンタジーライフに憧れを抱いてるであろう人々に思いを馳せつつ直哉は弁当箱を取り出す。
休憩時間だ。
ボロボロのリュックサックから取り出した熊模様の可愛い布をほどき平たい弁当箱を開ける。
弁当を作ってくれたアイリスの姿を想像すると笑みが溢れた。
中には真っ赤なチキンライスでびっしりと弁当箱が敷き詰められていて、海苔で『浮気者は絶許』と文字が貼られていた。
(浮気って……彼女もいないのになに言ってんだか)
ふっと笑ってチキンライスを口に運んでいく。
思えばここ数日非現実以外にも異性と接触する機会も増えたように思える。
如月に砕華。砕華に至っては家に上がり込むほどの距離感で……。きっとアイリスからしたらパパが変な女の元に行っちゃう〜って考えてるのかもしれない。
故に『浮気者』か。
まあ怒りをぶつけてくる訳でもないので深くは考えず弁当を食べ終え直哉は作業に戻る。
そんなこんなで仕事を終えた深夜。
疲れた体でおっさんどもは夜の街へ消えていく。
これから夜の店に駆り出す元気な若者、さっさと寝ようと話首をしながら帰るおっさん。
そんな中、直哉もまっすぐ家に帰ることにした。
お金がない直哉にはそれしか自由はないのだから。
帰り道、少しの店と街灯で照らされた深夜の繁華街は大体がクレイジーだ。
この街だけがそうなのだろうか、そこらで酔っ払いが服を脱いで街ゆく若者に逸物を見せびらかしていたり、酔っ払いが殴り合っていたり、奇声を上げながら車道を全力疾走していたりする馬鹿もいる。
他を知らないから、こう言うのはなんだけど、はっきり言って治安が悪いと直哉は思う。
(砕華が魔物だって言うんならこいつらは魑魅魍魎だよなぁ……って同じ意味か)
そんな魑魅魍魎を見つつ鼻で笑いながら歩いていると月明かりに照らされた地面に大きな影が映った。
それは恐竜、ティラノサウルスのような影。直哉の影を飲み込むほどの大きな大きな影だ。
直哉は咄嗟に振り返って空を見上げるが何も……ない。
気のせいか?
そう思って歩き始めた時——
「うわぁぁぁーーーーッッ!!!」
悲鳴が響いた。声の大きさからして距離は直哉からそれほど離れていない場所らしい。
咄嗟に直哉は動いていた。
助けなきゃって気持ちなんかではなくて、さっき見た大きな影がそこに現れた可能性があるって考えたからだ。
昼間に狛割から聞いた話が直哉には引っ掛かっているんだろう。
もしかしたら彼が見た魔物が現れたのかもしれない。そう考え、迷う事なく路地裏に入り、ゴミ袋を蹴飛ばして奥へ進むと——
「こ、これは……」
目の前には食い散らかされたような男の死体が転がっていた。腹は内臓を食いちぎられたのか腸が垂れたロープのように飛び出て、体の周りは赤黒い血でびっちりと染まっていた。
血の海ってこういうことを言うのだろう。と険しい顔で見つめる直哉。
ヒューマノイド故に吐き気が込み上げることも動揺することもなかったが……。咽せ返るような血の匂いと妙な湿度に嫌悪感は募る。
路地裏……。そういえば、如月と狛割と初めて会ったのも路地裏だったと直哉は思い出す。
もしかするとこれは魔物の仕業か? と思ったが、砕華は魔物は人間を食べないと言ったのを直ぐに思い出す。
(なら、これは人間による殺人……か?)
殺人にしてもここまで酷いことが出来るのだろうか。
腹をガブリと齧られたような傷跡。銃器か何かで潰したようにも見える。
相当な殺意がこもってないとできない犯行……もしくは別の——
「って今はそんな事考えてる場合じゃないな」
救急車救急車と呟きながら直哉はスマホを操作する。
ハッキリ言ってもう間に合うどころか死んでしまっているのだから救急車より警察を呼んだほうがいいと思ったが、この時の直哉はそんな当たり前んことなんか考えられていなかった。
が——その時。
ガチン……ガチン……。
鉄が鉄とぶつかり合うような音。まるで鉄でできた入れ歯をカチカチ噛み合わせているような……そんな音が聞こえてきた。
聞こえて直哉は救急の番号を打つ手を止めた。そして辺りを視線だけで見渡す。
誰も、何もいない、だけど音だけは着実に近づいて来ている。
カチン、カチン。と音だけが大きくなって聞こえて——
(近い……くるっ!!)
咄嗟に横にダイブするように飛んだ。
すると立っていた場所を巨大な顎を持つ竜のような化け物が噛み砕いていた。
(俺を……狙ったのか!?)
「お前……魔物か?」
「カチカチ……」
魔物? は言葉を語らない。ただ歯を噛み合わせ続けるだけだ。目を見ても生き物のように光が宿っていない。まるでゾンビのようで、機械なようでもあった。機械……まさか。と直哉は拳を握る。
明らかに日常側の存在でないことから直哉はこの化け物に殴りかかった。
動きは鈍重で簡単に拳が化け物にぶつかったが、ゴォンと金を叩いたような音と振動が体と耳に響いてきた。
間違いなかった……こいつは、いやこれは魔物ではなく——
「ロボット!?」
鉄の感触、冷たく、硬く、生命の息吹を感じさせない物質。生物を真似てまるで生きてるかのように動かされているそれは設定された動きなのだろうか。同じ動き、顎をカチカチと噛み合わせる動きを繰り返しては直哉に体を向けてくる。
「カチカチ」
ロボットは言葉を発さない。だが間違いなく、狙いは直哉のようだった。直哉に体の正面を向けてくるあたりどうやら逃す気もないらしい。
(やっぱこの街は治安が悪いな……)
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