第44話 ボーナス?
「これで俺たちの仕事も終わりなのか? あっけないもんだな」
そう呟くのはアナハイドだった。
彼は今、浮島『春風』にあるF・E・T・Sの食堂で花と食事を囲んでいた。
そんな彼の前に座る花は愛想笑いをしながら、
「この仕事の大半はそういうもんだべよ。大してなんもしてないことでも意外とどこかで繋がってたり、それが上手い具合に噛み合って解決って感じだよ」
焼き魚定食をつつきながらそう言った花に、アナハイドは頬杖をつきながら煙草の煙を吹かす。
そう、実感がないのだ。
自分がやったことと言えば、ただ街を走り回り、あのとち狂った異世界の実情を探っただけ。
ダークトリニティの存在を暴くための捜査がどうしてこうなったと、煙草を一本吸い終わるぐらいに、真面目に、深く考えてしまった。
副流煙を気にしていないのか、花はさも美味しそうに焼き魚を口に運びながら——
「まあ、ダークトリニティがまさか私たちの味方だったとは思わなかったべなぁ」
「だなぁ。まさかわざと神秘のしずくをばら撒いて、いかにも怪しい薬のように見せて俺たちを動かしたわけだしな。しかもその正体が魔法学院の学生たちときたわけだ」
つい先ほど、エルマタルたちから聞いた話だが。
なんでも、向こう——ハイネルにあるイネストリアは子供の頃から神秘のしずくを使って子供を洗脳にかけて、自国民以外の人間が家畜であることを疑問に感じなくするようにしていたらしい。
それが長く使用され、脳に当たり前の現実だと刷り込まれるまで。
その過程で気が狂い、人が変わる子供たちもいたという。
エルマタルたちダークトリニティは、そんな子供——友人たちが変わっていく様に耐えきれず、陰で行動を起こしたのだと。
必死に勉強し、イーグレットに出向き、この国の治安維持組織、つまりアナハイドたちに気づかせたわけだ。
「頭いいよなぁ。俺だったら殴り込んで即処刑コースだったろうね」
「でも、勇気ある行動だべ。でも、危ない薬をばら撒いたのは事実。彼女たちも保護観察対象として私たちが身柄を預かる形になったわけだべが、なんだか申し訳ない気もするだよ」
自国には帰りたくない。
だけど異世界に対して危険を及ぼしたのも事実。
その過程にどれだけ大義名分があったとしても罪は罪だ。
だが、情状酌量の余地はある。
イーグレットでは扱いきれない問題だったので、彼女たち学生の身柄は全てF・E・T・S預かりとなった。
まあ専門家の集まりなわけであるし、今更異世界人が増えたところで痛くもかゆくもないわけだ。
問題があるとすれば、彼女たちをどう扱うかだ。
それを考えるのは花の立場ではないのだが……。
「そんじゃ、俺の仕事も終わりだな。あーあ。これってボーナス出るのかねぇ」
「あー。最初に言ってたべなぁ。この協力調査が上手くいけばボーナスが出るとか」
「そうそう。でもこんな消化不良状態だろ? きっちり出るとは思えないんだけど……でも、出てくれないと食費が、生活費が……」
アナハイドもただの人間だ。
バケモノを単独で撃破できる謎の魔法の力があるとしてもだ。
「お疲れ様」
そんな二人の元にリーンがやって来た。
「あん? リーンさんじゃないの」
「お、お疲れ様です!」
椅子に背を預け、顔だけ向けるアナハイド。
対して席から立ち上がり敬礼する花。
そんな二人の席にリーンも座る。
「リーンさんがここにいるってことは会談は終わったんだべ?」
「まあね。つつがなく、滞りなくって感じかしら。といっても、あれが会談とは私も甚だ疑問だけれど」
クスリと笑うリーンの顔は、なんとも『悪魔』といった文字がよく似合う。
「ともあれ結果は平和条約を取り付けたわ。金輪際人間を素材にした魔法研究はしない。現在進行中のものもすべて凍結。だけどそれじゃ向こうの技術も衰退する一方だから代替案としてアルデバランの魔法技術の一部を提供、そして正常化したホール内にあるエーテル物資の供給を行うことでこれまでとはまた違う形の魔法研究を行ってもらうことになったわ」
「ってことは、もう安全なんだべ?」
「一応はね。まあ監視は続けるけど……。それは大和に任せることにしたらしいわ。閻魔様の『鏡』があれば嘘もつけない最強最悪の枷になるし」
「鏡、ってのは分かんないけど、まあこれで俺の仕事も終わりが確定したわけだ」
よっと席を立ち上がるアナハイド。
すでに煙草を吸い終えたのか、最後の一本も灰皿に潰されるように捨てられていた。
「アナハイドさん?」
「止めてくれるなよ花。これも悲しい別れだが、また出会いもあるって。んじゃな」
ボーナスが俺を待ってる、と思うぜ。とか呟きながら立ち去ろうとする彼にリーンは、
「あー、それと。あなたの異動の話だけれど」
と言い出した。
異動、異動!? とアナハイドはなんとも滑稽な姿勢で振り返る。
「ど、どどどど、どういうことだ!? 異動? え、もしかして俺、クビにでもなったわけ?」
「いやいや、クビじゃないわ。今回の一件でイーグレット警察と私たちF・E・T・Sの業務提携が決定したのよ。それで、その異動第一号に見事アナハイドさんが選ばれたってわけ。よかったわね。ボーナスが出て」
「お、おいおい、ボーナスって、まさか——」
「ええ。この異動がボーナスだって。部長さんが言ってたわ」
「あ、あ、あんの腐れ部長ぉぉ!」
アナハイドが怒りをあらわにしていたが、リーンは笑顔で、
「これからよろしくね。オペレーターのアナハイドさん」
「んじゃこれからは私の後輩だべな! よろしくアナハイドさ——」
「ふっざけんじゃねぇぇぇーーーーー!!!」
そんな悲鳴にも似た絶叫が春風中に響いた。
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